青山泰の裁判リポート 第6回 「たかがスピード違反」と侮るなかれ!道路交通法違反で、刑事事件として裁判になることも…

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≪飲酒運転やあおり運転はNGだけど、交通量の少ない高速道路で多少のスピード違反は問題ないのでは≫
≪車の流れに逆らって、制限速度で走る方が危険な場合もある≫
≪自動車の性能も上がっているので、スピードの出し過ぎだけなら危険性は少ないはず≫
 
SNS上では、そんな主張が散見している。
 しかし、スピード違反は重大事故を招く危険性が高く、道路交通法違反という、れっきとした犯罪行為。超過速度によっては、反則金や免許停止などの処分だけでなく、刑事事件として、法廷で裁きを受けることもあるのだ。


病気で公判に出廷できなかった
被告人は、憔悴した様子だった。


2023年5月10日、東京地裁法廷に出廷した西野慎一被告(仮名)は、ゲーム関連会社の役員。チャコールグレーのピンストライプのスーツ姿で、前髪をウエーブにしたオシャレな印象の男性だ。
病気で前回の公判に出廷できなかった被告人は、憔悴した様子だった。躁うつ病と不眠症を患っていて、6年前から毎週通院している、という。
最高速度80キロの高速道路を、時速161キロで走行して、逮捕された。

西野被告は、捜査段階で「時速120キロくらいで走っていたつもりだった」と供述したことで、検察官から追及される。
「時速120キロくらいだと思った根拠は?」
「体感です」
「160キロと120キロでは、見える景色も違いますよね」
「新しいクルマだったので、よく分からなかった」
「スピードメーターは見なかったのですか?」
「スピードメーターが見にくい車だったので」


フェラーリの納車日、女性を同乗して

時速81キロ超過で走行


被告が乗っていた自動車はフェラーリ。母と妹との3人暮らしで、ほかにSUV車を所有している。フェラーリが納車された当日、女性を乗せてドライブしていたのだ。
「納車されたばかりだったので、浮かれていました。食事の予定があったので、急いでいました」と、スピード違反をした理由を弁明した。

検察官は、フェラーリに同乗していた女性についても言及する。
――同乗していた女性は、(スピードが出すぎていることについて)何か言いましたか?
「何も言わなかったです」
――どうして速度が出すぎていることを指摘しなかったのですか?
「……」
――何も言わないような女性とつき合っていたのですか?
「……」
――自動車が人を殺す道具になりえるという自覚はありますか?
「はい」

 検察官は「高速道路を、最高速度を81キロ超える161キロで走行。食事の予定があり急いでいたとはいえ、極めて危険。これまでに交通違反2件がある」と、懲役3月を求刑した。
速度超過が時速80キロを超える場合は、正式に起訴され、懲役刑を求刑されるケースがほとんどだ。

裁判長が下した判決は懲役3月、執行猶予2年。


「懲役4月、執行猶予2年の判決は重すぎる」

と主張して控訴したケースも


2023年7月5日、東京高裁。
 道路交通法違反で有罪判決を受けた男性の控訴審があった。首都高の最高速度60キロのトンネルを、時速150キロで走行したケースだ。
東京地裁で懲役4月、執行猶予2年の判決を受けたが、量刑不当を理由に控訴。判決は重すぎて罰金刑が相当、という主張だった。

スピード違反で捕まった被告は、一様に「そんなにスピードを出していた実感がない」と主張する。故意に違反を行ったと判断されたくないからだ。しかし、「スピードメーターが壊れていた」「ブレーキが故障していた」などの理由がないケースは、ほとんどが過失ではなく故意と判断される。

 弁護側は「ほかの車の流れ通りに追い越し車線を走行していた。本人としては110キロ程度で走っていた、という認識」と主張したが、裁判長は「危険性を十分に認識していた」と判断して控訴棄却に。
この裁判では、被告人本人は出廷しなかった。控訴審の場合、被告人が出廷しないことも多い。


67歳の女性ドライバーは、弟所有の
スカイラインを運転していた。


 2022年11月9日、被告人席の井上恵子(仮名・67歳)は、上下黒のパンツスーツ姿。ぱっつん前髪にポニーテールの上品な印象の女性だ。かなり当惑して、緊張している様子だった。

検察官に犯行当日の状況を聞かれたときには、すでに涙声だ。
「友人と食事をして、遅くなりました。お酒は飲んでいません。夜12時ごろかと思っていたら、1時近くになっていなので焦っていました。
首都高に入って、前後に車が走っていなかったので、不安に。当時は、首都高は制限速度が80キロだと思っていました」

 運転していた自動車はスカイラインで、所有者は弟。その日は弟から借りて運転していた。最高速度60キロの首都高速を時速141キロで走行して、オービスに認知されたのだ。

 検察官は「時速81キロもの速度オーバー。過去に30日の免許停止処分を受けている。前科がないことを考慮しても、重大な事故を起こす可能性があった」と、懲役3月を求刑した。


執行猶予判決の後、

傍聴席に駆け寄って……


井上被告の弁護士は、「被告の認識は時速120キロ程度で、制限速度80キロと理解していたので、40キロ速度超過の認識。限りなく過失犯に近い速度違反。深夜で暗く、周りに自動車がいない状態で、自分の車の速度を認識できていなかった」と。
 法廷での井上被告は、ハンカチで何度も涙をぬぐっていたが、弁護士との打ち合わせでも、涙が止まらない状態だった、という。
「40年以上の運転歴で事故は一度もない。事件後は一人では運転せず、必ず家族や友人に同乗してもらって、注意しながら運転している」と弁護士。

 判決は懲役3月、執行猶予2年。判決を聞いた井上被告は、執行猶予がついたことに安堵した様子だった。
還暦を過ぎた年齢まで前科がなく、逮捕歴もない。初めての刑事裁判法廷で、被告人として、検事から追及を受けたのだろう。
弁護士からは、実刑になって刑務所に入る可能性は少ない、と聞かされていただろうが、実際に判決を聞くまでは、不安だったに違いない。

判決の後、井上被告は、裁判官と弁護士に深々と頭を下げた。
そして緊張感が解けたのか、感極まった様子で傍聴席へ。最前列に座っていた友人らしい2人の女性のところへ駆け寄って、抱きついて号泣した――。

 

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