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南十字星の真下でⅡ[バイロンベイ 〜 ブラディーラ]

ゴールドコーストから後ろ髪を引かれる思いで飛び出し、初日はバイロン・ベイという町に泊まることにした。そこは自転車で3時間程、ゴールドコーストから、まだ90キロのところにある。

バイロン•ベイは以前に何度か来たことがあり、それほど目新しくはない。ゴールドコーストの隣町に泊まる感覚であるが、そこのバックパッカーズが気に入り、無駄に2泊することになってしまった。僕は宿のリビングでくつろいでいると、

「え〜、自転車でゴールドコーストから来たんですか?」

と日本人の女子に話かけられ、調子に乗って酒を呑み過ぎ、二日酔いでチェックアウト出来なかったのだ。

このバイロンベイは、一部のバックパッカーによればマリファナが有名で、パブに行けば確かにその臭いが充満していた。

オーストラリアは、国道1号線 (Highway 1)が大陸を周回し、全ての州都に連絡している。これを車やバスで一周して旅行することをラウンドと呼んでいた。

「自転車でラウンドなんて無茶だ」

とバイロンベイの宿で馬鹿にされ、マリファナを吸って、入り浸っている日本人と口論になった。そして次の日の朝、僕は、

「阿波男の肝っ玉!お見せしましょう」

と捨て台詞を吐いて宿を出た。これから自転車で、ひたすら南のシドニーを目指す。

まだ3日目の目的地すら、決めずに自転車を走らせていると、巨大なニシキヘビに突然出くわした。

ビール缶ぐらいの太さで、3メートルは軽くあろう、

「な、なんじゃこりゃ〜」

こちらは無防備な自転車である。道路の側道に大蛇が、昼寝するように伸びていたが、迷わず踏んづけて走った。


3日目はマクレーンという町に泊まった。町は小さいが、大きなパブリックハウスがあり、そのパブを中心に店が広がっている。

ここから小さな町、または村を転々として自転車で旅するのだが、オーストラリアはどんな小さな村にも、パブリックハウスがあった。

「メイ アイ ステイ トゥナイト?」

と当時は、毎回この言葉をパブの人に伝えて宿を決めた。自転車でやってきた東洋人を小さな村のオーストラリアの人々は、とても優しく歓迎してくれた。

ある日、ブラディーラという町のパブでビールを飲んでいると

「カラオケをやっているから、お前も来い」

と誘われついて行った。そこはステージの上で順番に歌っており、さながら、村民カラオケ大会をしている。

「ヘイ、ジャパニーズボーイ!ネクスト ユワーズ」

とカラオケリストを渡された。英語で書かれたその分厚いリストは分からない曲ばかりだが、その中に「SUKIYAKI SONG」があってリクエストする。

「上を向いてー、あ〜るこ〜うよ
 涙が〜こぼれーないようーに
 思い出す〜 春の日〜
 ひとーりぽっちの夜〜」

とモニターには英語の歌詞が流れていたが、無視して日本語でおもいっきり歌った。

その後、ある老人から何故か競馬の優勝レイを戴いた。"Bulahdelah"と大きく書かれたその飾りは今も実家の部屋に掲げている。

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