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「ハブソラ(福音)」イスラエル軍のガザ攻撃で市民死者の激増の背景にあるAI標的生成システム:イスラエルメディア調査報道(再録:※初出:2023/12/2 Yahoo ニュース個人)

イスラエルの独立系ニュースサイト「+972マガジン」の「大量暗殺工場:イスラエル軍による計算されたガザ空爆の内側」と題する調査報道

 イスラエルの和平派インターネットメディア「+972マガジン」は調査報道の記事を公開し、イスラエル軍によるガザ空爆・攻撃で、民間人の犠牲を減らすための攻撃の規制が大幅に緩和されたうえに、人工頭脳(AI)システムの使用で自動的に攻撃目標を設定されていることが甚大な民間人の犠牲につながっていることを指摘している。イスラエルの現職または元職の軍情報関係者に取材したとする報道で、攻撃開始から1か月半で子供6000人を含む15000人のガザ市民の死者を出したイスラエル軍の大規模攻撃の背景を伝えている。

 「+972マガジン」のサイト上で11月30日に公開されたユバル・アブラハム記者の「大量暗殺工場:イスラエル軍による計算されたガザ空爆の内側」と題する調査報道で、イスラエルの市民ジャーナリズムメディア「ローカルコール」と共同で行ったという。イスラエルの作戦に関与してきた現職または元職の軍情報部や空軍関係者を含む、情報機関関係者7人の取材に基づき、ガザでのパレスチナ人の証言やデータやイスラエル軍報道官やほかのイスラエル政府の公式声明なども加えて、分析したという。

■民間人も巻き添え被害も正確に把握

 調査報道では、イスラエル軍が「鉄の剣」作戦と名付けたガザ攻撃は「過去の攻撃に比べて明らかに軍事的な性質を持たない標的に対する爆撃を大幅に拡大している」とする。 これらには個人の住宅だけでなく、公共の建物、インフラ、高層ビルも含まれており、イスラエルの情報筋は、軍はこれらを「有力標的(パワーターゲット)」と定義しているという。

 「有力標的(パワーターゲット)」とは、今回のイスラエルのガザ空爆の映像で繰り返し流れる、ミサイル攻撃を受けて崩れ落ちる高層ビルに象徴されるような「社会的に影響力のある標的」と理解することができる。

 過去にガザで「有力標的」の爆撃を直接経験した情報組織の関係者は、「爆撃は主にパレスチナ市民社会に損害を与え、”衝撃を与える”ことを目的としており、(攻撃によって)人々がハマスに圧力をかけるように仕向ける」と述べた、という。

 匿名を条件に取材に応じた情報筋関係者たちは、「イスラエル軍がファイルしているガザ地区にある標的の大部分について、攻撃した場合に殺害される民間人の数が明記されている」と語ったという。そのうえで、「この人数は事前に計算され、軍情報部に知られていて、攻撃を実行する直前に、殺害される民間人のおおよその人数が分かっている」としている。

 「何事も偶然には起こらない」と別の関係者は語ったという。 「ガザの家で3歳の女の子が(空爆で)殺されるのは、軍の誰かが、その女の子が殺されるのは大したことではないと判断したからだ。つまり、真の標的(ハマスメンバー)を攻撃するためには、支払う価値のある代償だった」。その関係者は「私たちはハマスのようにでたらめにロケットを撃つわけではない。すべては意図したものだ。私たちは(空爆によって)どれだけの巻き添え被害があるかは各家庭ごとに正確に知っている」と語ったという。

■「ハブソラ」(「福音」)と呼ばれる標的設定システム

 空爆による各戸ごとの被害数を把握しているというとしても、それを実際の空爆でどのように実行していくかという疑問に、+972マガジンの調査報道は、イスラエル軍が使っている人工知能と人工知能に基づいて構築された「ハブソラ」(「福音」)と呼ばれる標的設定システムの使用を挙げている。「かつて(人間の作業で)可能だったことをはるかに超える速度で、ほぼ自動的に目標を『生成』できる。元情報関係者は、この AI システムは本質的に『大量暗殺工場』として働いていると語った」と書いている。

 この調査報道の取材を受けた情報関係者は、「ハブソラのようなAIベースのシステムの使用が増えているため、軍はハマスの工作員を含むハマスメンバー一人ひとりが住んでいる住宅を大規模に攻撃できるようになっている」という。しかし、一方で、ガザにいるパレスチナ人の証言によれば、「10月7日以来、ハマスやその他の過激派組織のメンバーが住んでいない多くの住宅も攻撃されている」という。

 イスラエル軍報道官によると、戦闘開始から最初の35日間、11月10日までにイスラエルはガザ地区の合計1万5000の目標を攻撃したという。調査報道では「 複数の情報源に基づくと、これはガザで過去に行われた4つの大規模作戦と比較して非常に高い数字である」と書いている。

 調査報道に出ている過去の4回のガザ攻撃と今回の攻撃の35日間について、攻撃日数と攻撃した標的数と、それから計算した一日平均は次の通り。

▽ 2008年:22日間の攻撃で3,400の目標、一日平均155か所

▽2012年:8日間の攻撃で約 1,500の標的、一日平均188か所

▽2014年:51日間続いた攻撃では5,266から6,231の標的、一日平均最大122か所

▽2021年:11日間の攻撃で1,500の目標、一日平均136か所

▽2023年:35日間で15000の標的、一日平均429か所

 過去4回のガザ攻撃で攻撃された標的は一日平均132か所であり、今回のガザ攻撃の429か所は、その3.25倍となっている。

■なぜ、イスラエル軍の攻撃の標的は増え続けるのか

 過去のガザ攻撃に参加した情報関係者は「+972マガジンとローカルコール」の取材に対して、「2021年の10日間と2014年の3週間の攻撃では1日あたり100から200の標的を攻撃すれば、イスラエル空軍には軍事的価値のある目標は残らない事態になった」と答えた。

 「では、なぜイスラエル軍は今回の戦争でほぼ2か月が経った今も標的がなくならないのだろうか?」と調査報道は問いを立て、その答えは、11月2日のイスラエル軍報道官の声明にあるとする。つまり、「イスラエル軍はAIシステム”ハブソラ”を使用しており、自動ツールを使用して標的を迅速に作成でき、必要に応じて、正確かつ高品質の諜報資料を改善していくことができる」

 この声明の中で、情報機関の高官は「ハブソラのおかげで精密攻撃のための標的が作成され、敵に多大な損害を与え、非戦闘員への損害は最小限に抑えられる。 ハマス工作員には、どこに隠れようとも、逃れることはできない」と語ったという。

 調査報道の取材に情報関係者は、「ハブソラはハマスやイスラム聖戦工作員の疑いのある人々が住んでいる住宅を攻撃するための標的を自動で提示する。 それを受けて、イスラエル軍はそれらの住宅への激しい攻撃をして、大規模な暗殺作戦を実行する」

 さらに情報機関者の1人は調査報道に対して次のように語った。「ハブソラは数万人の情報部員では処理できなかった膨大な量のデータを処理し、リアルタイムで爆撃サイトを推奨してくる。 ハマスの高官のほとんどは軍事作戦の開始とともに地下トンネルに向かうため、ハブソラのようなシステムを使用することで、比較的若手の工作員の自宅を見つけて攻撃することが可能になる」

 ある元情報関係者は、「ハブソラシステムにより軍は『大量暗殺工場』を動かくことが可能になる」と説明したという。「人間の目は各攻撃の前に標的をよく調べるが、(AIを使えば)それに多くの時間を費やす必要はなく、『質ではなく量に重点が置かれる』。 ガザには約3万人のハマスメンバーがいると推定しており、全員に死刑のマークが付けられ、潜在的な標的の数は膨大となる」

 ■AIが毎日100の標的を生成

 記事によると、2019年、イスラエル軍はAIを利用して標的設定を加速することを目的とした新しいセンターを設立した、という。元イスラエル軍参謀長コチャヴィ氏は今年初めにイスラエルのニュースサイト「Yネット」とのインタビューで 「標的管理部門は数百人の将校と兵士を含む部隊であり、AI能力に基づいている」と語った。「AI の助けを借りて、人間よりも多くのデータをより適切かつ迅速に処理し、それを攻撃の標的に変換するマシンだ」とコチャヴィ氏は続けた。 「その結果、2021年のガザ攻撃では、このAIが起動された瞬間から、毎日100の新しいターゲットが生成された。過去にはガザで年間50の標的を作成した時期があった。それが 1日に100個の標的を生成した」

 AIがどのように「標的を生成するか」は調査報道では書かれていない。ハマスの軍事部門は司令官も戦闘員も秘密組織なので、ガザの一般の市民には誰が司令官か誰が戦闘員かは知られていない。軍情報機部はガザに多くの協力者や通報者をつくって、情報を収集している。学校、病院など広範な活動をしているハマスの社会部門、ガザ自治政府を統括する政治部門などハマスの膨大な関連組織の中に協力者・通報者をつくって、日々、何が起こったかを報告させる。さらに町の中にも、レストランやカフェ、商店街、市場などに協力者がいて、日々、見たり、聞いたりしたことを報告させる方法も中東の情報機関が一般的に行っていることだ。

 報告した本人でさえも、送った情報にどのような重要性があるか分からないが、膨大なデータを集めて分析することで、ハマスの指導部や、誰が戦闘員かという情報を割り出していく作業である。例えば、ハマスの軍事部門は定期的に戦闘員の軍事訓練を行うことが知られており、その軍事訓練の期間中に社会部門や自治政府の省庁で仕事を休んだ職員を抜き出すような作業を重ねて併せて、戦闘員を割り出すような作業であろう。

■AIシステムは攻撃よりも速い速度で新たな標的を生成

 膨大な情報の分析作業を人間が行えば、ハマスメンバーや、その人物が住んでいる住宅を「標的」として特定するのに多くの時間を費やす。元軍参謀長が語った「過去にはガザで年間50の標的を作成した時期があった」というのは、そのような作業の困難さがうかがわれる。それがAIを使うことで、「1日100個の標的を生成」するようになるということである。

 新しい標的管理部門で働いていた関係者の1人は調査報道の取材に「私たちは標的を自動的に準備し、チェックリストに従って作業を行っている」と語ったという。 「本当に工場みたいだ。仕事が早いので、標的を深く掘り下げる時間はない。私たちは、どれだけ多くの標的を攻撃できたかによって評価されると考えている」

 標的リストを担当する軍高官は今年初めにエルサレム・ポストに対し、「AIシステムのおかげで初めて軍は攻撃よりも速い速度で新たな標的を生成できるようになった」と語った。

 調査報道では「ハブソラのような自動システムは、潜在的な死傷者数の計算など、軍事作戦中の意思決定においてイスラエル情報関係員の作業を大幅に容易なものとにした」と書く。取材に答えた5人の異なる情報関係者は、「住宅への攻撃で死亡する可能性のある民間人の数はイスラエル情報機関は事前に知っており、『巻き添え被害』のカテゴリーで対象ファイルに明確に記載されている」と語ったという。

 これらの情報源によると、巻き添え被害には段階があり、軍はそれに応じて民家内の標的を攻撃することが可能かどうかを判断するという。 「指令が『巻き添え被害5』になった場合、民間人5人以下を殺害するすべての標的を攻撃する権限が与えられることを意味する。われわれは5人以下のすべての標的ファイルに対して行動できる」と関係者の1人は語った。

■ハマスの軍事工作員のすべての家にマーク

 「かつてはハマスの若手メンバーの自宅を爆破対象として定期的にマークすることはなかった」と、以前の作戦中に標的攻撃に参加した治安当局者は取材に語ったという。 「私の時代、私が作業していた家が『巻き添え被害5』とマークされていたとしても、必ずしも攻撃が承認されるわけではなかった」という。 同氏によると、攻撃の承認はハマスの上級司令官がその家に住んでいることが確認された場合にのみ得られたという。さらに「私の理解では、いま、イスラエル軍は階級に関係なくハマスの軍事工作員のすべての家にマークを付けることができる」と続けた。 「それはたくさんの家だ。役に立たないハマスのメンバーがガザ各地の家に住んでいても、彼らは家にマークを付けて爆撃し、そこにいる全員を殺す」

 過去の攻撃では、情報の分析だけでなく、そこに実際にハマスの軍事幹部が住んでいるかどうかを確認したうえで攻撃が行われたが、この調査報道によって、AIをつかった攻撃目標の自動設定により、情報収集で「ハマス関係者」とされた人物のメンバーが住む住宅ビルが、自動的に空爆・砲撃の対象になるという攻撃の実態が明らかになっている。

 これまで、攻撃が甚大な被害をもたらすかどうかとか、標的に人物が重要人物かどうか、という判断は人が行っていたが、それがAIが自動的に行うようになり、人間はAIがつくった判断に従って、ミサイルを撃つだけの「機械」になってしまっているのだ。

■民間人の”許容”死者数は数十人から数百人まで増加

 さらに、今回、イスラエル軍が「ハマスせん滅」を掲げたことが、無差別攻撃を助長している。「+972マガジン」の調査報道記事は情報関係者の証言として、「情報機関の高官は10月7日以降、部下の幹部らに対し、目標は『できるだけ多くのハマスの工作員を殺害する』ことであり、そのためにパレスチナ民間人への危害についての基準は大幅に甘くなった」と語ったという。 つまり、情報関係者は「目標の位置を広範囲に設定して攻撃すれば、民間人を殺害することになる。より正確な目標の位置を特定するためにもう、もう少し作業を行うというのではなく、時間を節約するために(目標を広範囲に設定したまま攻撃が)行われる」と述べたという。

 情報筋が語った今回の具体的な事例として、「イスラエル軍司令部は数百人のパレスチナ民間人が(巻き添えで)死ぬことが分かっていて、ハマスの最高司令官の一人を暗殺するためにことを承認した」としている。 それについて、「これまでの作戦では高官への攻撃の巻き添えで”許される”民間人の死者数は数十人だったが、今回は数百人にまで増加した」と関係筋の1人が述べたという。

 +972マガジンの調査報道記事では情報関係者は「(今回のガザ攻撃は)過去の作戦でイスラエル軍の規定に反することが起きている」と説明したという。その理由について、 「軍の高官たちは10月7日の(ハマスの攻撃を許した)失態を認識しており、軍の名声を回復するためにイスラエル国民に(勝利の)イメージをどうやって与えるかということばかりに考えている」としている。

 ネタニヤフ首相はハマスの越境攻撃を受けて、「ハマスせん滅」を掲げ、イスラエル軍は「ハマス関連のすべての施設」に空爆・砲撃を加える。攻撃で多くのガザ市民の犠牲が出ていることについてイスラエル軍は「ハマスが市民を『人間の盾』にしている」と主張して攻撃を正当化してきた。

 しかし、この調査報道を読むと、イスラエル軍が空爆で、民間人の巻き添えを減らそうとする意識が格段に緩くなり、そのうえで、AIによる機械的で高速な標的設定に頼って、情報の確認に人間のチェックが入らず、結果的に一か月半で6000人の子供を含む15000人のガザ市民が殺害されるという惨状を生み出していることが見えてくる。

※初出:2023/12/2(土) Yahoo ニュース個人

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