葉擦は本から目を離さない

葉擦hasureは光を透かして揺れる
結び葉のようなoriの髪の毛を見ている。

澱はその美しい緑じみた黒い髪を
清流の一部のようにさらさらと風に揺らし
眉間にしわをよせて本を読んでいる。

窓枠型に切り取られた空に
幾何学模様に滲んだ陽光が薄く。

襯衣shirtbuttonの上みっつを外した
澱の胸元は薄く筋肉がついていて
それなのに薄っぺたく、少し汗ばんでいる。

澱は本を開いたまま、目を瞑った。
寝ているのかもしれない。
彼は夜更かしが好きで
夜中によく起きていては
何かをごそごそとしているから。

太陽が少し位置を変えて
そのおかげで卓子tableに映された
彼の翳はやけにその輪郭を濃くした。
何かのコンプレックスを抱えた女性の
言い分のようにくっきりと。

世界は今日はやけに氣怠い。
澱の恋人が寝室からやってきて、彼の頬を撫でる。
澱は本から少し顔をあげて微笑んだ。
葉擦は顔を背ける。
背けた方向に興味深い何かがあるかのように。

彼女は澱にくちずける。
昨夜もふたりは一緒に寝ていたのだ。
葉擦はその事実を見ないように
自分も持っている本に意識を向けようとした。
だが文字群は音も整列することも手放して
てんでちりぢりばらばら
まるでギャングが発砲したレストランに
偶然居合わせてしまったひとびとみたいに
あちらこちらへ飛び交って好きに叫び回っている。

参った。
ため息をついて、本を見つめ続ける。
自分の心は弱草藤のようだと葉擦は思う。
一見弱々しく見えても、繁殖力が旺盛で
他の植物に絡みついて生長するつる植物。

アレロパシーで他の草花の生長を抑制し
種子には青酸配糖体があり
食すものを死に誘うことすらある。

それにこの恋は赤でも桃色でもない。
弱草藤のような、白と紫色だ。
ブルーの混ざった炎のような赤さの底で
混濁した意識と酸欠のような苦痛。
葉擦は本から目を離さない。
どうか澱と恋人が葉擦は新しい本に
とても夢中なのだと思い込んでくれますようにと
そう淡い願いを込めながら
ただ、じっと、読めない文字列たちを
レストランの中、飛び交う弾丸や
飛び交うウェルダンのステーキや
ふりしきるコーンスープの嵐の中を
走り回る言葉たちをただ睨みつけて。

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