エロい質問
理科室での授業後、教室に戻る群れから外れ、僕はひとり理科室に戻っていた。
ドアを開けると先生が板書を消している。
「先生ー」人差し指を挟んでおいた小学5年の教科書を開いて、教卓のほうに近づいた。「質問があって」
「あ、はい。どうぞ」
「人の精子と卵子はどう受精するんですか」
教科書には写真も載っている。虫は交尾というものをするし、魚の受精は煙みたいだ。
ところがほ乳類の一例として挙げられたヒトの受精は「精子と卵子がくっついて受精卵になりますよ」のページをめくると、もう母親が母乳をあげている。1ページたりない。
そのあたりの授業数回、何度も考えたがまったく分からなかった。自分で考えたもっとも有力な説は「男がおしっこしてるときに精子がフワフワと飛んでいって受精する」だったが、確信は持てない。
教科書はミスプリントだし、先生は説明し忘れたに違いない。僕はすごく集中していた。挙手をしてもおかしくなかった。
だけど偶然そうせず、こうしてひとり戻ってきた。
僕からの質問を受けると先生は「ああそれか」と、困ったような懐かしむような、そんな表情をした。
そして諭すような丁寧さで「それは、とっても難しい問題なんです。大人になったらもう一度考えてみて」と言った。
今振り返れば何も解決してない回答だが、従順だった僕は「分かりました」と本当に分かってしまった。その後、中3まで詳細を知らなかった。
それでも、中学生ともなればえっちな言葉かどうかは雰囲気で分かる。
所属していた吹奏楽部はほぼ女子校みたいなもので、「コンクールは髪をゴムで留めるようにだって。ヘアゴムって言ってほしいんだけど」「先輩のプレゼントこれでいいんじゃね。自分じゃ買えないっしょ。え、安原くん持ってるって? ぎゃはははは!」「安原くーんこれ抜いて! ってか抜いてってエロくない?」みたいな会話に晒され続けた。(今思うとたまたま先輩が下品だった可能性が高い)
本当を知らないくせに「ほんとですねー」と愛想笑いをすると、なぜか可愛がられた。
校門前で、友達が手を腰のあたりに持ってきて「ズッコンバッコン!」と一発ギャグのように大声を出すと、周りの男子に爆笑が起こった。でも意味が分からず「どういうこと?」と説明させてしまったこともある。「ほら‥だからズッコンバッコン‥」と説明されてもよく分からなかった。
部活の練習が毎日じゃなくて、放課後男子同士でもっと遊んでたら並の知識はついていたかもしれない。
いや。そのズッコンバッコンのやつも「抜いてー」の先輩も同じ部活だな。
ただぼんやり生きてたみたいだ。
まさか受精も、男女が裸になってあれがああなってそうするなんて思わなかった。信じられる? おしっこ中にフワフワじゃなかったなんて。
うぶというより無知だった自分にとって、移動教室の夜は貴重な情報収集の場だった。
アルファベットでエロいことを表せるということも中1の夜に教わった。
「アルファベットで?」
「そうだよ。Aがキス」
「え、Aなのに?」
「うん」
「Bは?」
「Bが、ペッティングっていう」
「何それ」
「手だけでするらしい」
「何それ」
「なんかそうなんだって」
「Cが?」
「Cはやるってこと」
「Dは?」
「ない」
「え、Dは?」
「いや、たぶんない」
「たぶんって何。教えてよ」
この日、いつまでごねてもD以降を教えてくれなかった。Zまでまだまだあるのに。
料理のさしすせそが「さし」で終わるはずないんだから、俺だけに秘密にしているんだと不満だった。
あと、手だけでするって何?
(不思議に思われるかもしれませんが、続きます)
続編「かわいい人にかわいいと言うのは、僕としては結構ありえない」