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チーム保育の質を向上させる学習科学

 学習科学というと、生徒・児童を誘導するための方法論という、多少「どうかな」という印象を持つかも知れません。しかし、それは人間の認知の仕組みに基づいた「科学」であり、実は保育者のレベルアップのための方法としても参考になるものです。


人が賢くなる仕組み

知識と理解の社会的構成

この図は、学習科学の研究成果として見いだされた「人が賢くなる仕組み」の概念図だ(「新訂 教育心理学特論」放送大学出版会(2018) 17ページ図1-1に基づき作成)。

 人は生まれながらにして、経験から法則を見いだす力を持っている(例えば、「物は支えがなければ下に落ちる」という経験則)。学習というプロセスは、その経験則=素朴理論を、社会的に検証されている原理や原則(「物体の間には、引力が作用している」という原理)へと昇華させるプロセスと考えられている。

 このような「人が賢くなる仕組み」を前提とすると、上図の<レベル2>の学習プロセスにおいて、「建設的相互作用」を引き起こすことが有効だとされている。

 この「建設的相互作用」とは、「人が人とのやり取りを通じて、自分の考えをより抽象的で適用範囲の広い考えへと変えていくこと」である(白水始「対話力」東洋館出版社 p51)。


建設的相互作用

そして、「建設的相互作用を引き起こすことに関係する特徴」として、次の7つの特徴が示されている。
「新訂 教育心理学特論」放送大学出版会(2018) 147ページ)

1.子どもたちが皆共通して「答えを出したい問い」を持っていた
2.問いへの答えを、一人ひとりが、少しずつ違う形で最初から持てる(そ
 のように環境、事前状況が設定されている)
3.一人ひとりのアイデアを交換し合う場がある、言い換えれば、皆自分の
 いいたいことがあって、それがいえる
4.参加者は、色々なメンバーから出てくる多様なアイデアをまとめ上げる
 と「答えを出したい問い」への答えに近づくはずだ、という期待を持って
 いる
5.話し合いなどで多様なアイデアを統合すると、一人ひとり、自分が最初
 に考えていたのより確かだと感じられる答えに到達できる
6.到達した答えを発表し合って検討すると、自分なりに納得できる答えが
 得られる
7.納得してみると、次に何が分からないか、何を知りたいか、が見えてく
 る

上図の「自分で考えてことばにすると、初めてつながる」は、この「特徴」の③や⑥を表しているものと解釈できる。


知識構成型ジグソー法

 さらに、この建設的相互作用の特徴を備えた、具体的な授業実践方法として、「知識構成型ジグソー法」という授業手法が考案されている。

 この授業法は、以下のような流れで、課題遂行役とモニター役(グループ内で、聞き役を一時的に引き受ける)を繰り返し担いながら、様々な部品や他者の視点を比較吟味、統合し、生徒自身が、自分の納得する「答え」の質を向上させていく授業法である(「新訂 教育心理学特論」 放送大学出版会(2018) 149ページ)。

1.まず教師から提示された「ひとりでは十分答えが出ない問い」に最初の
 考えを書き出してみる
2.その問いの答えを出すためのヒントになる「部品」をいくつかの小グル3.ープに分かれて担当し(エキスパート活動)、
4.それぞれ異なる「部品」を担当したメンバーが集まった新しいグループ
 で問いに対するよりよい答えを作り上げ(ジグソー活動)
5.教室全体で出てきた答えを共有、比較吟味(クロストーク)、
6.最後に個々人で問いに対する自分の納得いく答えを書いてみる


保育者のカンファレンスへの示唆

 このような授業=協調的議論の流れを見ると、保育関係者の皆さんにも、なんとなく思い出されるシーンがあるのではないだろうか。

 指導案、指導計画を施設内のカンファレンス等で、集合的、協調的に検討するプロセスと似かよっていると言えないだろうか?

 例えば、①の「ひとりでは十分答えが出ない問い」に対する最初の考えとは、クラス担任が指導案の原案を書くことに相当するだろう。
 そして、②の「部品」としては、いわゆる5領域ごとに役割を分担して、来月、来週の活動内容として時宜に適したものだろうと考えたアイデアが当てはまることになろう。
 ③では、各部品を持ち寄って、最初の原案の改良、改善を話し合うが、その中で、最初の原案を作成した保育士は、まずはモニター役になって、エキスパート活動の成果に虚心坦懐に耳を傾けることになろう。
 そして、④の段階で、各クラスの指導案の改良案、改善策を比較吟味して、最後に⑤としてクラス担任が、最終的な指導案を書き上げるというプロセスだ。
 全体の教師役は、園長、施設長ということになり、そのファシリテートを土台にして、チーム保育のレベルアップを図っていくということになる。

 知識構成型ジグソー法という学習の方法論は、学校における「授業」を想定して、生徒の知識獲得(概念変容)のためのものとして考案されている方法論ではあるが、その背景に「人が賢くなる仕組み」への洞察が存在している。
 それゆえに、プロセスをアレンジすることによって、専門職人財が直面する複雑な課題解決策の検討、改善のための方法論としても応用可能なのだと思われる。


チーム保育の専門性をサポートするシステム

 また、このような学習プロセスを促進し、サポートし、かつ、このプロセス自体の質向上のための評価を可能とするようなITサービスの研究も行われている。
 具体的には、③のジグソー活動中の会話、対話の記録を自動的に生成し、振り返りを可能とするシステムや、このプロセスで利用される①や②段階の教材を教師間で共有し、コメントしあって、教師間のスキル向上をサポートするシステムなどだ。

 保育施設運営における重要な課題として、保育士の育成、専門性の向上、そしてチーム保育のレベルアップという課題があることは、皆が重々に認識しているだろう。学習科学の成果も視野にいれて、保育実践の中に、意識的に「学びの場」を作り上げていくことが必要なのだろう。

 そして、保育実践の中での「学びの場」を効率化し、サポートするようなテクノロジーの開発を、躊躇する理由も全くないのだろうと思っている。