見出し画像

皐月物語 18.1 皐月と真理の音楽鑑賞 1

 この小説は『皐月物語 18』のサイドストーリーです。

 藤城皐月と栗林真理が夏休みの宿題を終えたのは8月31日の最終日で、真理の家で一緒に片付けた。夕食に取ってもらった鰻を食べ終わり、ちょっと羽でも伸ばそうという流れになった。
 カラオケでも行こうかという話になったが、真理が面倒だと言うので YouTube で二人の好きな音楽の MV でも見ようということになった。
「真理は最近どんな音楽聴いてるの?」
「え~っ、どんなって言われてもな……。『YOASOBI』って知ってる?」
「そんなの知ってるに決まってんじゃん。『夜に駆ける』とか好きかな」
「私は『群青』が好き。モチベが上がるから最近毎日聴いてる。受験生に人気なんだって」
「へぇ~そうなんだ」
「皐月にも聴いてもらいたいな」
 真理の家のリビングにあるでかいテレビをネットにつなげ、YouTube のアプリを立ち上げた。『群青』のサムネイルを見ると再生回数がすごい。

 まだ歌い始めなのに真理の目が潤んでいる。皐月は泣きべそをかく真理や小さい頃から良く見てきたが、こんな真理を見たことは今までなかった。曲が終わるまでは声をかけてはいけないな……。
「いい曲だったね」
「うん」
 まだ何も頑張っていない皐月にもこの曲の良さはわかる。いつか何かに頑張らなければならない時、この曲に助けられることがあるのかもしれない。
「受験がんばれよ」
「……ありがと」

 次は皐月のターン。
「じゃあおれは群青繋がりで『群青の世界』ってアイドルの『未来シルエット』って曲をぜひ聴いてもらおうか」
「ごめん。私、群青の世界ってユニットのこと知らないわ。昭和のアイドル?」
「いやいやいや、今のアイドルだよ。主にライブやネットで活動しているからテレビに出るアイドルに比べて知名度が低いけど、おれはすごくいいと思ってる」
「へ~っ、皐月ってそういうジャンルも聴くんだ。坂道とか昭和のアイドルだけかと思ってた」
「知られていないだけでいい曲はたくさんあるし、かわいい子やきれいな子っていっぱいいるよ。最近そういうの知ったから偉そうなこと言えないけど」
 皐月は群青の世界の『未来シルエット』という曲をセレクトした。再生回数は『群青』とは比べ物にならない。
「おれさ、この MV 見ると元気になれるんだ」
「皐月っていつも元気に見えるけど? 学校じゃいつも笑ってるし」
「営業スマイルの時だってあるさ」

「いい曲……」
「うん」
「青い空が広くてきれい。私も見たい。ねえ皐月、海に連れてってよ」
「いいけど、景色のいいところだと遠いぞ。車の運転できないからバスで行けるところしか行けないし」
「受験が終わってからでいいよ」
「じゃあ恋路ヶ浜に行こうか。伊良湖岬の」
「約束だからね」
 真理と皐月は別々の中学に行くことになる。もう同じ明日、同じ時を過ごすことができなくなってしまう……
「みんなかわいいね。皐月はああいうお姉さんが好きなんだ」
「好きだよ」
「そうはっきり言われると嫉妬もできないね」

「次は私ね。『三月のパンタシア』っていう音楽ユニット知ってる?」
「ううん、知らない」
「ボーカルの『みあ』さんの声がかわいいの。皐月に紹介してあげよう」
 真理がオフィシャルチャンネルから『三月がずっと続けばいい』という曲を選んだ。パンタシアはラテン語で「空想」を意味するんだと真理の説明があったが、ラテン語がどの国の言葉なのか皐月にはわからない。調べると古代ローマ人の用いた言語だという。なんか格好いい。
「私ね、三月になったら自分はどうなっちゃうのかなってときどき考えるの。新しい生活に胸を膨らませるのか、それとも三月がずっと続けばいいって思うのか。まあ、なってみなければわかんないって結論になるんだけどね」
「おれは三月がずっと続けばいいって思うだろうな。あんな中学なんか行きたくないや」
「だったら皐月も中学受験すればいいのに……」

「この歌も歌詞に群青が入ってるじゃん。真理、狙ったな?」
「群青は私たちの世代にはパワーワードなの」
「小学生にか? お前、お姉さんぶってるな」
 真理はときどき皐月に大人ぶったことを言うようになった。今みたいに真理をからかうようなことを言っても、内心では彼我の差を感じずにはいられない。真理はどんどん大人になっていく。

「じゃあ、次はおれ。BLACKNAZARENE の『The beginning』って歌。4月からはお互いに別々の世界が始まるからこの曲にした」
「ブラックナザレってどういう意味?」
「メキシコからフィリピンに贈られたキリスト像が Black Nazarene って呼ばれていて、奇跡を起こすって言われているんだって。毎年1月にお祭りがあって、Black Nazarene を見るためにキリスト教徒が殺到して、怪我人や死者が出るほどすごいらしいよ」
「じゃあファンがそのお祭りくらいたくさん集まってほしいっていうことでユニット名がつけられたんだね」

「いい曲。それに MV もいいね」
「でしょ。おれ、この MV 初めて見た時ぞわって来たもん」
「後半のサビのところ、好き。ば~っと光が差して、なんか明るい未来が来るって感じでテンション上がる」
 皐月はこの『The beginning』とさっき見た群青の世界の『未来シルエット』の歌詞を考え合わせていた。真理が受験勉強をがんばっている姿を見ていると寂しい気持ちになる時がある。だからこの2曲が皐月には刺さる。
「皐月は群青の世界の人たちと BLACKNAZARENE の人たち、どっちが好みなの? タイプ全然違うじゃん」
「え~っ、そんなの考えたことないや。俺の好みは真理だし」
「あ~はいはい、そういうの聞き飽きた」
 今日の道化はちょっと緊張していたんだけどな、と皐月は真理の反応に安堵した。
「真面目に言うと、そういうことは考えないようにしてる。序列をつけるのが嫌ってこともあるけど、あまり好きになり過ぎないように気を付けているから」
「なんで好きになり過ぎちゃいけないの?」
「なんでって……自分の気持ちが思うようにならないのって怖くない?」
 皐月の意外な言葉に真理は絶句した。クラスで女の子と楽しそうに話している姿からは想像ができない皐月の心の底が見えた。

最後まで読んでくれてありがとう。この記事を気に入ってもらえたら嬉しい。