白黒【短編小説】

 かつて、世界は色であふれていた。青い地球のどこかで黄色い花が咲くならば、真っ赤な太陽は微笑み、七色に輝く虹が、新たなる生命の誕生を祝福した。

 ある世界的なミュージシャンが言った。
「バナナは赤い」
 バナナが黄色だと決めつけるのは、バナナの可能性、黄色の可能性を潰すことになる。つまらない固定概念は捨ててしまおう。それが彼の意見だった。

「リンゴは黄色い」
 彼の意見に賛同した人々が、口々にそう言った。バナナは赤くて、リンゴは黄色い。それが世の中の新たな固定概念となった。

 それから月日は流れ、植物に魂を吹き込み、擬人化する時代になった。
 魂を得て、晴れて人間の仲間入りとなったリンゴは、産声を上げずにこう言った。
「私は、赤いです。どこからどう見ても黄色ではありません。愛し合ったもの同士が唇と唇を重ねる情熱の色、赤色こそが私の色なのです。赤色であることに誇りを持っているのです。私の大切な赤色を返してください」
 バナナだって黙ってはいなかった。
「私は、黄色です。どこからどう見ても赤色ではありません。夜空をそっと照らす月の色、それこそが私の色なのです。黄色であることに誇りを持っているのです。私の大切な黄色を返してください」
 リンゴとバナナは結束し、自分たちの名誉のため、誇りをかけて、訴訟を起こした。裁判ロボットはどんな判決を下すのか。全人類、全植物が固唾を呑んで見守った。 
 しかし、裁判ロボットによって下された判決は、リンゴとバナナにとっては非情なものであった。リンゴとバナナは、自らのイメージカラーを失った。イメージカラーだけではなく、古くから受け継いできた誇りも失った。 リンゴとバナナは、心を深く削られた。それは、果物ナイフで身を削られるときよりもずっと痛かった。あまりの痛さに、目から果汁を出して泣いた。心なしか、自分の涙の果汁がいつもよりも甘く感じて、それが余計につらかった。

 それから月日は流れ、この世の全てのものに魂を吹き込み、擬人化する時代になった。魂を得て、晴れて人間の仲間入りとなった赤色は真っ先にこう言った。
「リンゴは赤いです。私とリンゴはどんなときも一緒で、家族のようなものでした。家族の絆は永久に不滅です。しかし、その絆を無理やりに断ち切られました。そんな私たちの胸の内が、誰に想像できましょうか。だから戦います。たとえ、世界に赤色の血が流れようとも。私たちの色を取り戻すまでは」
 世界に向けて堂々と宣戦布告をした赤色は、広い世界の中で孤立する形となった。しかし、あまりの孤独に震えだすとき、仲間の存在は輝きだす。黄色が赤色の震える肩にそっと手を置き、力強く言った。
「私たちも戦います。生きるも死ぬも同じ、運命共同体なのですから」
 気のせいだろうか。赤色の目には、頼もしい黄色が輝いて映った。そのあまりの輝きで、黄色ではなく、キラキラと光る金色に見えた。赤色は頬をポッと赤らめて、照れ臭そうにありがとうと呟いた。

 戦いが始まった。数的不利のなか、一致団結した赤色黄色連合軍は凄まじい強さだった。戦いは勢いを増し、世界は赤色の血で染まった。負傷した戦士の傷口からは黄色の膿が出た。それでも赤色黄色連合軍は己の正義のため、戦うことをやめなかった。
 そんな中、どちらの味方をするわけでもなく、戦いを静観し続けていた人物が、ついに重たい口を開いた。
「赤色黄色連合軍のみなさん、お久しぶりです。リンゴです。今、世界には流す必要のない血が流れています。あなたたちのせいです。無駄な抵抗はやめてください。赤色さん、時代は変わったのです。もう私たちは家族ではありません」
 赤色黄色連合軍にとって、リンゴのその言葉はあまりにも残酷であった。特に赤色は、戦う意味を失い、家族を失った。

 戦いは突然、終わりを告げた。

 互いを傷つけあう争いからは、何も生まれない。わかっていたことだ。二度とこのような悲劇があってはいけない。どうすればよいのか。世界から色をなくしてしまおう。昔から色の違いは、争いの火種となってきたのだから。
 色は個性だ。個性は強くて美しい。悲しいことに、強くて美しいもの同士は、何度だってぶつかり合う強さを持っている。だからこそ、個性を消せば全てが丸く収まるはずだ。角が立つものは削って丸くしてしまえばいい。僕らの地球は丸いのだから。

 こうして世界は色を失い、白黒の世界になった。

「まぁ、白黒の世界になった今も、争いは絶えないんですけどね。これで授業を終わります。今日の授業は、世界から色が消えた経緯についてでした。テストが近いです。よく復習しておいてください」
 色があった時代は色々と問題があったんだ。色のない時代に生まれてくることができてよかった。僕は強くそう思い、黒いペンを白い筆箱にそっと閉まった。待ちに待った昼休みだ。
 ふと窓の外を見ると、白い雨は止んでいて、真っ黒なグラウンドには白い水たまりができていた。そして、雨上がりの真っ黒な空には、二色の大きな虹が架かっていた。
「雨、止んだね」
 いつの間にか、横にはリンゴ君が立っていた。
「虹が出ているね」
 立て続けにリンゴ君はそう言って、真っ黒な顔から真っ白な歯をニュッと出した。白い歯が見えるということは、笑顔だということだ。だから、リンゴ君は雨が止んで喜んでいるということが、僕にはよくわかった。
「オセロやろうよ」
 僕がそう言うと、リンゴ君はもう一度白い歯をニュッと出した。


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