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桜巡り!丹波/丹波篠山/福知山へ!!織田家所縁の柏原と八幡丹波篠山城ブラリ◆兵庫⑥京都丹波⑨◆

2024年、京都での花見(桜)は人が多いので丹波方面へ逃げた!理由は、33年に一度の秘仏公開もあったので。1週間遅かったが、知られていない桜の名所テンコ盛りな場所だった!!
 本旅行記に春日神社が多いのは、中世の豪族・細見氏の影響で、実は数日前と数日後にに公開する「梅田神社」が元々で、権力者により春日神社系になったところが多い。

この旅行記の神社仏閣は写真中心です。神社仏閣の詳細はもうひとつのNOTEを参照ください。
https://note.com/yanma_travel/
 本旅行記NOTEの神社仏閣の詳細は2025年3月までに公開します。



▼見どころダイジェスト

▼ルート&見どころ

▽2024年04月12日(金):

#高倉神社 :京都府船井郡京丹波町和田安階1−1

※時間の都合カット(次回用)

#熊野神社 :京都府船井郡京丹波町坂井宮ノ下43

前から気になっていた国道9号線に突如現れる神社!!

神仏習合!60年に一度の御開帳「 #梅田春日神社 #猿田彦神社 」京都府船井郡京丹波町水原宮ノ下44−2

 田畑の横にある、かなり狭い道を進むと駐車スペースはあります。一応、小さな看板は出ていますが、切り返しをしないといけないです。脱論注意ください。

60年に1度のみ開帳される帝釈天を祀っています!神仏分離で寺を捨てるも復活しようとしている。そして!庚申さんだ!!!

庚申さんですね。

詳細は次のNOTE参照。(2025年3月の桜の時期直前に公開)

#唐鞍神社 :京都府船井郡京丹波町上大久保宮馬場22

※時間の都合カット(次回用)

春日系なので本殿脇に鹿の彫刻か「 #廣谷神社 ( #広谷神社 )」京都府福知山市三和町大身83

春日系なので本殿脇に鹿の彫刻か「廣谷神社(広谷神社)」【丹波国(丹波王国)シリーズ】

 では駐車場から。もしかしたら駐車場は公民館の駐車場かもしれないが・・・。この丹波王国は神社と公民館がセットで存在するところが多い気がする。まあ~「神社=みんなが集まるところ=必然的に建物を建てる=公民館」なのかもしれない。

このヤンゴ踊は、大身の氏神・広谷神社の祭礼に行なわれるもので、10月8日の宵宮に境内のチョウノヤで演じられる。その内容は、笛一人、太鼓一人、ピンザサラ三人で構成される田楽躍で、それが二組編成され、前後二回に分けて行なわれる。芸態としては、笛を中心に輪舞するばかりであるが、田楽躍の基本はよく残されており、貴重である。

詳細は次のNOTE参照。(2025年3月の桜の時期直前に公開)

桜の名所「 #龍源寺 」京都府福知山市三和町菟原中266

詳細は次のNOTE参照。(2025年3月の桜の時期直前に公開)

桜の名所!創建500年祭り「 #高杉春日神社 」:京都府福知山市三和町高杉418

 桜も奇麗です!!是非、一番の見どころ時期に行きたいなと。

  • 梅田七社の一つで、龍源寺から1kmほど南ですかね

  • 1525年の棟札が残っている

  • 祭神は春日大明神

  • 本殿は虹梁・木鼻等の絵様から十七世紀後期の建立と考えられている

  • 境内社に、若宮社、稲荷社がある

  • 境外社に、壱岐社がある

 河童??妻は言う「福知山だから鬼じゃない??」と。確かに「大江山酒呑童子」なのかもね。興味のある方は昔の私のじゃらん旅行記『◆京都:丹後⑤◆元伊勢吉佐宮と外宮元宮はどこ?京都のお伊勢さん』をどうぞ!

詳細は次のNOTE参照。(2025年3月の桜の時期直前に公開)


桜と紅葉の名所「 #影清稲荷神社 」京都府福知山市三和町菟原中941

  • 創建・由緒は不明

  • 昔、丹後国の相撲大会で「かげきよ」と名乗る者が取り組み全勝したようで、出身を尋ねたところ「菟原村」だと名乗ったとさ

  • 村人に「かげきよ」のことを良く聞かれるが誰も知らないので、「ゴウドの森」の主に違いないということで、以来「景清稲荷」と呼ぶようになったとさ

詳細は次のNOTE参照。(2025年3月の桜の時期直前に公開)

神仏習合!桜1本勝負で社殿の彫刻見どころ「 #梅田神社 (菟原下)」京都府福知山市三和町菟原下69−1

 国道9号線の旧道にある交番横の急な坂を車で降りれば即神社になるが、交番に許可を得て車を置かせていただき徒歩で参拝しました。桜が奇麗なスポットですね。

 穏やかな川だが昔は水運を利用して物流の地だったのかもなと思ったり。川が分かれていますよね。川の合流地点に古社がある。下鴨神社(私のNOTE)、石清水八幡宮(私のNOTE)、廣瀬神社(私のNOTE)などなど。って、全部二十二社だな。

 この磐座?に不動明王の石仏がある。もしかしたら暴れ川だったのかもね。
 帰って調べたところ「姫岩」です。岩に耳を当てると機織りの音が聞こえて、それは御姫様の機織りの音だと伝えられ、女の人が神社への坂道でこけて手をつけば糸をそなえると言い伝えられている。

  • 祭神は、春日大明神の1柱・アメノコヤネ、彦布都押信命(ヒコフトオシノマコトノミコト)

  • 1166年から1189年、創建

  • 明治の『神社明細帳』では、祭神はアメノコヤネと紀貫之と記されている

  • 『丹波誌』には「祭神は紀氏先祖、右春日大明神、左西宮大明神」と記されている

  • 『菟原村史』には「梅田神社は紀氏の先祖を祀ったもので、紀太成雄(きのしげお)という人、菟原の郷に文治元年、人皇孝元天皇第四皇子、彦布都押信命を祀った神祠を建てたのがこの社である」と書かれている

  • 社殿の彫刻が素晴らしい!!!

  • 社殿のは6代目・中井権次正貞作

  • 境内社は2社

  • 本殿左側の神社は、中央に八幡神社(誉田別命)、右に日吉神社(大山祇命)、左に太田神社(祭神不明)が合祀されている

詳細は次のNOTE参照。(2025年3月の桜の時期直前に公開)

#大歳神社 (千束)」京都府福知山市三和町千束50−2

※時間の都合カット(次回用)
※兵庫県=オオトシ神社が多いのだが、福知山は京都だが多いようだ。

千束の化け物退治
むかし、千束の山には鬼牛という怪物が住んでいて、村人をしばしばおそっていました。怪物を退治するため久作という男が刀鍛冶に頼んで刀を作ってもらいました。その間、千日もの間毎日柴を一束づつ届けました。その甲斐あって立派な刀ができあがり、その刀は久作の運んだ千束の柴にちなんで「千束丸」と名づけられました。
 千束丸をえた久作は、鬼牛退治の機会をうかがっていましたが、ある朝目がさめると千束丸の刀身が消え、鞘だけが残っていました。その後村人が山で血まみれになって倒れている鬼牛を見つけました。なんとその胸には千束丸が突きささっていました。
 村人は久作の思いが神仏に通じたのだとほめたたえました。
(原文のまま)

おお~桜龍!?「 #広雲寺#廣雲寺 )」京都府福知山市三和町芦渕685

 次の王歳神社に行く手前で山麓から山頂に桜の木の瀧が見えた!

詳細は次のNOTE参照。(2025年3月の桜の時期直前に公開)


平安時代の松尾大社の神輿「 #王歳神社 」京都府福知山市三和町芦渕131−3

  • 祭神は若年神(ワカトシノカミ)で、仁徳天皇とも

  • 松尾大社の神輿がある

ここで車上荒らし???車がないですが・・・。

内部に「宝永三年(1706)總金薄寄進」の漆書きがある。『丹波志』(1794)に氷上郡下竹田村二宮神社が京都松尾神社の葵の御紋付の神輿を延享年間(1744-1747)に銀40匁で購入したとある。芦渕村は弘化二年(1845)に購入。鏡には松尾櫟谷大明神の銘、鳥居扁額は二宮神社銘の扁額の上に王歳神社銘の額を貼り付けている。台輪、蟇股、千木など多くの部位に葵紋の意匠が施されており、徳川家所縁の神輿と思われる。製作年代については、来歴や細工などから1650年くらいまでと推定される。担ぎ棒には宝暦十三年(1763)、鈴には天保三年(1833)の銘文。地元の祭りで現在も使用されている。通常は神輿蔵に収納。
 王歳神社に伝わる神輿で、松尾大社(京都)から二宮神社(丹波市市島町竹田)、王歳神社に移ってきた経緯が、文字資料と物証両面から明らかな、確かな来歴が伝わる貴重な神輿です。徳川家に関連すると思われる葵紋の意匠をはじめ、漆の細工も繊細で手間がかけられるなど、神輿自体の質も高い。神輿の指定物件は少なく貴重なものと言えるうえ、地域での活用、保存も良好である。

松尾大社の神輿 ↓

詳細は次のNOTE参照。(2025年3月の桜の時期直前に公開)

小倉百人一首で雰囲気を持つ古社「 #生野神社 (式内社御幣神社)」京都府福知山市三俣541

  • 延喜式にある「生野神社」に比定

  • 『小倉百人一首』の「大江山 いく野の道の 遠ければ まだ文も見ず 天のはし立」(by和泉式部の娘・小式部内侍)にも載る

  • 祭神はアメノウズメ

  • 鎌倉時代から江戸時代まで「御幣(みてぐら)神社」と呼ばれていた

  • 理由は、御供米を奉献していたそうな

  • 元々は背後の山の山頂に鎮座しており、「雄岩」と「雌岩」なる陰陽石があったとか

  • 拝殿・本殿の彫刻が見どころで、龍の裏には、彫物師・中井清次良正用作

  • 社殿右の境内社は、皇太神宮、神明社、八幡社

  • 社殿左の境内社は、猿田彦社、稲荷社・武大神

詳細は次のNOTE参照。(2025年3月の桜の時期直前に公開)

#REST &COFFEE ポコァポコ:京都府福知山市池田185−1

 腹減った~し、この後に食べるところとタイミングが合わないので、早めに食べることに。

桜満開時は奇麗だと思います。

奈良・大神神社勧請?「 #一宮神社 (宮)」京都府福知山市宮401

 後述する「一宮神社(中竹田)」とは別です。大神神社から勧請したとか

詳細は次のNOTE参照。

竹田六社!ナビでは出雲二宮「 #二宮神社 (下竹田)」:兵庫県丹波市市島町下竹田2598

  • 祭神はオオクニヌシ

  • 出雲国出雲郡よりオオクニヌシを勧請

  • 鳥居の前には「出雲二宮神社」の石碑がある
    →下鴨神社拝殿前には干支社があり祭神はすべてオオクニヌシなので出雲という名前に違和感はない

  • 1690年、本殿再建

  • 1818~1829年、拝殿再建

  • 本殿裏の巨木は見どころ

  • 福知山市の大歳神社(私のNOTE)の神輿はココの神社のもので、元は松尾大社(私のNOTE)のもの。

詳細は次のNOTE参照。(2025年3月の桜の時期直前に公開)

竹田六社!厳島神社の古い木斉明「 #伊都伎神社 (中竹田)」兵庫県丹波市市島町中竹田1659−1

てっきり「厳島神社(伊都伎島神社)」かと思っていたが、違うかったようだ。淤母陀琉神って知っていますか?アマテラスよりも、イザナギ・イザナミよりも先に現れた神様です。
本NOTEを書いていて思ったのだが、「厳島神社(私のNOTE)」の祭神である宗像三女神が本当は違うとかないのだろうか??

また、麻呂子親王の大山の賊を退治するときに通ったとする。退治後に薬師如来を7体造ったのだが、近くの清薗寺の本尊がそうらしい・・・。

  • 「いつきじんじゃ」と読むので厳島神社、宗像大社系だと思っていた

  • 主祭神 は「淤母陀琉神(オモダルノカミ)」と「妹阿夜訶志古泥命」で、配祀神に応神天皇こと「誉田別命(ホンダワケ)」

  • 「淤母陀琉神(オモダルノカミ)」と「妹阿夜訶志古泥命」は神世七代の第六の神でレアだと思う

  • 『日本書紀』では、天地の最初に生まれた国常立尊、国狭槌尊、豊雲野尊、 埿土煑尊・沙土煑尊、大戸之道尊・大苫辺尊に続いた神世七代の第六代の神とあります。

  • 中井権次一統の社殿

詳細は次のNOTE参照。(2025年3月の桜の時期直前に公開)

竹田六社!「 #三宮神社 」兵庫県丹波市市島町下竹田306−2

  • ここは小さな高台の上に鎮座する

  • 表参道手前に駐車場がある

  • 境内は広く、存在感がある拝殿・本殿がある

  • 明治に、高野神社、日附(あこう)神社、九日(くにち)神社の3つを合祀した神社

  • 祭神は、大宮比売命(オホミヤヒメノミコト)、オオオヤマツミ、豊日霊命(トヨヒルメノミコト)

  • 豊日霊命は境内に、大宮比売命は日附属神社に、大山祇命は九日神社に祀られていた

詳細は次のNOTE参照。(2025年3月の桜の時期直前に公開)

竹田六社!御輿が集合する名社「 #一宮神社 (中竹田)」:兵庫県丹波市市島町中竹田1197−1

  • 主祭神は、コトシロヌシで、配祀神には誉田別命、武内宿禰、萩原家祖先霊神、宇気毛知命とする

  • ここに竹田六社の神輿が宮入りする

  • 一宮の神輿は、213年前に京都・宮大工により作られ、具材は松尾大社(私のNOTE)で使用されていたもの

詳細は次のNOTE参照。(2025年3月の桜の時期直前に公開)


竹田六社!「 #加茂神社 (中竹田)」兵庫県丹波市市島町中竹田116

  • 主祭神は、別雷命

  • 配祀神に、火産霊命、宇気毛知命、スサノオ

  • 山城国の下鴨神社・上賀茂神社つながり

  • 社殿の龍は八代目・中井権次正胤の作らしい

  • 狛犬は、丹波佐吉の弟子・綿貫重吉名照作

詳細は次のNOTE参照。(2025年3月の桜の時期直前に公開)

竹田六社!賀茂社で高台は久しぶりの絶景「 #加茂神社 (上竹田)」:兵庫県丹波市市島町上竹田2015

  • 向拝の龍の裏面に「彫物師 柏原住 中井権次正貞」とあるので、中井権次一統作

  • 主祭神は、加茂別雷命

  • 配祀神に、大綾津日命、スサノオ、応神天皇こと誉田別命(ホンダワケ)、宇気毛知命、月夜見命となっている。

詳細は次のNOTE参照。(2025年3月の桜の時期直前に公開)

ガチで33年に一度の御開帳「 #薬師寺 (曹洞宗)」兵庫県丹波市市島町上鴨阪878

 薬師如来の脇侍は日光・月光菩薩なので薬師三尊形式ですね。聖徳太子作か~。奈良・東大寺の古門書には、快慶は丹波仏師に関係していることから良い仏像が多い地域でもある。ということで期待していましたが、地域で大事にされている地方仏ですね。

 住職と話したところ、一番遠い人は千葉から来たそうです。バス、徒歩も無理だろうからレンタカーかな・・・。あと、パンフレットは33年前の写真があり、それを絵にしたよう。最後に、ガチで33年に一度のため、中開帳もないとのこと。

下鴨神社がある・・「 #鴨神社 (池尾)」兵庫県丹波市春日町池尾41

鴨分雷大神は伊賀古夜比売命は下鴨神社主祭神の妻かも!?
カモ系の神社といえば下鴨神社(私のNOTE)と上賀茂神社(私のNOTE)を思い浮かべる方は多いかと。今では二社制だが元々は三社制だった時代もある。奈良の葛城に賀茂社(私のNOTE)があり、奈良葛城は三社制である。丹波も三社制なのかな??上加茂神社・中加茂神社(私のNOTE)、そして本NOTEの鴨神社ですかね。んっ6社??まあ~出雲の賀茂は元々は30社以上あったので、おかしくはないか??
 下鴨神社の主祭神の妻が境内社にも祀られ、上賀茂神社の主祭神の祖母にあたる神は丹波国の伊賀古夜比売命である。亀岡市の宮川神社と丹波市の神野神社のいずれかかと思っていたが、ここにも言い伝えがあるようだ。

  • 創建は不詳

  • 延喜式に載り、下鴨神社の祭神の妻になった故郷神野神社は丹波市氷上町「円通寺(曹洞宗)」の場に鎮座していた

  • 創建は賀茂縣主真簑(かもあがたぬしまみの)にかかるとの口伝があるが不詳である

  • 1421年、「再造鴨大明神社殿」の棟札があり、禰宜賀茂縣主経良の名が記されている

  • 1579年、明智光秀の丹波攻めの兵火により焼失し歴史・由緒は不明

  • 梶原遺跡は、旧石器時代の古い遺跡

  • 小富士の南側山麓に鎮座する古社

  • 室町時代に神野神社(かものじんじゃ)と言われた社殿が建立された

  • 江戸時代は鴨郷(加茂乃庄)九か村の総社とされ、現在の四社(鴨神社と貴船神社、八幡神社、春日神社)になり、鴨四座大明神と称した

  • 1680年、社殿再建し、祭神は加茂別雷命になった

  • 1811年、拝殿再建

  • 境内には、鴨社、八幡社、春日社、貴船社、大神宮、金毘羅宮、庚申堂、厳島神社、柿本神社もある

  • 本殿向拝の龍は中井権次正胤もの

  • 境内に神野神社址・伊可古塚がある

  • 神宮寺があったようなので、この地域の中心地だったのだろう

  • 由緒より「京都・上賀茂神社の御祭神も当社と同じく賀茂別雷命(かもわけいかづちのみこと)で、神社の正式な呼称は賀茂別雷神社という。同下鴨神社は賀茂建角身命(かもたけつむみのみこと)と、娘の玉依媛(比売)命(たまよりひめのみこと)が御祭神である。玉依媛命の子が賀茂別雷命であることから賀茂御祖神社が正式名称。賀茂建角身命は、丹波国の伊賀古夜比売(いかこやひめ)を妻に迎え、玉依日子命(たまよりひこのみこと)と玉依媛命の二人をもうけ、兄の玉依日子命は後に父のあとを継いで賀茂縣主となった。」

詳細は次のNOTE参照。

#風森一ノ宮神社 :兵庫県丹波市市島町戸坂304

 見つけられなかった。ナビに騙された~。まさかあの道を曲がっていればよかったのか~。。

桜も藤も名所「 #白毫寺 (五大山 白毫寺)」兵庫県丹波市白毫寺 市島町白毫寺709

唐・五台山から来ている藤棚&桜&紅葉の名所で、奈良・白毫寺などよりも有名かもね。

 本堂の手前には、孔雀が飼われていた。孔雀は、煩悩の根源とされる三毒(貪瞋痴)を喰らうものとして「孔雀明王」の台座にもなっている。滋賀・三井寺(私のNOTE)から譲り受けたのではないかとも思ったり。。


詳細は次のNOTE参照。(2025年3月の桜の時期直前に公開)

下鴨神社管轄で三輪氏って奈良・葛城時代の関係「 #三輪神社 」兵庫県丹波市市島町与戸1409

 あっ!2024年は暖かく、桜は散り気味だったが、ここはまだ残っていた。良い感じです!!
 大神神社から勧請「三輪神社」奈良葛城と同じく賀茂と三輪がいる!?

詳細は次のNOTE参照。(2025年3月の桜の時期直前に公開)

#小富士

磐座とコノハナサクヤヒメ「 #阿陀岡神社 」葛城繋がりな気がしてきた兵庫県丹波市春日町多利2467−1

 磐座とコノハナサクヤヒメ!葛城繋がりな気がしてきた!
 おお~アマテラスの孫で天孫降臨したニニギノミコトの妻・コノハナサクヤヒメを祀る「あだおか(あだか)」神社には、磐座信仰が残っている。祭りで拝殿・本殿焼失!!

  • 「あだかじんじゃ」と読む

  • 延喜式の「阿陀岡神社」に比定

  • 主祭神は「吾田鹿葦津比売命(アタカアシツヒメノミコト)」で、ニニギの妻・コノハナサクヤヒメと同一神とされる

    1. 小富士山がるので、富士信仰が関係しているかもしれない

  • 八幡大神で応神天皇ことホンダワケを配祀し、菅原道真を合祀したようだ

  • 542年、春日部乙身勅命により幣物を捧げた後、慶運の起こり創建

  • 905年、社名よ鎮座位置が書かれた古書がある

  • 1492年、再建

  • 1739年、八朔祭りの松明の火で炎上・・・

  • 1742年、現在の本殿再建

  • 公郷武家の崇敬が篤く、岩倉具視は直筆の神号額を納めた

  • 1792年、八幡宮を合祀

  • 近世は「阿陀岡大明神」と称していた

  • 境内社に、稲荷神社、厄除神社がある

  • 昔は神宮寺「神力寺」があった 

詳細は次のNOTE参照。(2025年3月の桜の時期直前に公開)

#鴨神社 (池尾):兵庫県丹波市春日町池尾41

※時間の都合カット(次回用)

素晴らしい小さな富士山「 #小富士山神社 」兵庫県丹波市春日町小多利678

 小さな富士山だから「小富士」で山麓に「小富士神社」がある。すでに公開した鴨神社や阿陀岡神社など、この山を向いている神社は多い。
 標高は231mと低層な山だが、昔から霊峰富士とも言われ、地元の住民たちから大切にされてきたようだ。

 自然狛犬か狛犬の台座っぽいのがありますね。

主祭神は「受母知神(ウケモチノカミ)」で、配祀神に「厳嶋比売命」、「加具土命(カグツチ)」「奥津彦命💛奥津比売命」「菅原大神」である。 

 本殿左には摂社がありますが、祭神などは不明。ただし、男神です。なぜ分かるかというと、社の扉が開いていて、男神坐像だったんですよね。

詳細は次のNOTE参照。(2025年3月の桜の時期直前に公開)

#猿田彦神社 (黒井):兵庫県丹波市春日町黒井

時間の都合でカット。後述の「興禅寺兼山登り用駐車場」から徒歩でもよいかと。

春日の局生誕!熊注意!?だが工事中・・・。「 #興禅寺 (大梅山 興禅寺)」兵庫県丹波市春日町黒井2263

 徳川家光の乳母・春日局(幼名:お福(*1))の出生地として知られる「興禅寺」と近くの猿田彦神社天満宮へ!この次のNOTEは「兵牛神社」です。車道そばに「猿田彦神社」扁額の掛かる「庚申殿(*2)」と「天満宮」がある。
ちなみに、兵主神社と興禅寺の間にある県立氷上高等学校の南東の角あたりの坂道を「お福坂」と呼んでいる。

*1:春日局
本能寺の変の後、山崎の合戦で明智光秀も破れ、斎藤利三も処刑されてしまいます。お福が5つになる前に、父である斎藤利三は亡くなってしまったのですが、母の実家で育てられると、のちに徳川家に乳母として務めることになります。興禅寺は、お福が生まれてから3歳まで育ったといわれているところです。
*2:庚申殿
庚申堂・庚申塚の名称が普通だが。。。

詳細は次のNOTE参照。(2025年3月の桜の時期直前に公開)

兵庫の守護神「 #兵主神社 」奥宮に磐座!近衛家と皇子御用達:兵庫県丹波市春日町黒井 4−1

 「ひょうずじんじゃ」と読み、御祭神はオオクニヌシの別名「大名持大神(オオナムチ)」で、相方「スクナヒコ」と「香具山大神」と「ヒルコ(蛭子大神)」を祀っている。
 関白近衛家は代々、ここを産土神として参拝していたので奉納物がある。戦国時代から疱瘡(天然痘)の守り神としても有名で、天皇家に皇子が生まれたときなどには、内侍司から女官の代参がたてられ、疱瘡にかからないよう祈願したそう。 


 本殿左奥に奥の宮「厄除神社/磐座:影向石(ようごういし)」がある。神様が降臨したという影向がある。割れ目があるので、太陽の位置で季節などを把握したのかもしれない。

詳細は次のNOTE参照。(2025年3月の桜の時期直前に公開)

滋賀の兵主神社は次のNOTEです。あっ、奈良も紹介しておきます。てな感じで、出雲の面影があるのが兵主神社ですね。兵庫の西脇市にもあるようですね。そのうち参拝しよう。滋賀県野洲市の兵主大社は一番良い感じですね。

#サムハラ !!スサノオ💛イナダヒメ「 #舟城神社 (長王)」社殿が別格「楯縫神社」奥社?元宮:兵庫県丹波市春日町長王1

出雲色が強い丹波にスサノオ・イナダヒメ夫婦と、八柱の御子神を祀る神社があった!そして、その社殿が過去に観たことがないような、迫力と素晴らしいを持つ雰囲気と彫刻だった!んっ?夫婦そろってサムハラだ!牛頭天王で祇園社かなと思い、ステーキ食べたので丁重に参拝することに!?
 昭和前半では、7月7日の祇園祭には3万人以上の参拝者で賑わいを見せていたようです。



詳細は次のNOTE参照。(2025年3月の桜の時期直前に公開)

宿泊「 #パークイン カイバラ」兵庫県丹波市柏原町母坪380

 夕食は久しぶりに「くら寿司」にした。明日の旅行先を考えてここに宿泊。安いけど居心地は良いですね。

朝食

▼2024年4月13日


神仏習合の名残あり「 #伊尼神社 」ホタル生息:兵庫県丹波市氷上町新郷1860

延喜式にも記されており、江戸時代には「伊知宮大明神」「沼貫神社」「正一位一宮大明神」と称した神社。今でも境内には鐘楼があり、神仏習合の名残を残す。


  • 29代欽明天皇の朝庚申の年の創祀と伝えられている

  • 丹波地方でも有名なる古社である。

  • 丹波平原開拓に当り国土経営の守護神として邇邇杵尊(紀)を祭っている

  • 配祀として穀霊大市比売命も祀る

    1. 穀霊大市比売命は神大市比売命で、スサノオの妻で、オオドシの母

    2. 大山津見神の御子で、スサノオの第二妻

    3. 子に兵庫に多い「大年神」と伏見稲荷大社(私のNOTE)でお馴染みの「ウカノミタマ」の母

  • 古来より領主や武将の尊崇が篤い

  • 西丹波一帯の総社として崇敬され、例祭には西丹波地方より神輿などがここに集まっていたと伝えられている

  • 1494年、城主・赤井伊賀守忠家が本社を造営

  • 1555年、孫・赤井五郎兵衛太夫家清が本社を再建し、甲冑一領を奉納

  • 1883年、式内社「奴々伎(ぬぬぎ)神社」と呼ばれていたが、式内社「伊尼神社」に改称。

  • そのため、式内社「伊尼神社」は梶原・鴨神社(私のNOTE)説もある

詳細は次のNOTE参照。(2025年1月公開予定)

#加茂神社 (鴨野):兵庫県丹波市柏原町鴨野142−1

 ※妻より丹波篠山城周辺をテクテクしたいとのことなので次回

石仏のアフロ仏「 #西楽寺 」柏原八幡宮横

私のNOTEは次の通り。柏原八幡宮と織田神社は第二巻として分霊します(NOTEを分けます)

丹波スイーツ「 #中嶋大祥堂 」柏原八幡宮周辺

株式会社中島大祥堂 (nakajimataishodo.jp)

中嶋大祥堂から陣屋

#陣屋 :柏原八幡宮周辺

柏原藩陣屋跡 | 観光スポット | 【公式】兵庫県観光サイト HYOGO!ナビ | 知っておきたい観光情報が盛りだくさん! (hyogo-tourism.jp)

#京都 /兵庫/福井が繋がる「建勲神社(建織田社)」織田家は丹波柏原開拓した名主:兵庫県丹波市柏原町柏原3625

柏原は織田家が藩主で栄えさせた場所なので、織田家所縁のものが多い。さて、この神社の由緒では「建勲神社」は山形と京都とここしかないというがブッブ~4社ある認識です。京都では「けんくんさん」と呼ばれるが「たけいさおじんじゃ」と読む。

詳細は次のNOTE参照。(2025年1月公開予定)


丹波柏原開拓した名主「 #織田神社 」織田家が開拓:柏原八幡宮周辺

柏原八幡宮と木の根橋近くにある織田家を祀る神社だが、参拝する人は少なそう。三代目藩主・信勝を祀る「織田神社」と織田信長を祀る「建勲神社」があるのは織田家が藩主で栄えさせた場所だからのよう。
柏原の織田家所縁の場所はこちらをどうぞ!

詳細は次のNOTE参照。

石清水八幡宮別宮!織田家「 #柏原八幡宮 」廃仏毀釈逃れた神仏習合の場所:兵庫県丹波市柏原町柏原3625

2023年本殿修復完了した石清水八幡宮を勧請した神社は「かいばら」と読みます。古代の厄除けを受け継ぎ続ける神社は、廃仏毀釈で「寺じゃない文庫です!」と言い張り、神仏習合を今に残す神社である。
 舒明天皇の時代に出雲連が入船山に素戔鳴尊(スサノオノミコト)をお祀したのがはじまり。島根・出雲大社(厳密には杵築大社(私のNOTE))から京都・出雲大神宮(私のNOTE)の出雲ライン(造語)のように思う。北側が出雲系、南側は物部系だと思っている。なので、丹波市と丹波篠山市は合併はない!?
 後一条天皇の勅意により国家鎮護の社として京都・石清水八幡宮(私のNOTE)より分霊を勧請し、今の祭神になり、丹波国「柏原別宮」として創建したそうな。

  • 600年代前半、出雲連が、柏原八幡宮が鎮座する入船山に、オオクニヌシではなくスサノオを祀ったのが始まり(ということだが、牛頭天王を祀ったのがそもそもの始まりとも。。では八坂神社or廣峯神社(私のNOTE)のいずれから勧請したのか??場所的に興味があるところ。)

  • 1024年、入船山周辺の3箇所から霊泉の湧出し、後一条天皇の勅意により国家鎮護の社として京都・石清水八幡宮より分霊し、丹波国「柏原別宮」として創建

  • 境内には三重塔と釣鐘が現存し、神仏習合が残る

  • 毎年2月17、18日に「三丹(丹波、但馬、丹後)一の祭」として北近畿屈指の参拝者で賑わう厄除大祭「丹波柏原の厄神さん」の舞台

  • 17日深夜に執り行われる「青山祭壇の儀」は日本最古の厄除神事

  • 1468年、三重塔を建立

  • 1579年、織田信長の命を受けて明智光秀によって社殿や三重塔が焼失

  • 1585年、豊臣秀吉によって現在の社殿を再建

  • 1813年から1815年、三重塔を建立

  • 1868年、神仏分離により神宮寺「乗宝寺」が独立

  • 仏像や経典等を全て乗宝寺に移して文化財の難を逃れた

  • 廃仏毀釈により神社には不要な「三重塔」と「鐘楼」が問題となるが、「八幡文庫」として、鐘楼は「時の鐘」として破却を免れる

詳細は次のNOTE参照。(2025年1月公開予定)

#武内神社 :兵庫県丹波市柏原町見長71−1

 ※妻より丹波篠山城周辺をテクテクしたいとのことなので次回

#苅野神社 :兵庫県丹波市柏原町上小倉270−1

 ※妻より丹波篠山城周辺をテクテクしたいとのことなので次回

#池尻神社 :兵庫県丹波篠山市町ノ田62

 ※妻より丹波篠山城周辺をテクテクしたいとのことなので次回

#丹波篠山城へ車窓

#丹波篠山城#篠山よさこいまつり

篠山よさこいまつり (amebaownd.com)

#丹波篠山城周辺#大正ロマン館

暑いので、丹波篠山市公式観光サイト『ぐるり!丹波篠山』 (sasayama.jp)で休憩

 明日の朝用に買う。

#篠山城

篠山城 | 観光スポット | 【公式】兵庫県観光サイト HYOGO!ナビ | 知っておきたい観光情報が盛りだくさん! (hyogo-tourism.jp)

#篠山城 「青山神社」

  • 1882年、本丸跡に建立

  • 篠山藩主・青山氏の遠祖・青山忠俊と第12代藩主青山忠裕が祭神

  • 青山氏は譜代大名で幕府の要職を歴任した家柄

  • 毎年4月第1土曜日に「宵宮」と日曜日に「本宮」に青山神社の祭礼が行われる

  • 本宮では、春日神社へ渡御の行列があり、御輿とともに鎧や薙刀を身に着けた小学生たちが練り歩く

#丹波篠山城#篠山よさこいまつり 」から稲荷社方面へ!

#丹波篠山城周辺風景 「国重要的構造物群保存地区」ブラリ

 後述する稲荷社のお祭りです。

#丹波篠山城周辺#観音寺


詳細は次のNOTE参照。

#丹波篠山城周辺風景 「国重要的構造物群保存地区」ブラリ

#丹波篠山城周辺 「王地山 #まけきらい稲荷 / #本経寺

  • 妙長山本経寺は日蓮宗に所属し、総本山は身延山久遠寺

  • 本尊は宗祖日蓮聖人奠定の大曼陀羅御木像

  • 1601年、松平安房守信吉が徳川家康姉であり実母の菩提寺

  • 元々は茨城県土浦の地に建立

  • 1619年、松平安房守信吉、丹波篠山城主となり移築建立した

  • 京都大本山・妙顕寺の末寺となる

  • 城中で祀られていた「稲荷大明神」の「吒枳尼天像」も移築で、丹波篠山に移す

  • 王地山の地に奥の院として観請した


詳細は次のNOTE参照。

#丹波篠山城周辺#来迎寺 / #尊寶寺

稲荷社から春日神社へ!途中に寺町風味になっていた。



#丹波篠山城周辺ランチ#オフザレコード

猪肉お供に散策を ホットドッグを開発 地元食材ふんだんに - 丹波新聞 (tanba.jp)
オフザレコード (OFF the record) - 篠山口/ハンバーガー | 食べログ (tabelog.com)

#丹波篠山城周辺 「#春日神社/ #毘沙門天 / #篠山恵比須神社 ( #篠山えびす )」

  • 丹波篠山春日神社は、丹波篠山の中心市街地に鎮座

  • 奈良の春日大社より御分霊を今の篠山城址に歓請

  • 篠山城築城のため、現在のこの地に遷座

  • 古来より地元の信仰が篤く、毎年元旦0時20分より能舞台で「翁能」が行われる

  • 箱根より西では唯一といわれる能舞台@重文や「黒神馬」の絵馬殿がある

  • 10月の秋季大祭では4社の金神輿、九基の鉾山、八台の太鼓御輿が街中に繰り出す

  • 1861年、能楽愛好者として知られている篠山城主が奉納

  • 藩主の意向によって能舞台として至れり尽くせりの設備を整えられる

  • 床板を踏む音をよく反響させるために床下に埋めた大甕(おおがめ)の伏せ方の完全で、全国の能舞台屈指のものと斯界権威から折紙がついている

  • 毎年、元旦は0時20分に「翁」の元朝能が行われる

  • 春は春日能が奉納される


  • 健甕槌命(タケミカヅチノミコト)

  • 経津主命(フツヌシノミコト):天照大神の命をうけ、出雲国大国主命に国土献上を伝えられた神々

  • 天児屋命(アメノコヤネノミコト)

  • 姫 大 神(ヒメノオオカミ):公式HPではアマテラスになっている・・・。

詳細は次のNOTE参照。

#丹波篠山から京都への車窓

#加茂神社 :兵庫県丹波篠山市西木之部87

 ※妻より丹波篠山城周辺をテクテクしたいとのことなので次回

#浄照山西光寺 :兵庫県丹波篠山市西木之部

 ※妻より丹波篠山城周辺をテクテクしたいとのことなので次回

#弓月神社 :兵庫県丹波篠山市八上上197

 ※妻より丹波篠山城周辺をテクテクしたいとのことなので次回

#波々伯部神社 :兵庫県丹波篠山市 波々伯部3−2

 ※妻より丹波篠山城周辺をテクテクしたいとのことなので次回

#松森神社 :兵庫県丹波篠山市西野々541

 ※妻より丹波篠山城周辺をテクテクしたいとのことなので次回

#藪田神社 :京都府南丹市 園部町南大谷畑川22

 ※妻より丹波篠山城周辺をテクテクしたいとのことなので次回

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