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漢字の使い分け(鬚・髯・髭)

2007.09.05

「ひげ」には「髭」「鬚」「髯」と三種類の漢字がありますね。

それぞれ
髭→口ひげ
鬚→顎ひげ
髯→頬ひげ
と使い分けます。

「総称として『髭』を使うことが多い」
と明鏡先生もおっしゃっていますので文脈によって鉛筆を出しましょう。

僕が以前悩んだのは
「青髭ジル・ド・レ」
というものでした。
「髭」という字が適当か瞬時に判断できなかったんです。

ペローの原題は『La Barbe Bleue』です。
ロワイヤル仏和中辞典[第2版](旺文社)には、
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barbe/barb/n.f.[1](顎と頬の)ひげ,顎ひげ
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とありました。
顎ひげならば「髭→鬚 or ひげ」と鉛筆を出したいところです。

ところが広辞苑では、
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あお‐ひげ【青髯】
 3.ペロー作の童話中の人物。6人も妻を殺す青髯の男。
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と立項していました。

髯(頬ひげ)ならば「whiskers」となるはず。
髯たる根拠はいかに?

NDL-OPAC(国会図書館の書籍データベース)で
「あおひげ」を検索してみると、
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青ひげ / カート・ヴォネガット[他]. -- 早川書房, 1989.2.
青髯ジル・ド・レー / レナード・ウルフ[他]. -- 中央公論社, 1984.1
青鬚の七人の妻 / アナトール・フランス[他]. -- 角川書店, 1953.
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「ひげ」「髯」「鬚」でゆれていました。
圧倒的に多いのは「ひげ」でした。
各版元さんの校閲を通れなかったのは「髭」のようです。

さて、どうしよう。

結局僕は、
「髭→ひげ」
とヒラク指摘を鉛筆出ししました。

根拠となったのは
日本大百科全書(小学館)の「ひげ」の項目です。

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英語では元来、包括して一語で表す「ひげ」の語はなく、
口ひげ(髭)moustache、
あごひげ(鬚)beard、
ほおひげ(髯)whiskersの
3種にそれぞれ区分されている。
しかし、これらが続いている場合、
bearded(ひげのある)で表されることがあるのは、
たぶん、あごひげを「ひげ」の代表とする意識があることの証拠でもあろう。

(原文改行なし)
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フランセの論考なのに「英語では」とある部分は目をつぶるとして、
beard(barbe)は一般的な「ひげ」をさす言葉として使われている
と読みました。

「あおひげ」の画像を調べると
「ひげもじゃ」の大男が女性に迫っている
というものが複数ヒットします。

はえているのは「口ひげ」「顎ひげ」「頬ひげ」全部です。
つまり「bearded」なわけです。

でも、これをbeard(barbe)と直訳して「鬚(顎ひげ)」
と鉛筆出しするのは強い気がします。

beardedとして(つまり総称として)ならば「髭」が適当なのですが、
日本と西洋で「ひげ」をさすイメージがずれているような気がします。
日本語の「bearded」のイメージとしては
「髯(頬ひげ)」が近いと思いますし、
文献、辞書などにも立項がありますから、
これで鉛筆出しをすれば採用される自信はあります。

しかし、「bearded」から「髯」と訳せても
「髯」という字から「bearded」をイメージすることは難しい気がします。
(「髯」という字が本文に入っていれば、
日本語として「頬ひげ」のイメージが強い気がするので)

僕は翻訳に関してはアマチュアですが、
校閲の矜持としてこれは避けたい。

よってゲラには、
「髭→ひげ」
と出したわけです。

これだけだと編集さんや著者先生にヒラク根拠が伝わらないので、
「慣用表記、ペロー童話集:完訳(岩波書店)など」
と書き添えました。
(指摘の書き添えは短くするのがマナーです)

再校が来たとき採用されていて、よろこんだおぼえがあります。

今日も力をあわせて誤植をなくしましょう!!


注!
これらは実際にゲラにあった誤植や僕が出した指摘を基にしています。
が、あくまで一般的な日本語の話であり、
ゲラ(著者先生の作り出した世界観など)によっては、
僭越な指摘になってしまう可能性がありますので、
参考程度に留め、指摘を出す際はお手元のゲラの文脈からご判断下さい。

初出
http://blog.ouraidou.net/?day=20070905

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※過去の自分の(特に校閲に関する)文章を再掲しています。
僕がこれまでサボってきた「文章を書くということ」を意識しなければならないと思い、また、習慣化していこうと思い、ノートという場を使っていこうとしています。思考の整理術として。



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