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そこにイタセンパラがいるだけで

イタセンパラという魚をご存じだろうか?
 
ザ・魚というフォルムで、灰色っぽい色をしている淡水魚。一見どこにでもいそうな、何の変哲もない魚っぽいけれど、実はライチョウよりも希少な絶滅危惧種。生息エリアは3つしかないらしい。
 
氷見市はなんと、イタセンパラの生息地の一つ。その氷見市の山間に、イタセンパラの研究・保護・普及活動を行うひみラボという小さな水族館がある。富山大学と氷見市の共同研究施設で、無料でイタセンパラを中心とした氷見の川に生息するお魚たちを見ることができる。
 
こんなにイタセンパラ推しの水族館であるというのに、肝心のイタセンパラがシンプルかつこれといった特徴もないため、遊びに来たちびっ子たちにイタセンパラの記憶が残ることは稀であろう。
五歳の息子も、イタセンパラよりもザリガニ釣りや遊戯場のトランポリンに夢中だった。それでも、この真夏の外遊びが厳しい中で、子どもが無料で遊べる居場所はとても有難い。イタセンパラさん、氷見に生息してくれてありがとう。ここにイタセンパラがいるだけで、行き場のない親子にひと夏の思い出ができた。
 
同じ日に、氷見市芸術文化館で開催中の「岩合光昭 大森暁夫 野生の息吹」という展示を見に行った。
世界ネコ歩きで有名な岩合さんと、実物大ほどの象の眉間から一角獣のようなツノが生えている作品が印象的な大森さん。
動物という共通項がありながらも、一瞬を切り取る写真と、何十時間もかけて制作する木彫という異なる表現手段のお二人。ちょうどギャラリートークが終わった直後だったということもあり、なかなかの賑わいだった。
 
大森さんの作品の中でとても気になったのは、机の下に泳ぐアロワナの作品。
ああ、この感覚、わかるわかる。子どものころから、机の下が海や川になっていたらどうしようという妄想ばかりしていた私。大人になっても、実はこの引き出しが異世界に繋がっているんじゃないかとか、この窓の外は実は海の底なんじゃないかとか、そういう事ばかり考えている。
 
アロワナは東南アジアの淡水魚。
水族館や図鑑でみることはあっても、実際にアロワナの生息地で実物を見る人はなかなかいない。
だけど、アロワナは確かに生きている。このテーブルの下と地続きの、同じ地球のどこかに。その事実をリアルに感じる事ができる人生にしていきたいと思う。パンダがいない地球なんてつまらないのと一緒で、アロワナが居ない地球も(机の下も)、イタセンパラの居ない氷見の川もつまらない。
 
アロワナが泳いでいる川の近くに住むちびっ子たちは、アロワナがいることできっと楽しいだろう。消えてしまっては何にもならないのだから、色々な生き物が居てほしいな。 イタセンパラが居なくなってしまったら、ひみラボもなくなってしまうのだろうか。そんなのはやっぱりつまらない。

何かが確かにそこに生きているというだけで、作家は作品を制作し、研究者は研究をする。そのどちらでもない私たちは、こぞってそれらを眺め、感嘆の声をあげ、研究の成果の上澄みを享受する。
 
風が吹けば桶屋が儲かり、ちょうちょの羽ばたきは地球の果てまで届く。アロワナやイタセンパラのように良い風を吹かせていきたい。私の居ない地球なんて、やっぱりつまらないと思うから。
 
 
 

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