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至高体験と高原体験

アブラハム・マズローはヒトの成長において、いくつかの欲求段階をクリアし、アイデンティティを確立した自己実現者が、最高段階としての超越者に達するためには、「至高体験=ピーク・エクスペリエンス 」が不可欠であると考えました。
ピーク・エクスペリエンスとは超時空間的、超自我的な心理体験で、マズローはこれを「稀で、刺激的で、大洋のようで、深く感動的で、爽快で、高揚感のある体験であって、現実を知覚するための高度な様式を生み出し、実験者に与える影響は神秘的で魔法のようなもの」であると説明しています。
そして人生最高の瞬間として、魂の深部にまで響き渡るその経験は、その人の生き方を大きく変えるほどの影響力があるとしています。

ピーク・エクスペリエンスは多くの場合、予期せぬ出来事として体験されます。
自然の中で美しいものを目にした瞬間や、全く新しい現象や概念と出会った時、科学的な理論のひらめきを得た時、楽器の演奏やドライビング、クルージングをしている最中など様々なことがきっかけとなり、意図せぬ時に突然訪れます。
ただ予測は不能ながらも、創造的な能力を存分に発揮している時や、身体的パフォーマンスの極致に達した時など、日常性から離れた意識状態を過ごしているところで体験しやすいということは言えます。

アポロ14号で月に降り立った宇宙飛行士のエドガー・ミッチェルは、月探検の任務を無事に果し、帰還する宇宙船の窓の中から美しい地球の姿を見た瞬間に、その感覚を得たといいます。
それまで熱心なクリスチャンとして、宗教的真理と科学的価値観との間に横たわる対立に悩んでいた彼は、その二つが決して矛盾するものではなく、宇宙の完璧な全体性の中に位置する相補的な要素であることを、その瞬間悟りました。
自分の存在の基底が揺すぶられるような歓喜が打ち寄せ、神との深い一体感を味わった彼は、次の瞬間、目の前にある小さな星の上で、欲望や憎しみに囚われ暴走する人類の浅ましいあり方に、深い絶望を抱きました。
地球に帰還した彼は、あらゆる宗教や思想に偏見なく接するようになり、宇宙で体験した“ユニバーサル”な真理の伝道者として生涯を過ごしました。

アジア人として初のノーベル賞受賞者となったインドの詩人ラビンドラナート・タゴールの人生は、ある日の朝陽によって決定的に転換しました。
21歳の時、カルカッタにあるお兄さんの家のバルコニーに立っていたタゴールは、樹々の葉の茂った梢枝を抜けて登っていく太陽を見ているうちに、突然美と歓喜の波が四方から高まってくるのを感じました。
それまで心に鬱積していた悲哀と意気消沈の壁を、不思議な光輝が打ち破り、通行人の顔や歩く姿がすべて異常なまでに素晴らしく見え、宇宙の海の波の上をみんなが流れ過ぎていくように思えたそうです。
自分自身の意識全体で世界を捉え、世界の内奥の実在の輝きを体験した彼は、それからまる4日間「自己忘却の至福の状態」にあり、その時に得た直感を詩の言葉として浄化し結晶化させることを自己の人生の課題としました。

ピーク・エクスペリエンスにより、それまで自分の目を覆っていたヴェールが取り払われると、自己と他己、自我と非自我、主観と客観、偶然と必然、過去と未来など、2つに分かれて感じられていた対立的な構造が消失し、自分自身、そして世界はひとつに融合します。
世界は価値あるものとして目の前に現れ、自分自身もまた世界の中で意味を持つかけがえのない存在となります。
たとえその後の人生において逆境にあったとしても、至高経験が心の支えとなり、試練を乗り越えるための希望を持ち続けることができます。
意識内の分裂状態が統合されることで、精神の健全性を容易に保つことができるようになるのです。

ピーク・エクスペリエンスは通常、人生で一度あるいは数度限りの単発イベントとして経験されますが、もっと持続的で穏やかに、高い意識状態を経験している人々のグループもあり、マズローはこれを「プラトー・エクスペリエンス=高原体験」と呼びました。
至高体験が予期せぬ花火のような感情を突き動かす出来事であるのに対して、高原体験は自発的に行うハイキングのように、コントロール可能な精神のあり方です。
そこには劇的な感情ではなく静けさがあり、聖なるものと日常的なものを同時に認識しながら、意識の内側から溢れ出てくる瞬間瞬間の幸福感を継続的に楽しむことができます。
素晴らしい高原の風景に溶け込んでいくような「高原感覚」こそ、ヒトの意識が最終的に辿り着くべき場所なのかも知れません。

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