見出し画像

妻へ(2023.11.16)

妻へ。

これをあなたが読んでいるということは、私が死ぬか、何らかの不手際があって、私のこのnoteがあなたの目に触れてしまったということでしょう。それはすなわち別の意味での私の「死」を意味するので、どちらにせよ私は死んだようなものでしょう。

ありがとうございました。私はあなたに出会ってようやく人間になったようなものでした。あなたと出会うまで、私は「どちらかといえば人間ぽい」くらいの生き物で、それをあなたが仏様のような慈悲の心で拾ってくれたから、私は今、いっぱしに家庭を持つことが出来ているのです。


最初、あなたは私の元へアルバイトの看護師としてやってきました。東日本大震災の直後で、私はなんだか気持ちがすごく荒んでいました。あなたはアニメ声でフワフワしていて、独特に面白く、しかし看護師としてはきわめて優秀だったので、私は一発で好きになりました。

3か月程であなたはアルバイトを辞めて他所で正社員として働くと言いました。私はそれきり会えなくなってしまうのがものすごくもったいないと思いました。それは絶対に避けるべきだと思ったので、あなたがアルバイトを辞めたタイミングで私はあなたを食事(というか飲み)に誘いました。

私が電話したのは、あなたがお父さんから引き継いだ空き家の庭の草むしりを汗だくでやっていた最中でした。あなたは私の急な誘いに、何事かと思ったようでしたが、「他に誰か来るだろう」と勝手に勘違いしてくれて、のこのこ私のところへやってきたのです。

初めての二人きりでの時間はそれはそれは楽しいものでした。「こんなに一緒にいて楽しい人が世の中にいるのか」と私は思いました。今思えば合わせてくれていたのかもしれませんが、何を言っても笑っているあなたを私はますます好きになりました。

それから私たちは3年間付き合い、なんやかんやあって、結婚することになりました。本当は九重の山の向こう、法華院という場所(父や家族との思いでの場所です)でプロポーズをする予定だったのですが、言えず、全く何の脈絡もない普通の「梅の花」でしょうもないプロポーズをしました。なので、それから私は今までずっとあなたからその事を揶揄されています。あと、法華院でプロポーズしようとしていた事も実はばればれだったというのは恥ずかしい限りです。

結婚してから一年間は二人きりで、仕事もヒマだったので、人生で最も平和で楽しい一年間でした。あまりに楽だったので、「これは私の人生におけるボーナスステージだ」と、私は雲の上でガンガンコインを取っているマリオを想像しながら思っていました。そしていずれ来るであろう苦境を予想していました。

そして案の定それはやってきました。一人目の子供が出来てからというもの、あなたは人が180度変わってしまい、時々鬼のような形相を見せるようになりました。私を口汚く罵るようになりました。何故あなたがそのように変わってしまったのか、色々と調べ、あなた自身にもどうしたら良いのか私は何度も尋ねました。そして私は少しずつ考え方と行動を改め、家庭を第一に行動するように努めました。

しかし私は元来一人の時間がどうしても必要なものですから、常に一緒にいるよう求めるあなたとは何度も齟齬が生じ、衝突が起こりました。

苦肉の策で、あなたのストレスの緩和を図るために犬を飼う事にしました。ペットショップで売れ残っている黒い毛の塊みたいな子犬(というには育ちすぎていたけど)の事を見るあなたは、子供が産まれる前の穏やかな目をしていたから。

あなたは家庭に幸せが来てくれるよう願い、子犬に「幸子」と名付けました。私に対しては明らかな嫌悪感を見せるけれど、結局あなたは家庭の事を思ってくれているのだと私はその時少し安心したのを覚えています。そして幸子のおかげもあってか、家庭の中に吹きすさぶ嵐が多少穏やかになりました。

二人目の子供はなかなかできませんでした。しかし地元で有名な産婦人科の指導のもと、なんとか二人目を授かる事が出来ました。その前後で今住んでいる場所に家を買い、引っ越しました。そしてなぜかあっさり三人目の子供をあなたは身籠りました。

三人目がいよいよ産まれるという夜、12時を回ってあなたは「陣痛かな?いや違うかな?」とか言って家の中をうろうろしていました。私は「いや、陣痛だろ」と言いましたが、あなたはなかなか認めません。うろうろ歩いたり、ソファで寝そべってみたり2時間くらい繰り返していました。

そしてようやく「陣痛だわ」と観念したかと思うと、さっさと荷物をまとめて病院に連絡し、夜中の2時に自分で車を運転して病院へ行ってしまいました。私がさんざん送ろうかとか、タクシーで行けばとか言うのに一切耳を貸そうともせず。

長男と長女がきわめて難産であったため、今回も長くかかるだろうなという私の予想に反して、助産師さんの助けもほとんど借りずにあなたは朝6時に三人目を出産しました。私はそれを起きてからのLINEで知りました。

三人目は予定より一か月も早くお腹から出てきたため、しばらくの間保育器でたくさんの管につながれていました。そしてようやく抱っこできるよという時、たまたまタイミング良く私が来院していたため、一番に抱っこするという幸運に授かりました。そのせいか、三人目はなぜだかあなたよりも私にとても懐いています。

三人目が産まれてからというもの、家の中はますますわちゃわちゃしており、当初予定していた「ていねいな暮らし」や「おしゃれな暮らし」は北極星のはるか向こうまで吹っ飛んで、今ここにあるのはリアルな家庭のみです。家の中は大量のおもちゃやがらくたで散らかり、子供部屋の予定で作った部屋は引っ越しして4年が経った今もほぼ物置みたいになっています。

相変わらず私には自由がなくて、大好きな飲み会に出かけることもできませんが、私はこれで良かったのだと最近思うのです。私は自由が大好きです。自由を求めてずっと生きてきたのです。だから今の不自由な状態から抜け出すために色々と思いを巡らし、試行錯誤しています。つまり努力する事が出来るのです。

あのままあなたに甘やかされていたら私はずっと同じようにあてもなく酒を飲み、なんとなく日々を過ごしていたかもしれません。だから感謝しています。

時折あなたは以前のように優しく柔らかな表情を見せます。そして全然知らない誰かの苦悩やささやかな幸せを想って温かい涙を流しています。今あなたはとてもとげとげしく、苛立って見えますが、いつか以前のように穏やかに毎日を過ごせるようになると信じています。

まぁこれが目に触れた時点で、それが実際的であるか社会的であるかを問わず私は死んでいますが、願わくば、50年先も二人で温泉にでも行けたら良いと思います。これからもどうぞよろしくお願いします。





色んな方が参加されているのを見て、どの記事もとても素晴らしく、私もやってみたいと思ったので今回のこのおだんご様の企画「#贈りnote」に参加しました。


いざ書いてみたら何やら溢れでるものがあり、めちゃくちゃ長くなってしまいました。おかげさまで考えがまとまった感があります。

ありがとうございました!!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?