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【寝かしつけ】古いかぼちゃ(2024.05.02)

明日からまた休みなので多少寝るのが遅くてもかまわないだろうと思っていたら、明日ははよから妻の実家に行くと言うので、普通に早く眠らなければならなかった。子供らを連れてお布団へ行く私。長女は一足先に眠っている。

最近は「怖い話をするよ!」と言っても怖がらなくなった長男。むしろ楽しみにしているふしがある。せっかくなのでとっかかりとして、何かひとつワードを言ってもらって、それで怖い話をすることにした。

最初は「りんご」と言った長男。「りんご」で怖い話をしようとするが、「ちょっと待って。やっぱりかぼちゃ」と言うので、「かぼちゃ」で怖い話をした。どっちでも良いと思うけど、何か違うんだろうなぁ。

古いかぼちゃ

部屋にかぼちゃが一つ置かれている。
そのかぼちゃがいつからそこにあるのか、誰がそこに置いたのか分からない。

だけど、そのかぼちゃはずっと前からそこにあって、不思議なことに全く状態が変わらない。腐らないし、形を変えない。

部屋はずっと薄暗い。窓際のテーブルに置かれたかぼちゃには一日に13分だけ日が差す。季節によってその時間は伸び縮みするはずだが、しない。
一年を通して、一日にきっかり13分だけ日が差す。

週に二度ほどその部屋を訪れる男がいる。
いや、男なのか分からない。女なのかもしれない。
血色が悪くて、髪の毛がやけに細い。歩くとふわふわと髪の毛が上下する。
空気が動かない部屋で、その生気の薄い人間は音を立てずにドアを開き、足音もなく部屋に入ってくる。

それから窓際に少しの間立っている。何もしない。しばらく経つと部屋を出て行く。また音もなくドアが開いて、閉まる。

そんな事がもう気が遠くなるくらい長い間繰り返されている。

かぼちゃはその間一切なにも変わらずに、一日に13分だけ、か細い光を浴びて、薄い影をテーブルに落とす。そのくり返し。

でもある日、あの生気の薄い人間は、はじめて顔に表情を湛えて部屋に入ってきた。うっすら、少しだけ笑っているように見える。心なしか、血色も良い。いつもより足取りが軽くて、颯爽と歩いている。

そうして男は(少し男寄りに見えた)かぼちゃの前に立った。
物言わぬかぼちゃ。だけどかぼちゃの表皮に漂う空気がいつもと違っている。

男(もう間違いなく男に見える)はかぼちゃを力強く両手で握ると、しっかりとした動作で頭の上に持ち上げて、そして床に叩きつけた。

かぼちゃは暗い床の上で、木っ端みじんになってしまった。
赤い果肉、小さくて黒い種。

男は合点がいったようだった。そして明白に笑った。
ドアを開いて部屋を出て行った。ばたんと音を立てて。

そしてその日もきっちり13分だけ部屋の同じ場所に日が差したが、そこにはもう何もなかった。

それから二度と部屋を訪れる者はなかった。

.

話し終わると、すでに長男と次男は眠っていた。スヤスヤと脱力していた。沈黙がぬるっと滑り込んできて、それが心地よく感じた。

それから妻の新しい仕事での困った話をたくさん聞いて、寝た。


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