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疑似人物図鑑「カレーと犯罪」(2024.05.08)

夕方の別府。別大国道から続く10号線は高速道路ばりに車を走らせる車ばかりで、その道沿いの空気は濁っている。

その道路に面してインド料理屋があって、そのインド料理屋の駐車場に慌ただしく停まった古いプリウスから、若い、インド人かスリランカ人の3人の男性(いずれもイケメン)が出てきた。

二人が早足にインド料理屋の方へ行こうとするが、一人がプリウスの方へ戻ろうとして、その手を別の一人が引き戻す。皆笑っている。車に戻ろうとした一人は、少しひきつったように、しかし笑っている。

3人は同じ時期にインド(またはそのへんの国)から日本へ来た。日本に呼ぶ知人があったのと、インドにいずらくなった事情があった。

ほとんど身ひとつでやってきた3人。日本に呼んでくれた知人だけが頼りだった。3人はあてがわれた6畳一間のアパートに暮らし、紹介され日雇い仕事で、なんとかその日暮らしをしていた。

そうした暮らしが一年続いた。唯一の知人であるインド人は何の脈絡もない仕事を途切れることなく紹介してくれるが、そのインド人の素性は付き合いが長くなるほどに分からなくなっていった。その人がインド人であるかどうかも怪しくなってきた。ほとんど喋らない上に、たまに話す母国語が片言のようだったからだ。

そんな中、通うようになったインド料理屋があって、男はそこでアルバイトをしている日本人女子大生に好意を抱くようになった。

しかし毎日よく分からない仕事をして、家に帰れば6畳一間の風呂なしアパートに雑魚寝しているわが身。おいそれと声をかける事もできない。

悶々とする日々。何のために母国を出てはるばるこんな町で暮らしているのか分からない。が、毎日めまぐるしく与えられる仕事に忙殺されて、考える暇もろくにない。



ある日、いつものインド料理屋で3人で安い酒を飲みながらえんえんとろくでもない話をしていた時、例の知人がフラリと店にやってきて、3人が座るテーブルに合流した。だいぶ酒が入っているみたいで、よく喋る。しかし母国語はやはり片言に近かった。

だいぶ夜が深くなって、店の中に他の客がいなくなった頃、知人は声を潜めて、「大きな仕事がある」と言う。内容は、それまでやってきた仕事とは全く毛色の違うもので、知人は「この仕事のためにおまえたちを呼んだんだ」と言った。

ある日の早朝、3人は埠頭の倉庫脇に停まるワンボックスに乗り込んだ。見たことのない男が運転手だった。そして目隠しをするよう指示され、車はゆっくりと走り出したが、どこかに向かっているというより、同じところをぐるぐる回っているように感じた。

しかし車はやがて目的地であるマンションに着いた。運転手の指示通りに3人は目だし帽を被り、最上階の1室に押し入った。そして大きなソファで眠っている巨漢の男を拉致した。

セキュリティーはあらかじめ解除されているようだった。男も深く眠らされていた。明らかに先に誰かが入って、おおかたの仕事を終えていた。わけが分からなかった。

巨漢の男をワンボックスに運び終えると、再び目隠しをさせられた。そして気が付くとまた埠頭の倉庫脇にいた。そこで運転手は巨漢の男を横づけされたプリウスに積み替えるように言った。3人は言われるままに巨漢の男をプリウスのトランクに無理やり詰め込んだ。男は眠っているのか、全く動かなかった。

それから、運転手は黒いリュックサックを3人に渡した。そしてワンボックスに乗り込むと走り去っていった。その去り際に運転手は少し笑ったみたいに見えた。

リュックサックの中には見たことのないようなたくさんの紙幣が乱雑に詰め込んであった。多分何かしら筋の悪いお金だろうと思った。が、お金はお金だ。3人は大いに喜んだ。トランクの中の男をどうするかという問題があるものの、それが終わったらあのインド料理屋でパーティーをしようと思った。これだけの大金があれば、あのわけの分からない日雇いの仕事からも足を洗うことができるだろうし、あの日本人女子大生と友達になる事もできるかもしれない。

3人はトランクの男をどうしたらよいか指示を仰ぐべく、例の知人に電話をするが連絡がつかない。そうして右往左往するうちに日が暮れた。しかしとりあえずパーティーだ!男の事は明日にでもなんとかしよう。手元には大金があるんだ。今夜は食べたいものを食べて、飲みたいものを飲むんだ。あの子にだって声をかけてみよう。おれはなんたって大金を持っているんだ。お金持ちなんだ。なんだって買えるんだ!

そうして夕方、3人はあのインド料理屋に着いた。急ぎ足で店を目指す3人。しかしふと気にかかって男はプリウスに戻ろうとする。しかし別の2人はそんな男の手を引いて、「そんなのいいから早く行こうぜ」と言う。

男も「そうだな。とりあえず今夜は楽しもう」と思う。

朝からどんより空を覆っていた雲は、その一部に丸く穴が開いて、そこから深く青い空が覗いていた。海から湿気をたくさん含んだ冷たい風が吹き上げてきた。なんだか全ての事がうまくいきそうな気がした。


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