🔴小説人形論『春秋山荘遺文』　　　　　　中川多理の創作十年　第一章『化鳥拾遺』②

風も吹いていないのに、カサカサと薄葉紙が揺らいだ。人形が荷を解かれたがっている。作業を再開…と、みなが手を動かしはじめた。 ところで、タイトルは作家が決めた。少し異論を唱えてみたが揺るがなかった。『化鳥』は澁澤龍彦のエッセイにある、泉鏡花の小説もある…「どちらかといえば、澁澤龍彦。でも中身は…そうでもない」澁澤龍彦で育った澁澤第一世代でもあるが、Kはいまは澁澤、第一とは思っていない。文字に書かれた少女の扱いと、澁澤の現実と乖離は、大きい。この山荘で作家が『化鳥』を感じた、そこからはじまっている。そう思いたい。 薄葉の中から鳥の頭蓋が見えてきた。鳥？いや人形…。鳥で人形。オブジェではなく——。鳥の骨…鳥の姿、しかしながら人形——。まだまだ言葉で説明できない。永遠に説明できないかもしれない。人形作家Ｎは、私は美術家にならない、人形作家でいく。そう決意している。もちろんファッションドールに片寄ったりもしない。オブジェでも彫刻でもなく…人形…。柔らかいボディに骨の頭蓋がバランス良く……のっているというのか付いているというのか…。タイトルリストを見ると『老天使』とある。コーリッジ？マルケス？と聞くと。マルケスと返ってくる。『エレンディラ』のどのあたりと無粋なことを聞くと、『族長の秋』と返ってくる。「文学を翻訳しているわけでも場面を写している訳でもないので説明は難しいかな…。」製作中は言葉は動かないし動かさない。別の機能が全開になっている。「もう少ししたら、話せるようになるかも…。でもだめかも…」 「あ、良いよ。話さなくて…。」スランプになるまで客観化したり言語化したりするのはやめよう…どこまでいけるか分からないけど、いけるだけステップラダーを上がっていこうと決めていた。意識化、言語化は重要な作業と言われているが…した瞬間——。そこで進化が止まる…ことが多々あるのをみてきた…。伸び代のある限り、最低限の言葉で…乗り切ろう。KはまだＮの人形を掴み切れていない…いつか近づけることがあるかもしれない…それはまた先の話…それまで自分が生きているやも知れない。それが作家との臨界点にいる、そこを立ち位置にしたKのありようと少し哀しいところ。人形が山荘の所々に仮置かれる。仮は仮でなくなることもあり、開いて置いた最初のところにに展覧会最後までいる人形もいる……これも多々ある。梱包を解く時も、いや解くときが大切な瞬間…そこの場に､人形が逢う場に会う最初の時、人形と場所の風景が形成される。息を詰めるよう見る薄葉紙から姿を現す、気配を見る。 と、山荘の持ち主のOが優しい腕組みをして後ろに立っていた。そもそも、春秋山荘は、琵琶湖湖北、木之本から移築してきた。近くに余呉湖があり鏡のような水面が山に反射すると言われている。蚕を飼うための屋根裏がある。三味線はほぼ全部を外国資材によっているが、糸だけは日本製。木之本で今も生産されている。話を聞かせてくれたのは、創作浄瑠璃をする歌舞伎義太夫三味線方のN。春秋山荘の祓いに幸田露伴『対独露』を義太夫仕立てにしてうたってくれた。三味線の腹には髑髏の文様をつけている。たまたま展示は髑髏展。山本タカト、フジイフランソワ…Kの髑髏の死絵（山本直彰）も出されていたなかに人形作家Ｎもいた。歌舞伎義太夫のＮはいたくＮの人形を気にかけた。和風の…そう皆川博子の筆になる小説の中の少女…手に髑髏をもっている。さておき、Kは春秋山荘と持ち主のOとつきあいも長い。40年ほど前に。Oは電気と水だけで…暖は囲炉裏でとる…という生活をしたくて新婚早々に木之本からこの古民家を移築してきた。しかしながら新妻に拒否されて…そりゃそうだ、かつての山科の三大庄屋の１人の系譜にあるO家。山科駅の側に素敵な家屋と庭と倉がある。そこから山荘までの広大な土地に家作をもっていたとかいないとか。人形つながりでいえば、恋月姫のコンセプトドールのボディはOのコーディネートによる。そもそも京都のマネキン会社の創作室室長だからKとの縁も深い。はなしはいくつもある山科の倉にはフォーコンの写真に写っている蝋の人形が収まっていた。Kはその人形と一夜をともにしたことがある。寝袋で寝ただけだけれど。 「山荘の雰囲気変わったね。建ってから一番いい空気が流れている。この間からでもだいぶ変わった。さすがだねK。いい気をもって来てくれた。」 「ここでできたのかもしれない。今、出入りしている作家たちで…。風景を作れたり…風景を変えたり…そんな作家や作品が多いです。そこに人を招く、誘う。人は惹かれてそこにまた良い気を滞留していく…山の茶の人たちもおおいに貢献しているかと…そしてやっぱり人形でしょう。景色と気配をもっている人形たち、場と交流する力をもっている…場を新たにする。」Oは、変わらぬ姿勢のまま身体の表情を緩めた。同意の意思表示だ。 またカソカソ…紙の音がする…役目を終えた紙が乾いたつぶやき声をあげている。裏庭の竹やぶがそれに応じてサヤサヤと応える。良い風が吹いてきた。部屋の中を抜けていく。