台本公開「マッチ売りのOL」

※下記、脚本をご利用になりたい方はご一報ください。

「マッチ売りのOL」                      
           作者 山本陽将

(登場人物)
         
奈緒子(32)  
道雄(28)   
彩菜(22)   
マッチ売りのOL 

(本文)

M(ロマンティックなクリスマスソング)

OL「昔々あるところに、哀しいOLがいました。名前を奈緒子と言いました。奈緒子はクリスマスの直前、新入社員の女の子に彼氏を寝取られたのです。そして今、イブの夜に日高屋でバクダン炒め定食を頼み、ビールでヤケ酒をしていたのです。奈緒子の哀しいところは、もう彼氏とイチャラブしたクリスマスを過ごす可能性は1%もないというのに、大好きな餃子を頼まなかったところです」

SE 中華屋の音

奈緒子「ワンチャン、諦められないところがあるじゃん。道雄くんが、自意識過剰承認欲求女と別れて、私のところに戻って来る可能性があるかもしれないじゃん。そんときにさ、あたしが餃子を食べてたらどうよ? で、もし仲直りのキス的なことになったら、メンズとしてはガン萎えじゃね? だから、餃子は頼まないで我慢しているわけ。わかる?」

OL「イブの夜。一人で日高屋にいるアラサー女が独り言を言っている時点で、だいぶイタイことは確定なのですが……それ以上にまだ元カレとの復縁を夢見ているというのはどうなのでしょうか?」
奈緒子「ちょっと待った。あたし、独り言じゃなくて、あなたに言ってるんですけど」
OL「え? 私でしょうか?」
奈緒子「他にいる? 日高屋でOLっぽい恰好して座っている女が」
OL「これは驚きました。どうやらこの女性には、私の姿が見えているようです。私は普通の人間には見えない設定なのですが……」
奈緒子「あんたは一人で何してるの、イブの夜に」
OL「私は……マッチを売っていました」
奈緒子「マッチ?」
OL「ええ。私は、マッチ売りのOLですから」

     暗転。
     奈緒子がマッチを擦り、ロウソクに火を付ける。

奈緒子「ついた! で、どうすればいいの? マッチ売りのOLさん」
OL「心の中で強く願ってください。そうすれば、好きな人が今何しているか見ることができます」
奈緒子「OK、祈るだけね。よーし……道雄。大好きな道雄。道雄は今何してるの?」

     道雄と彩菜が現れる。

彩菜   道雄~、目つぶって
道雄   え、何? サプライズ的な?
彩菜   いいから早く
道雄   よし、これでいいか?
彩菜   じゃあ次、口開けて
道雄   く、口? 閉じるんじゃなくて、開けるの?
彩菜   いいから~
道雄   よ、よし。これでどうだ!
彩菜   あーん
道雄   (食べて)うわっ! これ生クリーム!?
彩菜   正解。どうかな? まずい?
道雄   い、いや、マジうまい。うますぎ!
彩菜   へへへ。これね、手作りのクリスマスケーキなんだよ
道雄   え? 手作り?
彩菜   道雄を喜ばせたくて、さ
道雄   ……う、ううっ……(と大げさに泣く)
彩菜   え? どうしたの?
道雄   人の優しさに触れたのが久しぶりで……!
彩菜   そうなの!?
道雄   言っただろ? 彩菜と付き合う前は、奈緒子っていう野獣@リアル吉田沙保里と付き合ってたって。手作りケーキなんて作ってもらったことない。
彩菜   奈緒子って、あの自意識過剰承認欲求の塊で、いつもインスタばっかアップしてる人?

     ろうそくの火を消す奈緒子。

OL「いいところだったのに」
奈緒子「何がいいところよ! あたしのこと言いたい放題じゃない!」
OL「ほとんど事実じゃないですか?」
奈緒子「余計なお世話よ! なにが野獣@リアル吉田沙保里よ! ていうか自分が自意識過剰承認欲求女なのを棚に上げて、あの若い女は何を言ってるわけ?」
OL「まあそれが若いってことなんでしょうから」
奈緒子「あー。腹立つ! 最悪なもの見た」
OL「自分で願ったものですよ」
奈緒子「うるさいわね! あたしが悪かったわよ」
OL「まだマッチ残ってるんじゃないですか? もう一度見てみれば――」
奈緒子「嫌。万が一ベッドシーンなんか見ちゃった日には立ち上がれない」
OL「なら少し設定を変えましょう」
奈緒子「どういうこと?」
OL「現実ではなく、奈緒子さんが心の中で思い描いた、理想のものを見せるようにしますよ」
奈緒子「なんだ。そんなことできるなら早く言ってよ」
OL「……はい。ではマッチを擦ってください」
奈緒子「え? もう出来たの?」
OL「こんなの0・1秒で出来ます」
奈緒子「なんだかなぁ……」

     マッチを擦り、ロウソクに火を付ける奈緒子。
     道雄と彩菜が現れる。
  SE 汽笛の音

道雄   彩菜、ちょっといいかな?
彩菜   どうしたの、深刻な顔して
道雄   実は仕事のことなんだけど……ニューヨークへ転勤になったんだ
彩菜   え!?

     M ピアノ・クリスマスキャロルの頃には(稲垣潤一)

道雄   (たっぷりイントロ聞いてから)ごめんな
彩菜   嘘……嘘でしょ!? 来年のクリスマスも、再来年のクリスマスも、ずっとずっと一緒にいるって言ったじゃない!
道雄   俺だってそうしたかった……! でも無理なんだ!
彩菜   そんな……! 道雄の仕事って、確か畳みの修理屋さんでしょ!?
道雄   俺の畳を求めている人が世界にたくさんいるんだよ
彩菜   嘘……! そんなの認めない! 道雄なんて大嫌い!(と駆け出す)
道雄   (キムタク風に)ちょ、待てよ!(と追いかける)

     ロウソクの火を消すOL。(Mストップ)

奈緒子「あー! いいところだったのに!」
OL「なんなんですか、この茶番は! だいたい突然のニューヨーク転勤、からの、稲垣潤一という選曲含みで、色々世代が出てるんですよ!」
奈緒子「いいシナリオだと思ったんだけどな」
OL「ていうか、元カレさんの設定、畳の修理屋さんってなんですか?」
奈緒子「純日本風で良くない?」
OL「全然リアリティがありませんね
奈緒子「はぁ……でも所詮は妄想だもんな。全然癒されないわ」
OL「仕方ありませんね。じゃあ元カレさん呼んじゃいますか?」
奈緒子「え、ここに?」
OL「そうです。クリスマスイブの日高屋に呼びます」
奈緒子「あ、そうだ、ここ日高屋だった。って、そんなこともできるの?」
OL「0・1秒で出来ます」
奈緒子「もはやなんでもできるのね」
OL「じゃあマッチを擦ってください」

     マッチを擦り、ロウソクに火を付ける。
     道雄が現れる。

奈緒子  あ! ほんと来た!
道雄   え? 何これ? ここどこ? って、奈緒子!? それにこちらの人は――
OL   初めまして。私、マッチ売りのOLです。
道雄   あ……えーと……
奈緒子  ま、まあ友達みたいものかな
道雄   それより奈緒子はこんなとこで何してんだよ
奈緒子  私は友達とご飯してただけ。道雄こそ、クリスマスなんだから、彼女と手作りのクリスマスケーキでも突いてたんじゃないの?
道雄   いや、それは、まあ――
奈緒子  いいんじゃない? お幸せに。
道雄   なんだよ、その言い方。お前はどうなんだよ?
奈緒子  (思いっきり憎らしく)はあ? それ聞く? 彼氏がいたら日高屋にいないから
道雄   そっちじゃねえよ、小説のコンクールだよ
OL   小説のコンクールとは?
奈緒子  あ、いや、小説は……私の趣味。たまに書いて、たまに文学賞に送ったりしてんの
道雄   今回のは自信ある、受賞できるかもしれないって言ってたろ? 年末に、最終の結果が出るって言ったの、俺ずっと覚えてたんだ
OL   なるほど……奈緒子さん、どうだったんですか?
奈緒子  ……最終、残ったよ。
道雄   うおおおっ! マジか!
OL   すごいじゃないですか!? 私、ただの酒好きアラサー女かと思ってました!
奈緒子  あんたは一言多いのよ!
道雄   やっぱ俺の目に狂いはなかったな! 奈緒子の小説、超面白いもん! ほら、あの最新作のタイトルなんだっけ?
奈緒子  「地球の裏側でもあなたを愛している」
OL   重っ! どんだけ重い女なんですか!?
道雄   いやいや! 奈緒子の小説はそれがいいんだよ~。
奈緒子  わ、私の話はいいから! そんなことより、こんなとこにいていいわけ? 彼女、今頃慌ててんじゃないの?
道雄   あ、確かにやべえ! 行かなきゃ!
奈緒子  さっさと行ってちちくりあってきなよ
道雄   奈緒子、お前絶対プロになれよ
奈緒子  うるさい
道雄   テレビ出たらあれは元カノだって自慢するから
奈緒子  いいから早く行きなって
道雄   じゃあなっ

     と立ち去る道雄
     (だがカーテンの中から顔を出して)

道雄   あ、言い忘れてた。
奈緒子  ?
道雄   (素敵な決め顔で)メリークリスマス

   M 戦場のメリークリスマス
     消える道雄。

奈緒子「……」
OL「嵐のような人でしたね」
奈緒子「……」
OL「それにしても意外でした。彼氏も小説のことも。奈緒子さんも来年はOL辞めて、小説家デビューとかしちゃうんですかねー」
奈緒子「そんなに甘くないよ」
OL「え?」
奈緒子「すぐに仕事辞めて、はい今日から作家ですなんて言えるほど甘い世界じゃない」
OL「そうでしたか……」
奈緒子「それに、私、大事なこと言ってない。ほんとは、最終残ったけど、そこまでだったの。受賞はできなかった。だからデビューなんてまだまだ。もう十年も小説書いてるのに……」
OL「……」
奈緒子「(明るく振る舞って涙をこらえ)あいつバカだからさー。付き合っているときからお前は才能あるだとか天才だとかうるさくてさ。自分は漫画しか読まないくせにさー」
OL「……」
奈緒子「それが、あいつのいいところなんだけど……ね……」

     間。

OL「奈緒子さん、マッチ売りの少女って作品知ってますよね? あの物語のエンディング覚えてますか?」
奈緒子「大晦日にマッチが売れず、年が明けた朝、少女が路上で死んでる悲しい話、でしょ?」
OL「ええ。でも少しだけ違います」
奈緒子「どういうこと?」
OL「少女は持っていたマッチを全部擦って、ずっと会いたかった天国の祖母に会ったんです。そして、微笑みながら死んでいたんです。街行く人は、誰もそのことを知らなかったんです。本当は、新しい都年の朝、彼女が誰よりも幸せに満たされていたことを」
奈緒子「……そうなんだ」
OL「ええ。だから、奈緒子さんがクリスマスに日高屋にいる痛いアラサー女子だってことも、ここを一歩出れば誰にもわかりませんから」
奈緒子「(笑って)なにそれ。慰めてるの? けなしてるの?」
OL「両方です」
奈緒子「なんだかなー」

   M ホワイトクリスマス

OL「さて行きましょうか。ここは私が奢りますよ」

奈緒子「ちょ、ちょっと待った! あんたいったい何者なの!?」
OL「決まってるじゃないですか、私は――(と耳打ち)」
奈緒子「(大げさに)えー! 何それ!? リアル!? リアルなやつ!?」

     微笑んで立ち去るOL。
     追いかける奈緒子で。

(了)

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