新年最初の推奨香木は、文政五年に計量し直された伽羅「春雨」


竹皮紙ではなく竹皮に包まれています

香木と言う存在の不可思議さをもたらしている要因の一つに、来歴が判然としないことが挙げられると思います。
例えば歴史的名香の代表格である正倉院の『蘭奢待』は、誰の手によって、いつ倉に納められたのか、存じ上げる範囲では記録に残っていません。
畠山記念館所蔵の『蘭奢待』には藤野専齋が認めた極状が備わっていますが、その内容は「蜂谷家に伝来するものと同木に相違ない」というものです(藤野専齋は志野流香道第十二世家元の後見人)。
つまり、藤野専齋が鑑定を依頼されて極状を認めた年月日は明らかでも、それ以前のことは全く判然としないのです。
仮に、いつ誰の手によって何処の港で買い取られたかが記録されていたとしても、それ以前のこと、例えばいつ誰が何処で発見し採取したかなど、産地における詳細が記録されていた事例は、存じ上げる範囲では皆無と言えます。

創業40周年を迎えて感謝の気持ちを込めて分木を決めた今回の推奨香木
『春雨』も、文政五年六月に量目を改めたとのメモ程度の記載は残っていますが、入手した年月日等は不明です(判明している『志ら雪』などの例から類推して、恐らく安永年間かと思われます)。

『春雨』と付銘された歴史的名香は複数あり、東福門院所持のものは真南蛮ですし、「梅が枝のしぼめる花に露落ちて匂ひ残れる春雨のころ(宗尊親王)」を証歌とする伽羅の『春雨』は位が中上、味が辛 苦とあり(『香の本』参照)、合致しません。

分木を決めた『春雨』…いかにも古木らしい「顔」をしています
塊の上部は割った形跡が複数あり、愛用されていたことがわかります

残念ながら今回の『春雨』は、それら歴史的名香とは関係が無い「銘香」であろうと考えていますが、少なくとも約250年前には我が国に渡来していたであろう古木であり、放たれる香気には奥ゆかしい情緒が感じ取れる気がします。

底の部分を一段挽いてみました
高度に樹脂化した箇所と密度が薄い箇所が混在しますが、匂いの筋は変わりません

樹脂分の濃いところと薄いところが混ざり合って分木することになりますが、いずれもなるべく低温(約90℃)で加熱し始めて戴ければと思います。
苦味・甘味・ 辛味が調和をとりつつ現われて、それらの蔭に少々の鹹味と酸味さえも感じられます(気のせいかも知れませんが)。
派手に力強く立ち始めるタイプではありませんが、控えめな気品に満ちた、分木が可能な稀少な古伽羅として、推奨します。

(近年の伽羅には無い、古木ならではの味わいを堪能していただける好例として、1月25日の聞香会~古木を聞く~にも炷き出そうと考えています)










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