5月の聞香会(真南蛮)を終えて…

参加者の人数を制限するなど感染防止対策を徹底して、おかげ様で、今月は無事に開催することができました。

真南蛮という木所は、捉えやすいと思われがちかも知れないのですが、実は複雑な要素が絡み合って、意外にも厄介で…
今回は、そんな幾つかの要素を重点的に採り上げて比較検討することを主題に据えて、炷き出す香木を選定しました。
メニューは次の通りでした。

1.佐曾羅(仮銘 霞める空、インドネシア産沈香)
2.真那賀(仮銘 いま一声、タイ産沈香)
3.真南蛮(仮銘 朧月夜、タイ産沈香)
4.真南蛮  (仮銘 白雲、タイ産沈香)
5.真南蛮(仮銘 雲のかけはし、タイ産沈香)
6.真南蛮(仮銘 散らぬ花、タイ産沈香)

最初にインドネシア産沈香を選んだのは、本来は志野流の佐曾羅として分類されて来たものが、近年では真南蛮として用いられることが次第に常態化しつつあると感じているからです。
とりわけ御家流系統の方々にとっては、六国の分類にインドネシア産沈香は全く用いられて来ませんでしたから、志野流であれば本来は佐曾羅と聞くべきものを真南蛮と言われても、さほど違和感を感じられなかったのではないかと推察しています。
結果として、木所の特徴を具えた上質のタイ産沈香が年々稀少となり、それに代わる存在としてインドネシア産沈香が重宝がられているものと考えています。
羅国・真那賀の場合は「伽羅らしくない伽羅」で代用されるものが、真南蛮の場合はインドネシア産沈香で代用されていると言えます。

霞める空

写真(上)は『仮銘 霞める空』。証歌は次の通り。
いかにせむ霞める空をあはれとぞ言はばなべての春のあけぼの
                      (宗尊親王)(柳葉集)

側面が見えづらいですが、典型的なインドネシア産、それもボルネオ島インドネシア領(通称カリマンタン)という「顔」をしています。
特有の「鹹(しおはゆ)味」が真南蛮のそれと似通うところがあり、混同し易いのです。
中盤から火末まで安定して放ち続ける佐曾羅特有の「甘」が、好ましく感じられます。

2番目に真那賀を炷き出したのは、真南蛮と同じくタイ産であり、従って、香気の特徴に混同し易い部分があるからです。
(同じ産地でありながら真南蛮・真那賀の違いが生まれる理由については、まだ解明されていません)
選んだのは、小さいながら塊の全体がほぼ完全に樹脂化を遂げた貴重な香木で、立ち初めに特有の香気を放つことから『仮銘 いま一声』と名付けた真那賀(下の写真)でした。証歌は次の通りです。
時鳥夢うつつともわくべきをいま一声はとほざかりつつ
                (頓阿、俗名二階堂貞宗)(草庵集)
あまりにも小さな塊でしたから、「聞香会セット」として販売するために截香したら、羅国の『仮銘 遠の霞』と同様に、ほとんど残りませんでした。

いま一声①

いま一声②

3番目には『仮銘 朧月夜』を選びました。証歌は次の通りです。
照りもせず曇りもはてぬ春の夜の朧月夜にしくものぞなき
               (大江千里)(新古今和歌集)

オンラインストアでも公開していますからご存じの方も多いかと存じますが、とても穏やかで安定して上品に真南蛮らしさを放ち続けるという点で、とても貴重な存在です。
江戸時代の某藩家老職の家から全くの手付かずで出て来た何本かの塊の一つですが、古木らしい落ち着きのある立ち方はとても好ましく味わい深いものです。(写真下)

朧月夜

画像5

4番目は『仮銘 白雲』でした。証歌は次の通りです。
白雲は立隔つれど紅の薄紅櫻心にぞ染む
                (京極前太政大臣)(詞花和歌集)

こちらもオンラインストアで公開済みですが、元々の塊が約2.5㎏ありタイ産沈香としては異例の大きさでしたからまだまだたくさん残っており、向こう何十年かは安泰かと思っています。
『仮銘 朧月夜』と併せて何度も味わって戴ければ、特有の「鹹」が佐曾羅のものとは微妙に異なることを納得していただけるものと考えました。

5番目には『仮銘 雲のかけはし』を選びました。証歌は次の通りです。
水青き麓の入江霧晴れて山路秋なる雲のかけはし
            (後京極摂政前太政大臣)(風雅和歌集)

淡交社主催の特別講習会「六国五味を知る」で炷き出したところ大好評だった真南蛮で、その後、妙に艶っぽい外見が気になって部分的に洗ってみたところ見事に色褪せてしまいましたが香気の内容に変化は見られず、相変わらず延々と好ましい香気を放ち続けます。
昔の名香にも伽羅立ちなのか伽羅なのか判然としないタイプの真南蛮が見受けらるのですが、これもそのようなタイプなのかも知れません。

雲のかけはし②

最後は、やはり『仮銘 散らぬ花』にしました。証歌は次の通りです。
咲き初めてわが世に散らぬ花ならばあかぬ心のほどは見てまし
               (二條院讃岐)(続後拾遺和歌集)

これまでの経験上、最も異色で最も感動を与えてくれた真南蛮です。
初めて見た瞬間から「真南蛮に違いない」と直感したのですが、では似たような顔をしたタイ産沈香が他にもあったかというと、皆無でした。
木目の入り方も異色で、どの方向から鉈を入れても真っ直ぐに割ることは不可能です。
一体全体、ジンチョウゲ科アキラリア属の植物の、どのような育ち方をした部分がこんな風に樹脂化したのか、全く見当が付きません。
香気もまた異色です。
高度に樹脂化を遂げた部分は、五味には当てはまらないと思える上品でありながら艶やかで、感覚的には透き通るような甘美な薫りを放ち続けてくれます。

散らぬ花

またまた制限時間を30分ほど超えて午前の部・午後の部各2時間半と、ほぼ一日中聞香に明け暮れることになりましたが、今回も、ご参加の皆さまと楽しい時間を過ごすことが出来てとても有り難く思っています。また早速にご感想も頂戴しており、重ねて御礼を申し上げます。ありがとうございます。
お便りは次の機会に紹介させていただきますので、参加できなかった皆さま方のご参考になれば幸いに存じます。

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