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走る

 僕は川べりを走っていた
 僕はまるで自分を十四才かのように感じていたが
 既に四十の齢を越えていた
 少しも大人になる事ができず
 ああだけはなるまいと誓った大人になりおおせて
 川べりを走っていた
 
 川べりには様々なものがある
 植物、赤い花、空、雲、テニスをする老人、犬を散歩する人、ランナー、鴨
 それらは夕暮れの金色の光に包まれて
 輝いていた
 あたかもクロード・ロランが描いた至福の風景のように
 
 走る事で何が得られるわけでもない
 走る事で何が見えるわけでもない
 ただ僕は"僕"になり
 世界は"世界"になる
 全てがあるべきものへと還っていき
 世界は変化でありそれ故に恒常であると考えたヘラクレイトスの"火"のような
 そうした世界へ還っていく
 僕は走る
 走る時、僕は世界を見ている存在ではなく
 自らが世界そのものであるように感じる
 
 僕は走る
 走る
 何の意味もない生を
 走り続けて、見た事のない風景が見えてきても
 僕は走り続けた
 やがて僕の目には涙が浮かんできて
 いつの間にか夜の帳が下りていた
 それでも僕は涙よりも、太陽よりも速い速度で走った
 川べりはどうやら"永遠"らしかった
 それでも僕は"永遠"の速度を越えて
 走った
 
 やがて僕は疲れて
 家へ還った
 家ではもう一人の「僕」が僕を待っていて
 "お疲れ"と言った
 だけど、そいつの言葉は嘘だと知っていたから
 走る事を知らない奴の戯言だと知っていたから
 「僕」の隣をすり抜けて僕は
 自室に還った
 
 …世界は在った
 …そこには誰かが走っていた
 …そしてそれは"僕"だった
 …どうやら、そういう事らしい
 …どうやら
 …この"無意味"を
 …僕は駆け抜けたい
 …ただ一心に、自分を越えて
 …ただ

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