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【演劇】昔、サナエだった

 なぜ、食糧が『虫』だけになってしまったのか。
 なぜ、少年は『虫』を呼ぶことが出来るのか。
 ずっとそれを考えてしまったけれど、そんなことはどうでもいいのだ。

 キャッチ―な世界観でありながら、この作品がSFにならないのは、その世界で本当に生きている人たちの『リアルな生活』にピンスポットが当たっていたからだろう。私たちには縁遠い世界の話でありながら、考えさせられたのは『自立』という生々しいほどに身近なテーマだった。しかも、コロナパンデミックを経験している現代の私たちにとっては、その『虫しか食べる物がない世界』はもしかしたらあり得るかもしれない未来と感じさせる。その仕掛けが、観客に与えた宿題をよりいっそう重く感じさせている気がした。「これは、遠い話じゃない。むしろ、今の私の話かもしれない。」と。

 絶望的な状況下でも、家族があって仕事があって生活がある。毎日に嘆いて、行く末に不安を抱いて苛まれて、目の前の誘惑と戦ったり、戦って負けたり、本当かどうかわからない情報に希望をみたり、いやでもとにかく、今どうしたらいいのか、何が正解なのか、悩みながら生きている。
 いつの時代も、いくつになっても、自分が生きていくうえで立ちはだかる課題は変わらないものだ。

 物語は、問題提起で幕を閉じる。希望も絶望もほのめかしながら、答えは用意されてはいなかった。世界の謎解きをさせるようなヒントも少なく、この作品をエンタメで終わらせやしないという強いメッセージを感じた。観劇後の独特な疲労感は、好みの人にはたまらないのだろうけれど、今の私にはちょっとしんどかった。

 けれど、今こうして胸をさすりながら作品を振り返ると、私の指が小さな棘に触れているのかのようにチクリ、チクリと痛むのである。悔しいけれど、ちゃんと刺さっちゃってるんだな。

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