見出し画像

「嫌いな人」とどう接してますか?

4月から忙しい部署に配置転換になったので、多忙な日々を送っている。多忙な部署というのは関わる人が多いから多忙なのだと思う。社内も社外も、関わる人がとにかく多い。総合的な仕事量が多い。朝出社して、忙しく働いて、ほっと一息ついたら夕方、という日々である。

当然、関わる人たちがすべて気の合う人たち、というわけではない。もちろん大多数はいい人たちである。しかし、なかにはこの人苦手だな、という人もいるし、もっとわかりやすく、嫌いだな、という人もいる。

当然嫌いな人と一緒に仕事をするのは苦痛である。しかし仕事なので、そんなことを言っていてもはじまらない。大人なので、たとえ嫌いだったとしても平気な顔をして接している。

最近、嫌いな人に接するときの「自分の精神状態」を観察している。感情の動き、何を考えているのかを客観視するのである。

不思議なことだが、嫌いな人には「なめられたくない」という感情が湧くようだ。まあそれは普段からなめているような態度で接してくるから、というのがあるからかもしれない。

相手がこっちをなめているような感じがすると、当然こっちも反発する。「なめられたくない」というのは、心理的には「上から目線できてるけど、こっちのほうが上だぞ」と思う、ということである。

しかしそれを態度に出すと、当然相手も「いや、こっちのほうが上だ」という気分になる。もちろん大人なので互いに口には出さないけれど、水面下ではそう思っている、ということだ。

ここまで客観視して、はたと気づいたのだけれど、なんでこういった相手との関係性を「従属性」でしか構築できないんだろう、と思った。どっちが上とか下とか、そんなことを考えながら誰かと接することって、その人以外だとほぼないのに。

その人以外の人相手ならば、先輩後輩関係なしに、どちらが上かといったことを意識しない。苦手な相手・嫌いな相手に対しては、「自分のほうが上だ」と意識のうえでマウントをとってしまうものらしい。それに気付いてからは、じつにアホらしいなと思った。

最近は嫌いな相手であっても適宜「相手を立てる」ように配慮するようになった。そうすると衝突が減り、スムーズにことが進むようになったような気がする。相手も、心理的にこっちが上に行こうとするから反発していたのであって、そういう態度を少しでも抑えれば、そうでもなくなるらしい。

あと、よく観察してみると、その人は誰に対してもそういう態度をとっていることがわかった。たぶん、性格というか、パーソナリティなのだろう。本人には悪気がない、ということである。

これは万人に使える方法ではないかもしれない。どうしたってむかつく人はむかつくので、限度があるだろう。でもひょっとしたら、自分が勝手に相手に対して反抗的な態度をとっているケースもあるかも? という話である。

逆に、相手に対してへりくだりすぎてしまう、というタイプの人もいるかもしれない。そういう人は、ここまで書いたことをあべこべにして考えてもらうといいかも。

感情というのは自分の行動と表裏一体だ、というのをなにかで読んだ。誰かに対して「怒る」のは、「怒った」結果、相手を拒絶するのではなくて、最初に「拒絶する」という目的があって、それに合わせて「怒り」を自分で生み出しているのだそうだ。人間の感情は崇高なものではなく、たんなる手段にすぎなかったりする。自分の感情に振り回されているようでは本末転倒である。

あなたはどう思いますか?

サポート費用は、小説 エッセイの資料代に充てます。