見出し画像

【邦画新作】『ハードボイルド・レシピ』ネタバレあり感想レビュー—映画の出来を犠牲にしてでも眉村ちあきのプロデュースに専念する強い意志


監督&脚本:松浦本
配給:SUPER BENTO ENTERTEINMENT/上映時間:71分/公開:2024年4月26日
出演:眉村ちあき、藤本ルナ、藤丸千、東宮綾音、絢寧、長尾卓磨、青柳弘太、浦山佳樹、木村知貴、筒井真理子

眉村ちあきが何者なのかは、いまだよくわかっていない。アイドルなのかシンガーソングライターなのか、大まかなジャンルすらも曖昧だ。まあ、それは単にボクが不勉強なだけなのだが。ただ、なんとなくではあるが、眉村ちあきの側があえて自身の立ち位置を曖昧にしているかのような気配がある。

眉村ちあき初主演の映画『眉村ちあきのすべて(仮)』が、プロデュースの方向性をはっきりと示していたのではないだろうか。密着ドキュメンタリーの体で始まるこの映画は、中盤で眉村ちあきがカメラ目線で語り始めたと思いきや、いきなりSFへと舵を切る。そして、眉村ちあきは地下世界で大量生産されるクローンだったのだという驚愕の事実が明かされる。

この映画では、眉村ちあきという存在をひとりの人間ですらなく、虚構的な概念なのだと主張していた。不思議ちゃんの最新形態とも言い表せられる。いや、この言い方だと誤解されかねないが、人間としての実在性を否定するって、古より不思議ちゃんにとっての必要条件なので。ちなみに、現在それで大成功しているのが、あの(ano)である。眉村ちあきとは、時代が早すぎてあのになれなかった存在なのかもと、ちょっと思った。普段はフワフワした虚構的な存在なのに、アーティスト活動となると途端にプロフェッショナルを発揮するのもそっくりだ。

さて、眉村ちあきの主演2作目で、前作と同じく松浦本監督による最新映画『ハードボイルド・レシピ』はどうなのか。映画で本格的なアクションに挑戦というのは、むしろ王道のアイドルがやることである。曖昧な存在を目指す眉村ちあきにとっては、こういう型にはまったアイドル仕草は危うくないだろうか。

新宿のカフェテラス。30代くらいの髭面の男(演:木村知貴)が震えながら、近くにいる中年マダム風の女(演:筒井真理子)とワイヤレスイヤホンで会話をしている。男はヤクザで、つい先ほど組の仲間たちが襲撃によって皆殺しにされたという。男はたまたま遅刻したため難を逃れたが、今現在も襲撃犯たちから逃げている状況。女は組が雇っていた悪党専門の護衛組織の人間で、男を助ける手はずをつけていた。

女の指示通りに移動を開始する男。その後ろをちょこちょことついていく、子供っぽい恰好の少女(演:眉村ちあき)。彼女こそが護衛組織が雇っている優秀なボディガードなのだ。男に公衆電話の受話器を取らせ、次の行動を指示する眉村(役名がないので、こう表記します)。「こんにちわ」と挨拶するも男が(若い女性の声なので)戸惑っているので「あれ、日本ではこんにちわが挨拶ではなかった?」と疑問を口にして、海外からやってきたことを案に示す。それにしては日本語が流暢すぎるのが気になるけど。

男をあえて人のいない路地に行かせ、銃を持った覆面の男が6人くらい現れて取り囲んできたところで、眉村が華麗に現れて全員を銃で撃ち殺す。その場にへたりこんで、情けない顔で「漏らしちまった」という男の下半身に眉村が着ていたジャンパーをかけてあげるオチで、このシーンは終了。ここまでが人物紹介などの説明を兼ねたイントロダクションである。

これ、特にアニメに多いベタな設定で、無邪気で幼さを感じる少女が、実は凄腕の仕事人であったといういつものやつである。設定がベタなのは別に構わない。ただ、リアリティラインまでもがアニメなのは引っかかる。(前段の文中では詳細を省略したが)眉村は敵の動きを全て読んでいたって話なのだが、状況的には覆面男がいきなり発砲していてもおかしくないわけだし、話の強引さがアニメの基準だ。あと、ヤクザが「漏らしちまった」は無いだろう。

さて、本編。ここから基本的に悪徳刑事(演:長尾卓磨)の視点で話が進む。大規模な麻薬取引が行われる情報を手に入れた悪徳刑事は、一部をくすねたうえで摘発しようと計画しているのだ。そのために、凶悪な3姉妹「マニラシスターズ」を雇い、取引の監視に同行させる。情報を得たホテルを見張っていると、お揃いのアタッシェケースを持った男女が出てきて、別々の方向へと歩いていった。監視部隊は二手に別れ、悪徳刑事とマニラシスターズは女のほうを追跡する。

トレンチコートを着て、巨大なサングラスかけて、変な模様のアタッシェケースを持った女(演:藤本ルナ)は、キョロキョロと周囲を見回しながら渋谷の街を歩く。あまりにも怪しいその女を、マニラシスターズの三女が尾行する。この尾行がけっこう長い時間続く(この映画、71分しかないのに・・・)。いいかげん飽きてきたあたりで眉村ちあきが登場。「ボディガードでーす」と女に接触してくる。

眉村は、なかば強引に付きまとうかのように、鬱陶しがっている素振りの女と連れ立って歩きだす。イレギュラーな事態に戸惑うも、尾行と監視を続ける悪徳刑事とマニラシスターズ。で、もちろん大方の予想通り、眉村は最初から尾行に気づいていて、さまざまな仕掛けによって相手を翻弄していくのである。ひとりの少女によって悪者の計画が崩れていく展開は、たしかに爽快感はある。

これ実は変わった構成で、観客はすでに眉村の正体を知っているのだ。それでいて、眉村のことを何も知らない人物の視点で話が進むため、観客はどの視点になればいいのか、ポジショニングに戸惑うことになる。あくまで映画の面白さを追求するならば、前段のイントロダクションは丸ごとカットして、最初から悪徳警官の視点による本編にしてしまえばいい。そうすれば悪徳警官と観客の視点は完全に一致し、劇中人物と同じように眉村ちあきに翻弄されるのだから。

ただこの映画、さらに混乱が加速する仕掛けがあるからややこしい。なんと、アタッシェケースの女も実は眉村と同じ護衛組織の一員だったと、終盤に明かされるのである。取引自体も組織が流した偽情報であり、眉村が急に現れて戸惑って迷惑そうに仕方なく相手して・・・みたいな女の行動も、全て悪徳警官たちに向けて見せていた演技だったのだ。悪徳警官の視点を強制されている観客に「でも全て知っているんだけどなあ」と思わせておいて、いやでもさらに騙してるよと明かしてくる意地の悪い二重トラップが仕掛けられているのである。

こうして何度も観客の視点を混乱させることで、その先にある眉村ちあきの存在性もまた混乱させ、虚構的な存在へと近づけている。まさにその一連こそが、眉村ちあきのプロデュースそのものであろう。劇中の行動経路が新宿に行ったり渋谷に行ったりとめちゃくちゃなのも、観客を混乱させるためにわざとやっていたのかもしれない。しかも最後には、唐突に宇都宮の映画館に瞬間移動しているし(都内のビルのつもりなら「ヒカリ座」の看板は映しちゃいけない)。映画としての体裁を犠牲にしてでも、眉村ちあきのプロデュースを優先する。それが本作『ハードボイルド・レシピ』だ。

最後に余談。といっても映画自体がめちゃくちゃなのは意図的なので無視してもいいのだが、でもハードボイルドを掲げている以上は触れるべきだと思うので、アクションについて。極悪犯罪集団とされているマニラシスターズの銃の構え方が素人丸出しだったりと、細部で残念な瞬間が目立っていた。棒立ちのまま上半身だけ動かすナイフアクションとか、逆に斬新だったとさえ感じる。あまりカット割りで誤魔化していないのは好感を持てたけど、どうしても同規模で雰囲気も似ている『ベイビーわるきゅーれ』が頭をよぎってしまい、あちらと比べてしまうからねえ。マニラシスターズの見た目やキャラ造形とか、『ベビわる』を参考にしているとしか思えなかったし。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?