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小説「わたなべなつのおにたいじ」④

 冷蔵庫にあったベーコンとカット野菜を炒め、焼き肉のタレで味付けした野菜炒めと目玉焼き、それにインスタントラーメンで簡単に夕食を作った。清明が。

 私はそういうアイデアに致命的欠陥があるので、同じ材料を使っても、こうはいかない。

 鬼丸はインスタントラーメンが特に気に入ったようで、「美味い」を連発していた。

 「なあ、お前ってどの辺まで人間なんだ?メシは食うけど、寝たり、トイレ行ったりもするのか?それとも、あれか?人間でいる時間に制限がある、とか。」

 清明が食事に忙しい鬼丸に聞いた。

 「まあ、言ってしまえばどれも必要ない。食べるのは楽しいからじゃな。人間でいる時間に制限はない。が、鬼が大人しい時代には、あまり人間にはならんな。出番がないからの。」

 「大人しい時代?」

 「うむ。鬼と言うのは、実はどこにでもいるのじゃ。普段は人間のように暮らして居る場合がほとんどでの。中には人と番って子を成す者までおる。」

 「マジか!なんで片っ端から退治しちまわないんだ?」

 「その必要がないからじゃ。鬼は人間にとっての「災い者」であると同時に、「人を御する」という役目もあるのじゃ。人が傲慢になり、つけあがって触れてはいけないところまで触れないようにするためにの。」

 そこまで言うと、鬼丸は食事の手を止めてから、さらに語り出した。

 「人界と鬼界は表裏一体、と言うたが、人と鬼もまた表裏一体、ということじゃ。親が子を殺し、子が親を殺す。そんなのはもう人ではないじゃろ? 鬼はそんなことは絶対にせん。いわば、鬼以上に下劣な部分も、人にはあるのじゃ。人とは、無制限に増え続け、同じ種族で殺し合いをする不思議な生き物じゃ。これは、自然の生き物にすれば鬼にも勝る脅威なのじゃよ。儂でさえ、慣れ親しんだ山や川が、人の手で変わり果てた姿になるのを見るのは辛いものがあるからのう。そうした人の欲が一線を超えると、鬼が騒ぎ出すのじゃ。そして時には、今回の朱点のように必要以上に人を殺める鬼も出てくる。この世はそうして、一定の均衡を保っておるのじゃよ。」

 鬼丸は絞り出すようにして、話を終えた。人の手により「鬼狩り」の刀としてこの世に生み出されながら、人のひどい部分も見せられてきた鬼丸は、やりきれない思いもどこかにあるのだろう。確かに、同じ人の私が聞いてもひどい話だと思う事件が毎日のようにある。そしてこうしている間にも、世界のどこかでは戦争が繰り広げられ、誰かが誰かを殺しているのだ。鬼ではなく、人が。

 盟を結ぶ前の鬼丸が、何かを言い淀んでいるように感じたのは、こうしたことがあったからなのだろう。

 「・・・辛いよね・・・。」

 私はポツンと、正直な思いを口に出した。もしも私が鬼丸の立場なら、その辛さに耐えられるだろうか。

 「そう思うてくれるだけ、お那津はまともじゃよ。人は時にひどいこともするが、同じくらい良いこともするのじゃ。矛盾だらけの存在だからの。儂からすれば、生まれ落ちたその瞬間から、いつか死ぬことが定めのお主ら人の方が、よほど辛いとは思うがのぅ。」

 そう言った鬼丸は、とても優しい表情をしていた。

 「いずれにせよ、朱点は人であれば良い者、悪い者、見境なく殺す。殺し尽くす。それは何としても、誰かが止めねばならん。朱点が力を完全に取り戻し、鬼の手下全てを集め終わる前にの。そしてそれこそが、儂の至上の喜びともなるのじゃ。」

 「・・・それで・・具体的にはどうすればいいんだ?」

 清明は箸を置いて、居住まいを正した。

 「うむ・・・では、話を戻そうかの。朱点を倒すに辺り、まずは伊織殿を探すのが一番確実じゃろう。朱点を葬る手立てが見つかっているかも知れんし、見つからぬまでも何かは掴んで居る公算が高い。それにはお那津、お主の力が必要となる。」

 「どういうこと?」

 「お主は儂を通じて、伊織殿と意を通ずることができる力を手に入れた。お主が望めば、お主の思いは伊織殿に必ず届く。まずは、それを試してみるがいい。それがうまくいかなかったら、儂が適当に鬼を見繕うてやるから、修行のつもりで鬼退治を始めるのじゃ。こちらは徒に朱点の気を引いてしまうおそれもあるが、止むを得まい。」


 「ただいまー。なつー、誰か来てるの?」

 玄関のドアが開く音がして、母の声が聞こえてきた。慌てて振り返って時計を見ると、時刻はまもなく午後10時になるところだった。話に夢中になり過ぎて、母が帰って来る時間のことなど、すっかり頭から抜けていた。

 母がリビングに入ってくるまでは、もはや数秒もない。何をするにも手遅れだ。こうなったら、開き直るしかない、そう覚悟を決めた時、母がリビングに入ってきた。

 「あら!清明くん!久しぶ・・・鬼丸・・・?」

 母は朗らかに清明に挨拶をしている最中に、鬼丸に気が付いたようだった。が、鬼丸のことを知っていた。私と清明は驚いて顔を見合わせた。鬼丸の方は、平然として母に手を挙げながらにこやかに挨拶をした。

 「おー、お八重殿。一別以来、ご無沙汰でございましたな!」

 「・・・そうね・・・鬼丸がここにいるってことは・・・そういうことなのね?」

 母は力なくそういうと、その場にへたり込むようにして腰を下ろした。

 私も清明も、あまりに意外な展開に、声を出すことができなかった。

 「・・・さきほどお那津殿と盟を交わしました。今は、お那津殿が我が主。・・・お八重殿には残念のことでござろうが・・・。」

 「話は終わったの?」

 「いえ、いずれお八重殿がお帰りになると、その『板』が申しておりました故、すべてはまだ・・・。」

 鬼丸はテーブルに置かれたスマホを顎でしゃくりながらそう言った。

 「そう・・・。なら、仕方ないわね。私は私の役目を果たすわ。」

 そういうと母は、手にしたトートバッグを床に置いたまま、空いているソファに腰を掛けた。

 「もう、朱点は力を取り戻したのね?」

 母が鬼丸に尋ねる。

 「いえ、まだ全てではございますまい。集まっている手下もまだまだ未熟の鬼ばかりと見受けました・・・。実は・・・お那津殿は既に鬼を一人、切っております。」

 鬼丸の母に対する物言いは、私たちへのそれとは全然違う。私も清明も、二人のやり取りを食い入るように見つめるより仕方がなかった。鬼丸と母の間には、そうさせる何かがあった。

 「そう・・・伊織さんの・・・この子の父親の話は?」

 その問いかけに、鬼丸は無言で首を振る。母はひとつ、ホッと溜息をつくと、隣に座る私に向き直って話し始めた。

 「あなたに話さなくてはいけないことがある。あなたのお父さん・・・伊織さんは生きてる。法律的には、亡くなってることになってるのは事実だけど・・・。そうしたのは、伊織さんの強い意志で、できることなら、那津を渡辺家の宿命に巻き込みたくなかったから。でも、時代がそうはさせてくれなかったのね・・・。」

 母はそう言うと、私をじっと見つめた。今の私は、母にはどう映っているのだろう。

 「うん・・・でも、それが私の決めたことだから・・・。」

 「あなたのお父さんも、そう言っていた・・・。そして大怪我をしたの!死ぬかも知れないくらいの大怪我よ!その上、あんなことにまで・・・!」

 そこまで言うと、母は顔を覆って泣き始めた。

 「私は、あなたにまで、そうなって欲しくない!あなたに万が一のことがあったら・・・私・・・。」

 誰も口を開かなかった。正確には、開けなかった。私たちは、母が落ち着くまでその様子を見守るしかなかった。

 「・・・ごめんなさい、柄にもなく取り乱しちゃって。こうなった以上、私も覚悟を決めるしかないわね・・・。那津、あなたにはまず伊織さんに会ってもらうわ。伊織さんがアイツを・・・朱点を葬るために集めた物を、受け取ってもらう。」

 「うん・・・ちょうど、その話をしてたところに、お母さんが帰ってきたの。」

 「そう・・・。そのやり方は私には分からないけれど、何か方法があるんでしょ?」

 そういうと母は、鬼丸を見た。鬼丸は静かにうなずいた。

 「・・・ところで・・・清明君は、どうしてここに?」

 落ち着きを取り戻した母が、急に気付いたように私を見てきた。私は事の顛末をかいつまんで話し、清明がここにいるのは巻き込まれたからに他ならない、と説明した。

 「ああ・・・とんでもないことに巻き込んでしまったわね・・・。」

 母は清明を見つめながらそう言った。母親同士も友達で、幼い時から知っている清明を、偶然とはいえ巻き込む結果になってしまったことを、心から悔いているようだった。

 「いえ、むしろ自分から巻き込まれに行ったようなもんですから、気にしないでください。それに、舞台が学校なら、遅かれ早かれいずれは巻き込まれたはずです。先に事情を知っているだけ、対処のしようもありますから。」

 清明らしい答え方だと思う。時々、こんな風にやたらと大人ぶった発言をすることがある。そういうところは、ちょっと憧れる。私は目上の人と話すのが苦手だから。

 「そう言ってもらえると、少しは楽だけど・・・お母さんには・・・ユミちゃんにはなんて言えばいいかしら・・・。」

 「そのことですけど、母にはしばらく内緒にしておいてください。余計に心配すると思うので・・・。」

 「そうかも知れないけど・・・でも・・・。」

 母は、まだ踏ん切りが付かない様子だった。できることがあるのに、しないのは母の性分ではない。

 「いずれ自分の口からきちんと説明します。まだわからないことが多すぎて、今の状態で話しても不安にさせるだけですから。」

 清明も譲らなかった。こう見えて、頑固なところもある。

 

 その後、時間も時間だ、ということになり、清明は家に帰ることになった。清明の家は斜向かいなので、門のところで家に入るまで見送ることにした。母と鬼丸は、リビングで積もる話に花が咲いているようだった。

 「・・・今日は・・・ありがとね。いろいろ、助かった。」

 二人きりになると、私は清明にそう言った。そうとしか、言いようのない出来事ばかりだった。

 「いや、俺の方こそ、那津がいなかったらあの鬼に殺されてたと思うよ。助けてもらったのはこっちの方だよ。それに、その後のことは何気に楽しかったくらいだ。」

 清明は、自分の知らないことを知ると、テンションが上がるタイプだ。それが難題であればあるほど、燃え上がるタイプ。たぶん、そういう意味で言ったんだろうとは思ったけど、私としてはそれより気になることがあった。

 「・・・見たよね?」

 振り返った清明の顔を見て、私の考えは杞憂であるのはすぐにわかった。たぶん、とっくに忘れていたんだと思う。

 「え・・・あ・・・み、見てねーよ!そ、そりゃちょっとは見えたけど・・・『見た』ってほどは見てねー!」

 少なくても、「見えた」のはよくわかった。やっぱり見られてた。

 「しっ!バカ!声でかいっての!・・・とにかく・・・忘れてたんなら、二度と思い出さないことね。誰かに言いふらしでもしたら、絶好だからね!」

 私は小声で釘を刺した。言った後で後悔した。こんな風に言われたら、私ならその光景を何度もリフレインしてしまうはずだから。

 「あ、当たり前だろ! じゃあ、もう行くよ。おやすみ。」

 「おやすみ。」

 そう言って清明はそそくさと家に向かって歩き出した。手を振りながら夜空を見上げると、いつになく星がはっきりと見えた。これも盟を結んだ効果なのか・・・。私は明るく光る月を見て、少し気味が悪いと感じた。


「わたなべなつのおにたいじ」④
了。


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