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小説「わたなべなつのおにたいじ」⑮

 内容はこうだ。まず、みんなで渡り廊下から鬼界に入る。鬼界に着いたら、極力目立たないように行方不明になった生徒を探す。可能性は低いだろうが、鬼に見つからずに済んでいるかも知れない。清明の式神に、大山犬の「米呂院」と言うのがいるらしく、物探しが得意なのだという。犬だけに、嗅覚で人や物を探すのだろう。そのため、行方不明になった生徒の匂いの付いた品物を持っていく必要がある。これには鬼丸に一役買ってもらい、生徒の家から何か私物を持ち出してもらう。無事に救い出せれば御の字だが、そうでない場合でも、何かを見つけることができれば、少なくても鬼が絡んだ失踪事件と断定することができる。

ただし、場合によっては戦闘になる可能性もあり、そうはならなくても目を背けたくなるような事実と向き合う必要が出てくるかも知れない、と清明は言った。鬼は、人を喰うのだ。どちらにしても、ある程度の時間で捜索は打ち切り、戻ったら清明の札で厳重に渡り廊下を封じる。これで、今後の失踪事件を防ぐのだ。

 「ことは一刻を争う。できればこれからすぐに動き出したい。反対の者は?」

 説明が終わると、清明はみんなを見ながら意見を求めた。3人とも、清明の作戦に異論はない。

 これが、私たちの最初の出撃、ということになる。清明は博正に弓道部の生徒の情報を集めるように指示をした。家がどこなのかを突き止めなくてはならない。私は鬼丸と狭間経由でその家に入り込み、匂いのついた品物を持ってくる。清明はここで渡り廊下を封じる札を作りながら、ブレーンの役割を果たすのだ。ほどなくして、博正が住所ではないが、この辺りだ、という情報を掴んだ。弓道部の後輩で、家が近所ということでいつも一緒に帰宅していたらしい。とある十字路で、彼女は右に曲がり、行方不明になった生徒、川島美佳は左へ曲がるのだと言う。清明はパソコンを開き、住宅地図を呼び出して該当する家を探す。その間に、私はダッシュでその方面に向かい、自分でもその家を探す。ここからなら、ダッシュで20分の距離だった。

15分で問題の十字路に着き、左に曲がる。川に突き当たるまでの範囲で、同じ川島姓の家は3軒あると言う。もちろん、それは戸建ての話で、マンションやアパートについては調査中、ということだ。その間に、私は指示された一軒目に向かう。人気はないようで、駐車場に車もなかった。清明に報告を入れ、次に向かう。

次の家では、駐車場に車が止まっており、中からも人の気配がする。それに何より、家の前にライトバンとセダンが駐車していた。通り過ぎながらさりげなく中を覗くと、セダンの助手席に無線機のマイクが見えた。そこを探れ、という指示で、鬼丸が狭間から住宅内に侵入する。私も行きたかったが、家人と警察の人間がいるとすれば、鬼丸一人の方が何かと都合がいい。すぐに鬼丸が戻って来て、間違いなくここが川島美咲の自宅だと判明した。

 鬼丸が手に弓道着と、下着を数枚持っている。

 「ちょっと、なんで下着まで持ってくるのよ。」

 「匂いの濃い物を選んだまでじゃ。何かいけないのか?」

 そう言われてはどうしようもない。私は清明に報告を入れ、再びダッシュでマンションに戻った。

  「し、下着かよ!」

 清明は狼狽したようだったが、鬼丸が私にしたのと同じ説明をすると、黙り込んだ。すでに札も完成しており、3人はそれぞれの持ち物を持って、学校へと急いだ。学校の近くから一旦狭間に入り、渡り廊下で鬼界に入り直すのだ。

 渡り廊下に人の気配はなかった。全員が狭間から出ると、清明が私たちを囲むように床に木炭で丸を描く。

 「いいか、行くぞ?」

 清明の合図にうなずく。私は鬼丸の鯉口を切って身構えた。清明が印を結んで呪文を唱えると、やがて周囲の風景が鬼界のそれに変わって行った。

 「・・・いつ来ても、嫌な感じね・・・。」

 周囲を見回して直近の脅威がないことを確認した私は、小声でそう言った。清明が首飾りから灰色の勾玉を取り外すと、式神を顕現させる。今度のは大きなワンちゃんだった。『ワンちゃん』と言うには大きすぎる気もするが。

 「米呂院、この匂いの持ち主を探せ。」

 清明はそう命じて、鬼丸が持ち帰った衣服の匂いをワンちゃんに嗅ぎ取らせる。ほんの数秒で米呂院と呼ばれたワンちゃんは行動を開始した。風の匂いと、地面の匂いを比較しながら進む方向を決める。

 「何か感じたみたいだな。」

 3人で米呂院の後を追う。米呂院は小走りに駆けたかと思うと立ち止まり、また匂いを確認しては駆け出すという行動を繰り返した。ほぼジグザグに、元の場所から500m程は進んだだろうか、米呂院がピタっと立ち止まり、小さく唸る。その方向を見ると、鬼がいた。後ろを向いているが、濃いグレーの体色で、頭髪と背中の毛はくすんだ黄色だ。座り込んでいるので身長はわからないが、小山のように体格が大きい。

 「こちらには気付いてないみたいだな。他に鬼もいないようだし、慎重に近付こう。」

 3人は無言で鬼に近付いていく。米呂院は少し後ろから、姿勢を低くして着いて来ていた。15mほどまで近付いた時、鬼が動いた。全員が同時に足を止める。鬼は右側のお尻をちょっと上げて、右手でお尻を掻いた。3人とも拍子抜けしてホッと息を吐いた。

 その時、人間の声が聞こえて、3人はハッとなって耳を澄ます。間違いなく、人間の女性の声だ。何を話しているのかまではわからないが、緊張感は感じられない。清明が不審そうに眉を顰める。

 「ハクシュン!」

 博正がくしゃみをした。ゆっくりとこちらを振り返った鬼は、不思議そうに首を傾げていたが、私が鬼丸を抜き払うと、素早く立ち上がった。巨体なのに、機敏だ。

 だが、最も速く反応したのは米呂院だった。猛ダッシュで鬼に向かうと、鬼に飛び掛かる。鬼は左手を挙げて攻撃を防ぐが、その腕をがっちり米呂院に咥えられてしまった。

 「あ、い、ででで!」

 鬼が手を振って米呂院を振り払おうとするが、米呂院は口を離さない。私はその向こうに、へたり込んで驚いた顔をしている女性を見つけた。あれが川島さんかも知れない。すぐに私も飛び出し、回り込むようにして女性の元へ向かう。

 「川島さん!?」

 私の問い掛けに、女性はハッとしたようにこちらを振り返る。

 「あの犬の飼い主ですか!? 離すように言って下さい!」

 意外過ぎる言葉に、さすがに私も驚いた。気を取り直して清明に米呂院を制止するように伝えると、ほどなく米呂院が口を離したが、引き続き低く警戒の唸りを発している。

 「おー、いでで。いぎなり、なにすんだ。」

 鬼が腕をさすりながら、そう言った。

 鬼の名は、『ばんどう』と言った。どういう字を書くのかは分からないが、母が人間の、鬼と人間のハーフであるらしい。鬼でも人でもない「ばんどう」は、他の鬼たちから蔑まれ、孤独な毎日を送っていたらしいが、たまたま通りがかりに川島さんを見つけ、母を思い出したそうである。川島さんの話によれば、寄って来た小さな鬼たちを追い払い、川島さんを守ってくれたそうだ。川島さんがお礼に差し出したお菓子がとても気に入ったようで、その後も川島さんの守護を買って出たという。清明がなぜ人界に帰さないのかを尋ねると、「ばんどう」は「おでには、できねんだ。」と寂しそうに首を振った。

 川島さんは疲労の色は濃かったが、どこもケガなどはしていないようだった。清明は元亀車を顕現させ、川島さんとばんどうを乗せると、自分も乗り込んだ。博正が御者席について元亀車を入って来た場所に移動させる。先ほど木炭で丸く囲った場所は、清明が短い呪文を唱えると、上空に淡く光を放ち始めた。あそこを目標に進めば、元の場所に帰ることができる、ということだ。

 私と米呂院は元亀車の左右で護衛の形をとる。鬼界の風景はいつものように殺風景で、ところどころに歪みがある。空は相変わらず気持ちの悪い赤色をしていた。時折遠くから、風に乗って太鼓のような音や、金属がこすれるような音が聞こえていたが、鬼は姿を現さなかった。

 元亀車は、遅々として進まない。牽いてるのが亀にしては速い方なのだろうが、私の歩く速度を落とさないとすぐに追い越してしまうことになる。それでもなんとか無事に印を付けた場所まで戻って来た。博正が元亀車の中に声を掛けると、川島さんとばんどうが降りてきた。

 「ここでお別れだ。さっき教えたのは、覚えてるな?」

 清明がばんどうに尋ねると、ばんどうは嬉しそうにうなずいた。

 「だいじょぶだ。なんだが、すまねぇなぁ。」

 「いいんだよ。川島さんを守ってくれたお礼だ。お願いしたことも、忘れずに頼むよ?無理はしなくていいけどな。」

 「わがった。おら、がんばってみっから。」

 ばんどうは、それから川島さんと別れの挨拶をして、何度もこちらを振り返りながら帰って行った。

 「さて、川島さんの方も、大丈夫ですよね?」

 「ええ、言われた通りにするわ。心配しないで。」

 清明は大きくうなずくと、不思議そうにやり取りを見つめていた私と博正には何も告げず、再び印を結んで鬼界を離れた。

 渡り廊下に戻ると、川島さんは喜びの歓声を上げた。

 「戻って来れた!本当に、いろいろありがとう!きちんとお礼がしたいけど、そうもいかないわね・・・。」

 「言いつけを守ってもらえれば、それが何よりのお礼です。」

 「そうね・・・じゃ、早速・・・。」

 そう言うと、川島さんは手にしていた一粒の丸薬を口に含んだ。1分もしないうちに、トロンとした顔つきになり、目は焦点を失ったように見える。清明が川島さんを渡り廊下に横たえると、大きめの付箋のような黄色の札を4枚取り出す。

 「鬼門清浄、四神臨機、六道金剛・・・。急急如律、令!」

 最後の掛け声で手から離された4枚の札が、ハラハラと地面に向かって落ちている途中で急激に浮かび上がり、それぞれの方向に分かれると、渡り廊下の四隅に貼り付き、やがて染み込むように見えなくなる。これでこの渡り廊下は封じられた。同じ封印が全員の家に施してある。何度かこの目で見ているので、清明から説明はなくても、それはわかった。

 「さ、帰ろう。詳しい話は帰ってからだ。」

 そういうと、清明は狭間の入り口を開き、私たちは清明の言うまま、帰路に着いた。


 博正のマンションに着くと、作戦が首尾よく成功を収めた喜びが湧き上がってきた。何より、一人でも無事に救えたのが大きい。ばんどうのおかげも多分にあるとは言え、上々のスタートを切ったと言えるだろう。

 「最初の作戦は、大成功ね!」

 「ほんとに、あそこまで順調に進むとは思ってもみなかったよ。ばんどうは想定外だったけど、いい方に想定外だったからな!」

 「僕は、何もしてないよ・・・。」

 「くしゃみしただろ!あれで全て始まったんだからな!」

 不満げな博正をしり目に、私たちは大笑いした。どうやら、米呂院のしっぽが顔を掠めたらしい。次こそ活躍して見せる、と意気込む博正に励ましの言葉を掛けた。

 「で、な。元亀車での話、伝えておくよ。」

 そう言って清明が話し始めた。

 まず、川島さんだ。川島さんには、ここ数日の記憶を消す薬を服用してもらったらしい。川島さんにとっても忘れたい記憶だから、むしろそうしたい、と言っていたそうだ。私たちとしても、鬼界での出来事などをあれこれ話されたら対応に困ることになるから、これはお互いにとってプラスになることだった。

 次に、ばんどうだが、元々は人界で生まれ、そこで育っていたが、子供の内はさておき、大きくなってくると周囲の人間にも恐れられるし、鬼に攫われただけの母までがひどい扱いをされるのに耐え兼ね、とある高僧に頼んで鬼界に落としてもらったのだと言う。ところが、鬼界は人界以上にひどいところで、いつも人界に戻りたい、と思っていたそうだが、他の鬼と違い、鬼界と人界の出入りを自由にできないばんどうは、それもできず、他の鬼から離れて孤独に暮らしていくしかなかったと言う。清明は、鬼界にまだ人間がいるかどうかを探って、可能なら川島と同じように守ってあげて欲しいと依頼し、お礼として狭間に出入りするための力をばんどうに与えたのだそうだ。

 「ばんどうがうまくやれるか、そもそも、もういないかも知れないが、情報交換のために時々狭間で会うことも約束したんだ。話し相手も欲しいだろうからな。」

 清明はそう言って、少し悲しそうな顔をした。中学時代の一時期、ひどいいじめを受けた経験のある清明は、ばんどうの境遇に自分の過去を重ねたようだった。人界でも鬼界でも、恐れられ、疎んじられる生涯、と言うのは、確かに察するに余りある。

 沈黙が、その場を満たした。


 朱点はいい知らせを受けた。それは、人界に潜り込ませた手下からもたらされた。とうとうあの男の係累を見つけ出すことに成功したのだ。忌々しいあの刀は既に向こうの手にある上、怪しげな術を使う男もいると言う。だが、以前のような失敗はしない。こちらも新しい若い体を手に入れた。完全に元の力を取り戻すことはできていないが、力の源ならいくらでも手に入れられる。それに、刀を無力化する策も巡らせてある。

あいつらは『狭間』に出入りする力もあると聞く。いつここに現れるか、知れたものではない。急がねばならない。急がねば。

朱点は・・・大江田統司は残忍な笑みを浮かべると、一番手近にいた鬼を捕らえ、頭からかぶりついた。



   火曜日(2週目)

 前日の夕方、まもなく6時という時間に、明日は通常登校という連絡が入った。私たちは次の作戦について話をしていたところだったが、朱点についての情報が得られていない状況では、さすがの清明でも有効な作戦は考え付かないようだった。

 今日の教室は、昨日の事件の噂があちこちで囁かれてはいたが、全体的に沈んだ様子だった。やはり学校を中心にこれだけ失踪者が出ている状況では、みんな心のどこかで漠然とした不安を感じているに違いない。何人かの生徒は、学校に来ていない。三浦先生の話によると、状況が落ち着くまで家庭学習に切り替えた保護者も少なくない、とのことだった。変わったことがもう一つ。校内の各所に私服警官や警備会社の人間が配置された。学校側の保護者への配慮、と言う意味合いもあるのだろう。

 臨時の全校集会が開かれ、校長から現在までの状況が知らさた。そこで、名前は伏せられていたが、川島さんが無事に保護され、今は病院で検査入院をしている旨が告げられた。

 次に、生徒会長の大江田さまが、他の生徒会役員とともに登壇した。いつものテキパキした動作は見られず、心なしかやつれているように見えた。公開捜査に切り替わったものの、未だ行方不明の生徒会書記、乙坂さんの心配をされているに違いない。

 「・・・皆さん・・・先ほど校長先生から、嬉しいニュースがもたらされましたが、生徒会で書記を務めてくれていた、乙坂純恋さんが、未だ見つかっていません・・・。警察の方も懸命に捜査を行ってくれていますが・・・。些細なことでも構いません、何か知っていることがあれば、教えて下さい・・・。もしも!もしも言い難いことがあるなら、匿名でも構いません!秘密は必ず守ります!・・・だから・・・どうか・・・。」

 大江田さまが泣いていらっしゃる。生徒会で苦楽を共にした同級生が行方不明というのは、やはり辛いのだろう。周囲にも、涙を拭っている生徒がいる。

 「・・・私は今日から、乙坂さんが見つかるまでの間、全ての休み時間と、放課後も午後6時まで、生徒会室で過ごします・・・。協力を、お願いします・・・。」

 それだけ言うと、副会長に支えられるようにして降壇する。

 その姿を見て、すすり泣きをする女子生徒が多くいた。私は悲しいというより、使命感に燃えていた。何としても早く乙坂さんを救い出して、大江田さまの笑顔を取り戻さなくてはならない。


 放課後、いつものように博正のマンションに集合するや否や、私は清明に詰め寄るようにして考えていたことを提案した。

 「ねえ、今日も鬼界に行かない?」

 博正は驚いたような顔をしたが、清明は呆れたように私を見た。

 「アイツに感化されたのかよ。闇雲に鬼界に行っても、余計な鬼の関心を引くだけだ。」

 「昨日は鬼に遭わなかったじゃない。気を付けて探せば、大丈夫じゃない?」

 「探すって、どこを?言っておくけど、鬼界の広さは人界の三十三倍、と伝えられてるんだぞ?」

 「でも!このままじゃ・・・」

 私はなおも食い下がろうとして、博正に制止された。

 「那津、さすがに無理だよ・・・。今は、我慢しよう。」

 それを聞いて、何かを言い掛けた清明も言葉を飲み込んだ。その様子を見ていた鬼丸が、心配そうに声を掛けてきた。

 「なんじゃ、お那津、少し落ち着け。今のところ、上手く行きすぎなくらい、上手くいっておる。焦りは禁物じゃ。」

 鬼丸にまで心配されてしまった。認めたくはないけど、清明の言ったとおりだ。明らかに大江田さまに感化されている。

 「ごめん・・・わかったよ・・・。」

 そう言うと、清明と博正は顔を見合わせた。

 「やけに、素直だな・・・まさか、一人で鬼界に行くつもりじゃないだろうな?」

 「ま、まさか!さすがにそれはないよ!心配しないで。」

 私は両手を胸の前で振って清明の発言を否定した。さすがにそれがどれほど危険なことかはわかる。こっちで一人で駅に行くのとはワケが違う。

 「・・・なら、いいんだ・・・。よし、じゃあこれからの動きについて、俺が考えてることを披露するよ。もう少し固まってからにしたかったけど、仕方ない。」

 そういうと、清明は父のノートパソコンを起動して、一枚の図面を呼び出した。

 「これは、渡り廊下を中心にして、鬼界での学校の敷地近辺を地図にしたものだ。真ん中の×印が渡り廊下、こっちの△印は、那津の父親と一緒に戦った場所だ。」

 そう言って、清明が図面の印のところをマウスのポインターで指し示した。図面には、他に大小の〇で囲まれた部分がいくつもある。

 「首飾りの式神の中に、『紅尾』という鳥の形の式神がいる。実は、そいつに鬼界を偵察させてる。この〇印の場所は、いずれも鬼の集落だったり、空間の歪みが強い場所だったり、建物や構造物がある場所だ。空間の歪みの強い場所、って言うのは、最近人界と繋がった可能性のある場所。で、これに学校の見取り図を重ねると・・・。」

 そういうと清明は透過処理した学校の見取り図を、×印と渡り廊下、△印と教室棟前の植え込みを合わせるようにして重ねた。

 「こうなる。ここと、ここ。教室棟の中央、ちょうどトイレのある辺りと、その斜め向かい側。ここは、3階が特別活動室、2階が生徒会室、1階が教育相談室に割り当てられている場所だ。」

 「すごいじゃない!探す場所がだいぶ絞り込めた。これなら・・。」

 私がそこまで言い掛けると、清明がそれを制するように話を被せる。

 「そんなに単純じゃない。いいか、渡り廊下と、ここ。ここは、川島さんをみつけた場所だ。渡り廊下からだと、直線距離にして約20mしか離れてない。だけど、俺たちはそんなにすぐに彼女を見つけたか?」

 「・・・確かに・・・結構、歩いたよね?」

 博正が考え込むようにして、そう言った。

 「そうだ。さっきも言ったが、鬼界は人界より広い。言い伝えは、ほぼ正確だった。計算すると、実際は約35倍くらいになる。教室の広さが80㎡として、35倍では2800㎡だ。わかりやすく言うと、いつも言ってるモールの敷地の、3倍の広さを探す必要がある、ってことだ。」

 3人は顔を見合わせた。確かに、すぐに探しに行ける広さではない。

 「だから、もう少し範囲を絞ってから言うつもりだったんだが、せっかちなのもいるしな。それに、あまり悠長にしてると、次の失踪事件が起こらないとも限らない。大変だが、やってみるか?」

 「もう少し範囲を狭めるのは、どうするつもりだったの?」

 「一つひとつ教室を当たるつもりだったよ。人界側の歪みを調べるつもりでいたんだ。だけど、博正のおかげで校内の移動がままならなくなったし、警察や警備員がそこら中にいるだろ?まあ、狭間を使えばいいんだが、さすがに昼間あれだけ人目のある場所で狭間に何度も出入りするのは、な。」

 「・・・しばらくは、この状態だろうね。それに、監視カメラも増えただろ?夜でも監視の目が光ってちゃ、夜に狭間を使うのも、安心はできないよね。」

 それで、決まりだった。私たちは、再び鬼界に潜行することになる。決行の日は、明日となった。それぞれの保護者に連絡を入れてもらい、3人とも当面の間、「自宅学習」に切り替えることにすれば、使える時間が増える。こういう時は、母の大学講師という職業が役に立つ。私の家で、母に勉強を見てもらう、という形にすれば学校側も納得するしかないだろう。


  水曜日(2週目)

 母が清明の親と話し、自宅学習の了解を得た。双方が学校に連絡を入れ、正式な許可が降りた。博正の方は簡単ではなかった。両親ともに演奏旅行でニューヨークに滞在中だということだったが、時差もあり、連絡が取れなかったのだ。ようやく連絡が着いた時には、すでにお昼を大きく過ぎた時間だった。博正は登校せず、私たちと一緒にいたが、その状態で鬼界に赴くこともできず、無為な時間が過ぎた。夕方の連絡を学校に入れた後、狭間でばんどうと会ったが、まだこれといった情報はなかった。だが、鬼界の広さやばんどうの鬼界での立場を考えると、無理をさせる訳にもいかない。

 こうしてその日は、終わりを迎えた。

「わたなべなつのおにたいじ」⑮
了。


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