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小説「わたなべなつのおにたいじ」⑩

 それから4人で、荷物を抱えて私の家に帰った。母は、博正の変貌ぶりに驚き、また博正も『巻き込まれた』と知って、暗い顔になった。
 
 「・・・そう・・・博正君まで・・・。」

 博正はそんな母を労わるように、『鬼祓』の話をし、これは自分の役目で、世界で僕よりこの役目に適した人間はいない、とまで言い切った。労わりが、いつの間にか自己陶酔に近い話に発展し、母も目を丸くしながら、笑っていた。
 私たちは、まず父のリュックを母に返し、あらためて事の経緯を伝えた。それから、清明が父のシステム手帳と大量の下書きノートを渡し、母からの職業上の意見を聞きたい、と伝える。
 母がシステム手帳を開いた。すぐに食い入るように読み始め、やがて自分の部屋からノートと筆記具を持ってくると、無言で何かメモを取りながら、またシステム手帳を読み込む作業に戻る。いつもはおどけているか、不機嫌な顔をしているかの母が、時に真剣に、時に笑みを浮かべながら、システム手帳に向かい合っている。まるで、父と会話してるみたい。
 私たちは母の邪魔にならないよう、ダイニングに移り、小声で取り留めのない話をして過ごした。主に、今後の学校生活についての話題だったような気がするが、実はあんまり覚えてない。母の様子が気になって、仕方がなかった。
 あっという間に時間が経ち、気付けば時計は午後6時を示していた。
 
 「ピザでも頼もうか?」
 
 私はそう提案して、スマホを開く。母の集中力は、まだ衰えを見せていない。むしろ、どんどんのめり込んでいるような雰囲気さえある。
 宅配ピザが届いても、それを食べ終わっても、母はまだ顔を上げようとしない。お腹が満たされた博正と鬼丸は、テーブルに突っ伏して寝息を立てている。
 時計がまもなく午後10時を示すころ、ようやく母が顔を上げ、思い切り伸びをした。時計を見て、自分でも驚いているようだった。
 
 「ごめんなさい!夢中になっちゃって!」
 その声で、博正と鬼丸が目覚めた。私と清明は、リビングに戻る。
 
 「疲れてない?大丈夫?」
 
 私が母に問い掛けると、母は笑顔で首を振った。
 
 「大丈夫。とても興味深い内容だった・・・。さすがは、伊織さんね。」
 
 母は感慨深げにうなずくと、人文学者としての母の意見を披露した。驚いたことに、概ね清明が読み解き、推測した内容と同じだった。

 「確かに、朱点という鬼が卑弥呼と深い関りを持っていた可能性を強く示唆してるわね。でも、残念だけどこれをこのまま学会に持ち込むことはできない。そのためにはまず、鬼の存在を科学的に証明しなければならないから。そんなことは、まず無理でしょ?」

 「・・・そうですよね・・・。歴史に確かに足跡は残しているけど、物的証拠が何一つない、って言うのが・・・。」
 清明は、母の発言を予想していたようだ。

 「その、学会で、鬼丸を見せたらどう?」
 私は大真面目に言ったつもりだったが、母も清明も、それを笑顔で否定した。

 「そう簡単じゃない。手品か何かと思われるのが関の山だよ。」

 「そうね。科学的に解明する、って言うのは、いわば人間ができる限りの検査をして原理を解明する、っていう側面があるの。鬼丸がバラバラにされて、一部を削られて成分分析されて、結果は『不明』で終わりよ。謎は謎のまま、次の世代に託される。そしてこの件は闇に葬られる。」

 「なんでよ?」

 「あのね、およそ学者なんて生き物は、『わからない』が一番不名誉なことだと感じるものなの。自分の能力の限界を目の当たりにするからでしょうね。そんなことが世の中に知らされるくらいなら、積極的に隠そうとするわ。『まだ検査中』で、いつまでも時間を掛けられて、終わりよ。」 

 「えー、なんか汚くない?」

 「そんなもんなのよ。世の中。まあ、今は少し変わって来てはいるけど、そもそも研究のためのお金を出す人がいない研究は、誰もやりたがらない。途中で研究を終わらせなくちゃならないし、そうなったら、途端に職を失うのよ?」 

 「結局、お金なんだ?」

 「それだけじゃない。時の施政者って言うのは、『こういう話題』が嫌いなんだよ。世界が危ない、とか危機が迫ってる、とか、そういう治世を脅かす話題が。しかも、それが『わからない』とくれば、自分の無能を曝すだけだからな。宇宙人だって幽霊だって、そうだろ?昔から存在が囁かれてるのに、誰も積極的に解明しようなんて思わない。そういうことを言う人を、奇人変人扱いにして面白おかしくバラエティにすることはあっても、学術的な研究なんて誰もしない。もう片方で、神や仏は積極的に研究されてるし、政治に取り入れてくる。どっちも形のない『わからない』ものなのに、だぜ?要は、金と大衆の支持を得られるか。それだけなんだよ。政治も研究も。」

 清明は不満そうにそう言い捨てると、ソファに身を投げ出すようにした。

 「・・・耳が痛いわね。でも、清明君の言う通りよ。結局、人間は自分が信じたい物しか信じない生き物なの。それ以外のことは、耳にフタをするか、露骨に反対するか、このどちらか、なのよ。だから、那津の意見は、残念だけど却下ね。」

 私は大いに不満だったが、そういう大人たちに鬼丸をいいようにされるのはもっと気に食わない。そんな大人を全員鬼界に連れていってやりたい。あの巨大な鬼を前にして、それでも科学がどうの、とか言えるのだろうか。

 「ところで、清明君、春先に奈良で巨大蛇行剣が出土した話、知ってる?」

 「・・・いえ、知りませんでした。」

 「そう・・・奈良の、富雄丸山古墳という、おそらく4世紀後半頃の古墳から、長さが2mを超える巨大な鉄剣が出土したのよ。」

 「2m・・・。」

 「ええ、正確には、確か2.36mだと思ったわ。もちろん、用途も誰の物かも不明なんだけど・・・。これって、何か匂わない?」

 「・・・。」

 「その頃の日本で、鉄の剣はいわば最新鋭の武器なのよ。何かの儀式用にしても、贅沢過ぎる気がするの。でも、人間が使いこなせる長さじゃない。重さだって相当のものだと思うし・・・。普通の剣は、大抵身長の半分以下だから、武器として使ったとすると、およそ5mの身長のある人物じゃないと、使いこなせない、ってことになる・・・。」

 「・・・5m・・・酒呑童子や茨木童子の描写が、ちょうどそのくらいですよね?」

 「でしょ?偶然かも知れないけど、見方によっては偶然にしても話が出来過ぎてる気もする。それにね・・・。」

 「・・・それに?」

 「一緒に出土した木棺の長さが5mくらいなのよ。中身は空だったけど。そして、ここからは未発表の部分なんだけど、一緒に角の生えた大きな埴輪が出土しているの。いわゆる一般的なたくさんの埴輪に取り囲まれるようにして。」

 そういうと、母はじっと清明を見つめた。全員が固唾を飲んで清明を見つめる中、清明はあごを手で撫でながら、沈思していたが、やがて口を開く。

 「・・・もしかしたら、それは鬼の墓かも知れない、と?」

 母は強くうなずくと、話を続けた。

 「ここからは、私の推論。私はね、卑弥呼は朱点を鬼道の術によって使役していた、と捉えているの。つまり、朱点の意に反して、術の力で言うことを聞かせていた、ということね。朱点は卑弥呼の死によって自由になり、人間に復讐を始めた。それが原因の一つとなり、いわゆる『空白の150年』が生まれた。そもそも人間は、その時に絶滅寸前まで追い込まれたんじゃないかと、私は思ってる。そして、大陸から新たな人間が日本にやってくる。隣国で猛威を奮っていて、いつ自分たちの国に飛び火するかを恐れた時の権力者が、朱点を倒すために送り込んだのかも知れない。実際、空白の150年が経過すると、日本の技術レベルはそれまでとまったく違う物に進化しているのは事実だから、何かはあったはずなのよ。」

 「それが、朱点の暴走によるものだと?」

 「ええ。そして、朱点は倒された。倒した人間は、朱点が二度と暴れないように、その霊を慰めるために、王並みの墓を準備して埋葬した。彼の武器と共に。それが、富雄丸山古墳なんじゃないか、と。」

 「・・・筋は、通ってますよね。時系列的な裏付けと言えるものも、ある。」

 「私もそう思うわ。もちろんこれだけじゃ断定することはできないけど、自分でもかなり的を得ている、とは思ってる・・・。ところが、よ。朱点は蘇ってる。もしかしたら完全に葬るには、『ただ倒すだけ』では、ダメなのかも知れない。考えてみれば、朱点が絡んでると考えるに不思議でない鬼の事例が、いくつもあるのよ。たとえば役小角の逸話とか、藤原京の鬼、その後も平安、鎌倉・・・実に昭和や平成にまで、『もしかして』と思うような事件がたくさんある。いちいち挙げていたら、それこそキリがないくらいに。」

 「実は僕も、その辺りは近いうちに調べよう、と思ってたところなんです。時代を遡れば『鬼』は、今でいう祟りとか物の怪とか妖怪なんかと混同されてることが多いんですが、戦国時代辺りからそれが今のような形に細分化されつつあるんですよね。でも、逆にそういった物の怪や妖怪の類の中にも、いわゆる『鬼』と捉えられる描写はいくつもあるんです。もちろん、盗賊や漂着した外人、いわゆる人由来の鬼もたくさんあるんですけど・・・。」

 「・・・そういう話題に、朱点が隠れて紛れてる、ということね?」

 「そうです。少なくても江戸時代辺りから今までの、地方はともかく首都圏で起こった出来事なんかは、その時代ですら鬼の仕業、なんて言ったら『馬鹿げてる』で終わっちゃってることが多いんです。科学が発展するにつれて、その傾向は強くなってる。これはむしろ、朱点が隠れるのには好都合なんじゃないか、と。そこに、何かを見出せないかな、と考えてて。」

 「・・・その視点は、間違えてないと思うわ。そっちの方は、私が調べてみる。大学には資料も豊富だし、ネットワークもあるしね。それと・・・話のついでで言っちゃうんだけど、防水バッグに入った古文書の類、あれの取り扱いを間違えなかったのは、さすがだわ。おそらく空気に触れただけでバラバラになっちゃうような代物もあると思う。それで、あの一連の資料は、大学で調べたいの。防水バッグのままで中身を透視することができる装置があるのよ。」

 私は、二人の話にまったくついていくことができないでいた。博正と鬼丸はとっくに諦めていたようだが、これは私も諦めざるを得ない。あとで清明から簡潔にまとめてもらおう。と言うか、この類は清明と母に完全にお任せした方がいいかも知れない。

 「実は、それを期待していたんですが・・・大丈夫ですか?」

 「・・・手伝ってくれそうな研究員を知ってるのよ。もちろん、中身を見たら即バレるでしょうけど、この際、その辺りのリスクは止むを得ないわ。娘のためなら、塀の向こうでも・・・。」

 お任せしよう、と思って気を抜いたとたんに、なんだかキナ臭い話になってきた。

 「・・・ねぇ・・・それって、どういうこと?」

 私の問いに、母も清明も意味ありげに見つめ合うだけで、答えようとしない。私も負けじと、交互に二人を見つめる。やがて根負けした清明が、重い口を開いた。

 「・・・あの、防水バッグの古文書な・・・いや、スーツケースの中身ほとんど全部と言っていいんだけど・・・。」

 そこで言い淀んだ清明に、無言でプレッシャーを掛ける。どういうことかはわからないが、父に続いて、私のために母まで何かあるなんて、とんでもないことだ。

 「・・・盗まれた物なんだよ。色んな博物館やら、資料館やら、大学やら、日本中から集められた、盗品の山なんだ・・・。」

 「えーーーーっ!」

 私の声に、博正や鬼丸まで飛び上がるように反応した。

 「つまり、お父さんが盗み出した物、ってこと?」

 「・・・まあ、そうなるのかな。実際はわからないけど、少なくても容疑者の一人であることは、間違いなさそうだ。」

 「ダメよ!ダメダメ!そんな危ない事、お母さんにさせられない!」

 「那津!落ち着いて!事が片付いたら、必ず元の場所にお返しするわ。それまで、ちょっとお借りするだけよ。いい?今のあなたたちには、恐らく必要になるものだからこそ、お父さんが盗み出した物なの。正式な手順で申し込んだって、簡単には借りられないものばかりなのよ!いえ、どんなに頼んだって、貸してくれるわけがないものばかり、と言った方が正しいかも知れない。それくらいの物よ。どうせ、中身の研究なんかしないで飾っておくか締まっておくかだけの物なら、有効に活用した方がいいわ。それに、私もみんなも完璧なアリバイがある。見つかったところで、裁判で有罪になんてできっこないわ。」

 そう言われれば、そんな気もする。私たちは持ってるだけで、盗み出した訳ではない。父にしたところで、社会的には故人なのだから、そもそも犯罪を行えないのだ。

 「・・・ほんとに?」

 それでも、私は念を押した。

 「ほんとよ!ほんと。ごめんなさい、私がつまらない例えをしちゃったもんだから。とにかく、そういうわけだから、防水バッグの中身は私が預かるわ。その他の品物はそれぞれあなたたちが持っていて。でも、見せびらかしたりしちゃ、ダメよ?」

 その話は、それで終わりだった。時間も時間なので、今日は解散しようということになった。その間、品物は全て家で保管する。今日はみんながゆっくり休んで、明日はお昼くらいから集まって、ノートパソコンをメインに調べることにして、解散した。
 二人を見送ってリビングに戻ると、母がまたシステム手帳と下書きノートに目を走らせている。さっきと違うのは、片手に琥珀色の液体が入ったグラスを持っていること。母がお酒を飲んでいるところを見るのは、これが初めてだった。

 「珍しい。お酒飲んでるの?」

 「ん?・・・ええ、これは、お父さんがよく飲んでたウイスキーなの。なんか、いろいろ思い出しちゃって、まあ、私なりの供養かな。」

 「そっか。じゃあ、邪魔しないように、上に上がるね。二人で、ごゆっくり。」

 「・・・ありがと。娘に気を遣わせちゃって、悪いわね。」

 そう言いながらも、母はまんざらでもない様子だった。私はサッとシャワーを浴びて、二階に戻る。鬼丸は、すでに床に長々と伸びて、寝息を立てていた。寝顔はまるっきり子供のそれで、これが刀の精だとはとても思えない。

 「・・・おやすみ。」

 私は鬼丸にそっと毛布を掛け、ベッドに横になった。この三日間、あまりにもいろいろなことがあり過ぎて、ヘトヘトなはずなのに、うまく寝付けず、真っ暗な部屋で一人悶々と天井を見上げていた。ふと、自分の手の甲を見ると、まだ稲妻のような蚯蚓腫れの跡が残っている。もしかして、一生このままなのかな、などと考えてるうちに、いつの間にか眠りに落ちていた。

 翌朝、自然に目が覚めた時は、すでに11時を回っていた。こんなに長い時間、ぐっすりと寝たのは、いつぶりのことだろう。鬼丸はすでに起きていて、床で旅行雑誌を眺めているところだった。

 「おはよ。」

 鬼丸に声を掛けると、鬼丸も立ち上がって伸びをした。

 「よう眠れたようじゃの。なによりじゃ。」

 軽く身支度をして、階下に降りると、リビングに清明と博正がもう来ていた。

 「よ、朝飯買って来たから、みんなで食おうと思ってさ。」

 清明がそう言って、紙袋を差し上げる。

 「早かったね。ゆっくり休めたの?」

 私の問い掛けに、清明は興奮して眠れなかったと答え、博正はいつも通りのルーティンをこなしてきた、と答えた。
 二人が買って来たハンバーガーを頬張りながら、それぞれ集めた情報を披露してくれた。博正は龍笛について、基本的なことを調べていた。雅楽における管楽器の中で、一番古い歴史を持ち、オクターブも広く、メインのメロディを奏でることもあればベースラインを固めることもある、万能楽器ということらしい。その後も専門的な音楽用語を使ってあれこれ説明してくれたが、私にはどれもよく理解することができなかった。
 清明は昨日の母の推測を裏付ける調べ物をして、ますますその説が有力と思える伝承や逸話をいくつか披露してくれたほか、学校で失踪した二人のことについても調べようとしたが、そもそも事件性はない、ということで終わりになっているらしい。単に仕事を放棄してどこかへ行ってしまっただけ、で片付けられており、報道も数社が小さく取り上げているだけだったということだ。
 こうやって、未解決事件として片付けられている事件の中に、おそらくたくさんの鬼の関与した事件があるんだろう、と清明は話を締めくくった。これも、昨夜の説を裏付ける一つの証拠だ、と。
 その後、母も合流してノートパソコンの調査を始めたが、目新しい情報はなく、システム手帳の情報を補強する図面や写真、地図などが多く見つかった。また、『借りて来た物』についての入手先やその後の動きが一覧になっており、用事が済めば、父がその品物を返すつもりであったことがわかった。

 「ノートパソコンは写真や地図のデータ保管の用途で使われてたみたいね。」

 ノートパソコンを閉じながら、母がそう言った。その時、ほぼ同時に3人のスマホから通知音が聞こえ、学校が明日から平常通りに登校するように呼び掛けていた。

 「そういえば、明日からはどうするの?」

 私は清明と博正に質問し、話をすり合わせておこうと考えたのだった。

 「僕は、まず登校してみないと、なんとも言えない。クラスがどうなるかの問題もあるし。でも、基本的には今までと同じ行動を取りつつ、情報を集めるしか、ないんじゃない?」

 博正はどのクラスになるか、まだ不明だった。私や清明と同じクラスになるかどうかは、四分の一の確率だった。

 「鬼丸は、どうする?」

 清明が言った。いつものように刀にしてスポーツバッグに入れていくことはできるが、ごくまれに所持品検査もあるし、教室移動のある授業などでは、スポーツバッグを持っていくことはできない。
 しかし、今までのことを考えると、『鬼と学校には何かのつながりがある』と判断するのが賢明な気がする。できれば、いつでも戦えるようにしておきたい。では、どうするか?

 「鬼丸、何か、手立てはないの?」

 鬼丸は口をモグモグさせながら、不思議そうな顔でこちらを見た。

 「いきなりなんじゃ。なんの手立てだ?」

 そうだった。私の考えてること全てが鬼丸に通じる訳ではないんだった。付き合いは短いけれど、ずっと一緒にいるような感覚があって、勝手になんでも通じると誤解してしまった。

 「明日から学校なんだけど、人のあなたを連れてはいけないし、刀も常に身に着けているワケにはいかないのよ。でも、今までのことを考えれば、また学校に鬼が現れるかも知れないから、近くにいて欲しいんだけど、何か方法はない?」

 わざとらしくクドクド説明してみる。

 「そういうことか。ならば、「学校」の間、儂は『狭間』に居るようにしよう。」

 「狭間?」

 「その名の通り、人界と鬼界の間のことじゃ。まあ、風景なんかは人の世界なんじゃが、迷い込んで来ない限り、人も鬼もおらんからな。そこで那津の近くにおれば、いいじゃろ。」

 当たり前のように言っているが、何のことか、よくわからない。たぶん、そんな顔をしたんだろう。察した清明が助け舟を出してくれる。伊達に鬼丸より付き合いが長い訳ではない。

 「そこから那津がどこにいるか、わかるのか?出入りはどうする?」

 「儂は、人でもないし鬼でもない。いわば、儂こそが『狭間の存在』なんじゃよ。つまり、狭間こそ、儂の世界というわけじゃ。抜かりなく、大丈夫じゃ。」

 鬼丸は面倒くさそうにそう言った。清明の質問に答えているようで、答えていない気もする。

 「・・・質問に答えてねーよ。でも、大丈夫なんだな?」

 清明も同じように考えたようだった。

 「うむ。いざと言う時は、名を呼んでくれればそれでよい。すぐに人界に戻ってくるわい。」

 「よし、じゃあ鬼丸問題は解決だな。あとは、極力目立たないようにすることと、できるだけ単独行動は控えるようにするくらいのことじゃないか?今のところ、他に打つ手がない。・・・それと、おばさんには古文書の解読をお願いします・・・。お手伝いできること、ありますか?」

 「大丈夫よ。と言っても、日中に堂々と、という訳にもいかないから、作業は夕方から夜に掛けて、ということになるわね。明日からしばらく、帰りが遅くなるから、そのつもりでね。」

 私は母に十分気を付けるように伝え、お互いにこまめに連絡を取ることを約束した。
 その後、私たちは全ての荷物を博正のマンションに移すことにした。留守中に万が一のことがあってはいけない。その点、博正のマンションなら、家よりは安心と言える。
 それから、みんなで気分転換にモールにあるゲームセンターを訪れた。清明と博正は久しぶりに格闘ゲームで対戦し、みんなで車のゲームで遊んだ。鬼丸はダーツに興味を持ったようで、清明の指導を受けながらダーツを投げてみると、これがなかなか上手だった。

 「なんのことはない、『礫打ち』と一緒じゃな。投げるのが石か手矢の違いだけで。いつの時代も、子供は何かを投げるのが好きなようじゃな!」

 そう言いながらも、実は自分が一番大はしゃぎで、一投ごとに大袈裟に喜ぶ様子は、どっちが子供だか、わからないくらいだった。それにしても、昔の子供は河原で石を投げ合って遊んだらしい。雪合戦ならぬ、石合戦だ。そんな物騒な時代に生まれなくて良かった、と心から思った。


「わたなべなつのおにたいじ」⑩
了。


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