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小説「わたなべなつのおにたいじ」⑯

  木曜日(2週目)

 一日余計に掛かってしまったが、ようやく3人が自由に行動できる時間ができた。この日は清明の提案で、首飾りの式神を全員で確認する機会にした。清明は当然ある程度は理解しているが、私たちが敵味方の判別ができないと、困る。それに、清明自身もその能力について、実際にこの目で見てみたい、と考えたらしい。

 狭間に着くと、清明が首飾りから勾玉を外し、次々と顕現させていく。すぐに8体の式神が狭間に姿を現した。元亀車と米呂院はすでに知っていたので、自由にさせておいた。最初に目を引いたのは、とても大きなムカデだった。全長20mはあるに違いない。小さいと気持ち悪いが、こんなに大きいとそこまででもない。全体的に金属的な銀色の身体で、頭以外は給湯器なんかに付いてる金属のホースとあんまり変わらない。

 「こいつは『アダタラ』見た通り、ムカデだ。地面を掘り進むのが得意で、口から溶解液を吐く。」

 次は、薄いブルーの裾の長い着物を着た、とても美しい女性と、その後ろに隠れてこっちを見ている小さな女の子。

 「『奥入瀬』と、陰に隠れてるのが『つむじ』だ。奥入瀬は水の精で、水を使っていろんなことができる。つむじは子天狗だ。一応、風と雷を扱うんだが、今のところ戦力として計算はできないな。」

 「戦力として計算できないような女の子が、どうして式神になったんだろ?」

 博正が相変わらず不躾な質問をする。本人を目の前にして。

 「むーーーーっ!」

 つむじはそう言うと、手にした葉っぱを博正に向かって突きつけた。博正の足元に旋風が巻き起こり、宙に浮いたかと思うと、見事に転ばされた。それを見たつむじがぴょんぴょん飛び跳ねて笑い転げている。確かに、これでは鬼を倒すと言うより、せいぜい怒らせるくらいしかできなさそうだった。清明は呆れたようにして、次の式神の紹介に移る。

 「この、いかにも強そうなのが女阿修羅の『ゼルマ』だ。最初の古文書に登場した、あの鬼の末裔だそうだ。見た通り、6本の武器で攻撃をする。炎の化身でもあって、口から火の玉を吐くこともできる。」

 「ヤドブ・ウープセン・ゼルマダ」

 ゼルマと呼ばれたその女性は、そう言うと清明の前にひざまずいて恭しく礼をした。

 「今のは、『ゼルマです、よろしくお願いします』みたいな意味だ。」

 清明が翻訳してくれた。見た目よりかなり礼儀正しい。そして、その隣にいる鳥みたいなのが『紅尾』だろう。大きさはそれほどでもないが、一本しかない脚と、翼を支える腕は太くてかなりの筋肉質だ。幅の広い長い尾は、燃えるような紅色だった。見たままを名前にしたようだ。異質なのは頭で、鳥にしては非常に大きく、顔の中央に大きな一つ目があり、その下に申し訳程度の嘴が付いていた。

 「そして、これが『紅尾』。飛行能力が高い。視覚と聴覚に優れていて、俺はこいつで鬼界を偵察していたんだ。」

 紅尾が「クルルル」と鳴いた。見た目とは裏腹の、とても可愛らしい声だった。  

 「そして、最後が・・・」

 先ほどから、清明に首をすり寄せるようにしてピッタリくっついて離れない。かなり懐かれているようだ。大きさも体もポニーに似ているが、青みがかった白い色で、たてがみや尾は様々な種類の青色だ。頭に、黒地に赤の模様が入った角が二本、羊の角のように丸まって生えている。

 「名前がなかったんだ。古文書によると『稚児麒麟』となってるんだが、呼びにくいから『あおすけ』にした。空間を走ることができる。そしてその声が、かなり特殊だ。」

 清明はあおすけの下あごを撫でていたが、その手を止め、何事かを語りかける。あおすけオオカミが遠吠えする時のように顔を高々と上げた。

 「ひゅ、きょーーーーーん!」

 とても細くて、高い声だ。いや、高いなんて生易しいもんじゃない。高過ぎる。

 「すごいよな?ほんの囁き程度でこれだぜ?本気で吠えると、岩は粉々に砕け、水は煙になるそうだ。大人になると千里四方に響き渡るってさ。」

 その声に、博正のスイッチが入った。やにわに鬼祓を取り出し、あおすけに負けない細くて高い音を奏でる。あおすけが不機嫌そうに首を上下に振って、足を踏みかえた。まるで今にも突進して来そうな動きに見えた。

 「ちょ!博正!」

 私は博正の袖を引いて、笛を口から離させた。博正も理解したのか、挑発的な高音を出すのは止め、陽気な曲を吹き始めた。あおすけは不思議そうに博正を見ている。反応を見せたのは、奥入瀬とつむじだった。特に、つむじはうっとりしたような表情で博正を見ている。人とか天狗とか、関係ない。あれは恋する女の子の顔だ。

 その後、清明が土鬼を出して、それぞれがいわゆる「必殺技」を繰り出して見せた。さすがに安倍晴明の式神、言うだけのことはありそうだった。

 それ以外にも、清明は様々な能力テストのようなことを繰り返し、それぞれの得手不得手の掌握に努めていた。スピードは米呂院、力はアダタラ、物理的な攻撃力ならゼルマの独壇場だ。それに、紅尾もかなりの力を持っていた。倍以上の大きさの元亀車を軽々と持ち上げ、いつもと変わらない様子で飛行して見せた。奥入瀬の優雅な舞は水の礫を高速で飛ばし、袖を振れば、それが薄く広がって攻撃を防ぐ役割をした。あおすけとつむじについては良くわからなかったが、他の式神にはない「かわいさ」があった。役に立つかどうかは別として。

 心強い味方が、また増えた。結局一日を費やしたが、私たちはより一層、自信を深めることができた。

「ちなみに、日本語は話せないけど、言っていることは理解するから、言葉には気を付けろよ?」
 
式神を勾玉に戻し終えた清明がニヤニヤと博正を見ながら言った。

 「遅いよ!」

 博正の抗議の声が、狭間に響いた。


金曜日(2週目)

 その知らせは、早朝にもたらされた。危惧していた、新たな失踪者が出てしまった。しかも、今度は一度に7人も。そのうちの一人は、大江田さまだった。

 母が博正のマンションから自宅学習の定時連絡を入れた際、応対に出た教師からその旨を伝えられ、詳細はのちほど一斉メールでお知らせする、と言われたそうだ。

 既に集合していた私たちは、顔を見合わせた。

 「しまった・・・まさか、こんなにすぐに・・・。」

 清明は、拳をテーブルに叩きつけた。

 「しかも、今度は7人も・・・。」

博正も唇を噛んで悔しがる。私は、半ば放心状態だった。何を話したらいいのか、わからなかった。

「場所は、どこなんだろうな?」

「一度に7人かな?それとも、何回かに分けて?」

清明と博正が、それぞれ疑問に思ったことを口にする。状況が不明なのがもどかしい。

「よし!まずは状況を確かめよう!」

清明はそう言うと、出掛ける支度を開始した。

「どこに、行くの?」

私はようやく、それだけを口に出すことができた。母が私を気遣い、肩を抱いてくれている。

「狭間から学校に行ってくる。式神で集められるだけ情報を集めてみる。」

「僕も行くよ!」

「いや、博正はここにいて、那津の様子を見ていてくれ。絶対に一人でどこかに行かせるな。鬼丸も、頼むぞ。俺が戻って来るまでは、ここから動くなよ。」

「この状況で、一人で行くのかよ!さすがに無茶だろ!」

珍しく、博正が声を荒げた。その時、玄関のチャイムが鳴った。博正がインターホン越しに応対に出ると、来客は湯浅さんと上椙さんだった。どうやら、母から私たちの状況を聞き、激励に来たようだった。ピリピリした雰囲気に面食らった様子だったが、母から状況を説明されると、さすがに慌てたようだった。

「それなら、私たちが清明君に着いていくわ。と言っても、その狭間とやらには、できることなら入りたくはないけど、千英の車を前進基地にすれば・・・。」

 湯浅さんの提案はこうだ。上椙さんの車は古いアメリカのバンタイプで、荷室はかなり大きいらしい。その車で学校の近くで待機しておいて、そこから狭間を経由して校内に出入りすれば、人目に付かないからいろいろと便利だろうし、いざと言う時の連絡や救援も、一人よりはいいだろう、と言うのだ。

 清明はその提案を受け入れ、学校の近くで待機してもらうことにした。

 

 湯浅さんは、学校のちょうど裏にあるコンビニに車を停めた。運転手が乗っている状態なら、しばらくは大丈夫だろう。上椙さんの車の後部は、まるで映画に出てくる諜報機関のバンのようだった。中央部の両側は大型のパソコンと複数のモニターが置かれたコンソール、左側には様々な通信装置や金網で囲まれたガンラックまである。

 「へへ、驚いた? 私のささやかな趣味なんだ。サバゲーとのぞき。」

 なるほど、壁の一角にSWAT装備に身を包んだ湯浅さんと上椙さんの写真が貼ってあった。

 「私はここで警察無線をモニターしてみるよ。あ、これ内緒ね。」

 「上椙さん・・・もしかして、ハッキングとかもできます?」

 「え・・・まあ、できなくはないけど・・・。」

 「じゃあ、学校のパソコンに入って生徒名簿、調べてもらえますか?」

 「なんだ、警察のサーバーに忍び込めとか言われるのかと思ったよ。それなら、余裕。」

 「じゃあ、お願いします。できれば教員名簿も手に入れたいです。」

 上椙さんはうなずくと、コンソールに座って作業を始めた。

 「気を付けて行って来てね。何かあれば、これで。」

 そういうと、湯浅さんが無線機とスマホを手渡してくれた。

 「跡が残らない特殊なスマホなの。カメラを起動したまま置いてくれば、継続的に情報取れると思うよ。」

 ウィンクされた。これも内緒と言うことなのだろう。那津の母親からは大学院生と聞いていたが、どちらもタダモノではなさそうだ。

 バン後部の荷室エリアに移動し、そこから狭間に入る。目指すは教員室だ。

 

 無人の校長室で人界に戻り、細目にドアを開けて教員室の様子を探る。教員室は大騒ぎになっていた。見慣れない人間も多数いる。おそらく警察関係者や警備会社の人間も混ざっているのだろう。馴染みの顔は、校長までが電話対応をしていたが、取り切れない電話がいつまでも着信を知らせ続けている。ここでは、目指す情報を得られそうにない。

 また狭間に入り、廊下に出る。時々人界に戻って様子を窺いながら、警察官の動きを追っていった。ビンゴ。生徒会室に警察官が多く集まっている。鑑識作業をしている警察官も多数いる。失踪現場はここで間違いない。生徒会長の失踪とも、紅尾の情報とも合致している。あとは、失踪した生徒の情報だ。この規模の事件なら、校内のどこかに現地指揮所が作られていておかしくない。そこでなら、目当ての情報が手に入るだろう。

 また狭間を出入りしながら、その場所を探す。こうやって歩いてみると、学校も意外に広い。しばらくあちこち歩き回って、ようやく場所を突き止めた。教員室の隣の進路支援室だった。この時期ならほぼ使うこともないから選ばれたのだろう。タイミングよく、無人だった。ドアは施錠されているから、少しは時間があるはずだ。

 布の掛けられたホワイトボードに、失踪者の名前と関係性が写真入りで貼り付けられている。写真を見て、驚いた。生徒会長の他にも、『知っている』人間が失踪していた。布を捲って自分のスマホで写真を数枚撮り、布を元に戻した。他に何か情報がないか机を探してみたが、その他の情報はどこかにしまってあるのか、メモの類すら見つからず、整然としていた。置かれているパソコンは2台、管理番号を写真に撮る。

 湯浅さんから手渡されたスマホを設置するなら、ここが適所だと思った。周囲を見回すと、キャビネットの上に積まれた段ボールに目が行った。少し遠目にはなるが、全体を見渡すことができそうだ。位置を合わせ、机のボールペンで、段ボールに不自然に見えないように穴を開けた。レンズを穴に合わせ、セットしてみる。よし、外からは中のレンズは見えない。無線機のスイッチを入れ、小声で連絡を入れる。

 「こちら清明。スマホをセットしたんですが、そちらから確認できますか?」

 「こちらYU。映像を確認した。状態良好。」

 簡潔明瞭な無線通話だった。声からすると湯浅さんのようだが、いつもの柔らかな感じのない、無機的な声だった。

 これで、学校で欲しい情報は集まった。


 上椙さんのバンに戻ると、湯浅さんが水のボトルを渡してくれた。飲み始めるとほとんど一気に飲み干した。自分でも気が付いていなかったが、緊張で相当喉が渇いていたようだった。

 「お疲れ様。首尾は上々みたいね。」

 湯浅さんがモニターの一つを指差した。さっき設置したスマホからのものと思われる映像が映っている。既に録画も開始されていた。上椙さんは未だコンソールに向かい、軽快にキーボードを叩いていた。口からチュッパチャップスの棒がのぞいていて、口の中のキャンディの動きに合わせて上下に動いている。

 「もう少し・・・待って・・・ね・・・とっ!」

 最後の『とっ!』と同時にリターンキーをひと際大きな音で叩くと、モニターにエクセルデータが表示された。中身は、生徒名簿だった。別タグに年別の教員名簿もあるようだ。上椙さんはデータをダウンロードすると、接続を切った。

 「よし。ここでやれることは、おしまい?」

 「そうですね。戻りましょう。急いだ方が良さそうです。」

 帰りのハンドルは上椙さんが握った。マンションまではすぐだったが、なかなかスリリングなドライブだった。


「わたなべなつのおにたいじ」⑯
了。


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