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令和のカルト・陰謀論をモデルにした作品3選

年の終わりが迫っています。お正月の過ごし方は様々ですが、ゆっくり読書という方も多いのではないかと思います。今回は、今年発表されたある3つの作品をご紹介したいと思います。

3作はいずれも、実在する陰謀論やカルト集団がモデルとなっているという共通点があります。そういう作品は古今東西に数多ありますが、3作に特筆すべきなのは、いずれも令和のトレンドたる最新の話題を取り扱っている点です。

皆様の年はじめの選択肢に、ぜひともご一考頂きたく思います。


令和のカルト・陰謀論をモデルにした作品3選

魚豊『ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ』(Qアノン、神真都Q?)

小学館のアプリ「マンガワン」で連載中の漫画作品です。作者は、来年アニメ放送が予定されている大ヒット作品『チ。 -地球の運動について-』の作者の魚豊

冒頭、いきなり死体の転がる中で銃を携えながらピザを食べる初老の男性が描かれます。このコマでピンとくる人は間違いなくウォッチャーです。

次の頁からは、一見それとは関係なさそうな話が展開されます。「論理的思考が得意」と自負する主人公の「渡辺」は、現実には派遣社員としてうだつの上がらない日々を送り、あっさりとマルチ商法に引っかかりそうになるなど失敗の多い人生を送っています。

とある女性と恋に落ちる渡辺でしたが、育った環境がまるで違うことからコミュニケーションが取れず、失意を募らせます。そんな中、彼女の参加するボランティア団体をSNSで中傷するアカウントを発見、抗議に乗り出したところ、「先生」と呼ばれる人物から、この世を影から操る「ディープ・ステート」の存在を知らされます

主人公が傾倒する陰謀論は、現実にアメリカ連邦議会議事堂襲撃事件を引き起こすなどした「Qアノン」とほぼ同様のものです。冒頭の画は、Qアノンが生まれる1年前に流行した陰謀論「ピザゲート」(ワシントンD.C.のピザ店が児童買春の現場になっているという根も葉もないデマ)を彷彿とさせます。

読んでいて正直「大丈夫なのか?」と思ってしまうぐらいそのまんまなのですが、それもそのはずで、本作は「怪事調査ライター」として数々の陰謀論についての調査を行っているライターの雨宮純が執筆に協力しているのです。

さらに言えば、本作で描かれる謎の団体は、Qアノンをベースにした日本の陰謀論集団「神真都Q」をモデルにしているのではないかという雰囲気があります。特に、序盤で渡辺が出会うキャップを被った肥満の男性は神真都Qの成立に関わったインフルエンサーの「ジョウスター」っぽい(筆者は飛鳥昭雄説を推していますが)。

ウォッチャー的に笑ってしまったのが「松ヤニ」が登場する点です。全く知らない人には意味不明だと思いますが(というか筆者にも意味不明なんですが)、神真都Qは一時期「闇の勢力は松ヤニで撃退できる」という昔の都市伝説みたいな話を信じており、集会を通報された際に警察官に松ヤニの缶を差し向けたことまであったのです。

一方、現実の神真都Qと異なる点として、「全てに理屈がある」ことが挙げられます。作中で渡辺を導くキャップの男性「先生」は、渡辺が自賛する「論理的思考」を利用し、出題と解答の形式で彼を自らの吹き込みたい「真実」へと誘導していきます。

筆者も神真都Qウォッチャーの端くれですが、彼らの活動にはそんな七面倒な段階は基本的に存在しません。作中で松ヤニは「闇の勢力が他人に成り済ます際に用いるゴムマスクを溶かす」という理由が説明されていますが、神真都Qの人たちはそんなこと何も考えていません。「岡本一兵衛がそう言ってたから」で充分なのです。

そのような点はどちらかと言えば本家のQアノンに近い雰囲気を感じます。また、制作協力を務める雨宮が日頃主張する「真面目に陰謀論をやれ」に沿った雰囲気も感じます。「自分の頭で考えよう」と言うからにはそうしてくれ 、ということですね。

本作はまだまだ始まったばかりの作品で、今後どうなっていくのか全く先が読めません。特に魚豊先生は前作の終盤でとんでもない大仕掛けを披露していましたから、ここまで書いた紹介も全否定される可能性があります。続きが楽しみな作品です。

黒猫ドラネコ・真枝アキ・田丸いく『妻が子宮カルトに沼りました』(子宮系スピリチュアル)

LINEマンガで2022年9月から2023年1月まで連載されていた作品です。先述の『FACT』はウォッチャーの方が制作協力を務めていましたが、こちらは同じくウォッチャーとしてメディアにも寄稿のある黒猫ドラネコの小説を原作とした話。連載終了時点で400万弱のPVがあった人気作品です。

本作でテーマになっているのは「子宮系スピリチュアル」という黒猫の専門分野と言えるカルトの一ジャンル。主に女性をターゲットとして、「子宮の声」というキーワード、高額なイベントを中心とした集金システム、自己啓発的な教義、参加者自身にも発信を迫る点などが特徴として挙げられます。

主人公の「黒田誠二」は、元キャリアウーマンの「まさみ」と結婚し子供も産まれる充実した日々を過ごしていました。しかし、まさみは育児疲れや自尊心と現実のギャップに悩んでいる中「ヨニ姫アキナ」なる人物のブログに傾倒していました。誠二の知らぬ間にまさみはアキナの主催するセミナーやイベントに参加し「子宮の声」なる概念を信じこんでいきます。

まさみはやがて夫や子供よりも、アキナが紹介する様々なインフルエンサーらが形成するコミュニティを優先するようになり、独断で巨額の支出を重ねたり、ついには過疎地の島に教祖らと集団移住して自らも活動を始めてしまいます。誠二はまさみの洗脳を解いて元の日常を取り戻すために奮闘してゆきます。

界隈に最も詳しいウォッチャーが原作なだけあって、登場人物は名前と見た目が違うだけでほとんどそのまま実在人物に置き換えられてしまうというかなりギリギリな作品です(一度別のメディアの企画が流れてしまったそうな)。連載中は一般読者からの驚嘆とウォッチャーからの爆笑が聞こえてくる作品でした。

「子宮系スピリチュアル」はターゲットを特定層に絞っているため、リーチ外の層には実態がほとんど伝わってこないという特殊なカルトです(正直筆者もよく知りません)。この歪さを、本作はまさみの視点から描かれるカルトの異常な世界観と誠二が見ている一般社会とを、色遣いやパースに区別を与えることで乖離させるという凝った演出で表現しています。

また、本作は昨今話題の「ウェブトゥーン」(スマートフォンでの閲覧を想定したページ分けのない縦長の漫画)という形式を取っていますが、このおかげでリアルに再現された「アキナ」や「ラキぴょん」のブログなどが物語の中にシームレスに挿入され、まさみがカルトに傾倒する様子を生々しく追体験することが出来ます。

現実の子宮系スピリチュアルは、コミュニティそのものは離合集散しつつ現在も一定の規模を保っているものの、もはや「子宮」というテーマは退潮し、より直接的な自己啓発やスピリチュアルを唱えるように変化していると言われています。また、教祖も年齢を重ねたことで次第に雰囲気が落ち着いてきたとか。

しかし、本作の主軸である「自己実現欲求を利用した心理誘導」というメソッドは健在であり、また、カルトに普遍的な問題点を描き出したとも言えます。既に完結しているので、一気読み派の方におすすめです。

朝井リョウ『イン・ザ・メガチャーチ』(三浦春馬陰謀論)

『桐島、部活やめるってよ』『何者』など、現代社会を生きる人々の諸相を生々しく描写する作風で日本を代表する小説家の一人、朝井リョウが日本経済新聞にて連載している新作長編です。

作者が今回取り上げているのは「推し活」で、アイドルグループの運営・アイドルファン、俳優の追っかけなどの様々なパーソナリティを持った人物たちが、作者の得意とする群像劇によって少しずつ絡み合っていきます。

本作の主要人物の一人「隅川絢子」は、若手男性俳優「藤見倫太郎」のファンで、「りんファミ」と呼ばれるファン仲間と推し活に励んでいました。ところが、作品序盤、絢子が仲間とオフ会を楽しんでいる最中に倫太郎は自殺してしまいます。

悲しみに暮れる絢子は、SNS上で「倫太郎は自殺ではなかった」と疑う人々が増え、ハッシュタグによる運動が広がっていることを知り、次第にその内容を信じていきます。そして同じ思いを持つ「りんファミ」を通じてある団体に誘われ、「先生」なる人物から「この国を裏から支配する反日勢力」の存在を吹き込まれていきます。

皆様がお気づきのとおり、藤見倫太郎は明らかに三浦春馬をモデルにしています。「りんファミ」は現実世界の「春友」にあたり、「舞台進出の最中に自殺」「報道の矛盾から発生する噂」「二ヶ月のうちに政治陰謀論へと発展」などは、まさしく現実の三浦春馬陰謀論の形成過程と全く同じ

細かいところでは、作中で倫太郎の「霊」と語れると称する人物から自殺報道を否定してもらうという下りがあるのですが、実は三浦春馬陰謀論の中にも「春馬くんが私のところに来て話をしている」と主張する人物がいたりします(ただし、あまりに主張が奇天烈なため界隈の中でもほとんど支持されていません)。これには笑いましたね。

現実との違いとしては、本作の絢子は倫太郎の生前からのファンとして描かれていますが、筆者が見てきた春馬会や派生団体の参加者は、その殆どが死後にファンになったといい、それまでは「良い役者だとは思っていた」くらいの推し度合いだった人が多いようです。

また、自殺の影響で倫太郎の出演作に影響が及んでいる描写がありますが、三浦春馬の場合、制作側が却って故人の遺志を尊重する方向から予定通りに作品を公開するケースが多く、筆者はそのことが陰謀論の長期的な持続に影響したのではないかと考えています(制作側には何ら罪はありませんが)。

さて、ここまで、ウォッチャーが協力している作品と、ウォッチャーが原作の作品を紹介しましたが、私事ながら筆者は前者2名に「日本一の三浦春馬陰謀論ウォッチャー」という恐れ多い評価を頂いております(何のことかわからない方は今年書いたこちらの記事をご覧ください)。

ということで、実はこの作品に、筆者は…一切関係しておりません!

筆者はライターでもなんでもない単なるネットの物好きの一人に過ぎないのでまあ当然なわけですが、一応界隈のことは一通り調べた筆者から見ても本作の描写はかなり緻密であり、朝井先生(あるいはそのスタッフ)が綿密にリサーチを行ったことが察せられます(筆者の記事を参考にしてくれたのかな、ぐらいのことは思っています)。

と、特定のシーンばかりやたら取り上げてしまいましたが、本作の中心はアイドルグループの運営に携わる人々で、他にもサークルでの立ち位置に悩み性格診断に影響される学生など、リアルな人間模様が様々描かれています。その中に三浦春馬陰謀論を組み込んだ朝井先生の意図は、今後の展開を待って考えたいと思います。

3作から見えるもの

これら3つの作品を読み比べると、ある一つの共通する主張を感じます。それは「カルトや陰謀論は主流社会の有り様とどこかで必ずリンクしている」ということです。

3作の登場人物が沼へと嵌るそれぞれのきっかけは「世界を変えたい」「輝く女性になりたい」「推し活で救われたい」という、メディアでは否定されるどころかむしろポジティブに言及されることの多い欲求であり、人となりを取り上げても、全うに働いて普通に生活しているだけの、どこにでもいるような人物が描かれています。

一方で、そうした価値観は不可抗力的な様々な理由から実現できないことが往々にしてあります。社会で成功できる人間はほんのひと握りだし、子育ては大抵うまくいきません。推しが突然のアクシデントや不祥事で退場していくことすら往々にして起こりうることも、今年多くの人が思い知ったと思います。

しかし、そうした形で思い描いていた欲求が実現できないことへの不満を、社会は受け止めてくれません。あまつさえ、結果的に誤った選択をしたことを「罪」と捉える風潮すらあります。カルト集団はそんな社会の「歪み」に身を潜め、両腕を広げて抱きとめる振りをしながら、二度と這い上がれないように羽交い締めにしてしまうわけです。

3作に共通するのは、そうした「歪み」の部分を丁寧に描写していることですカルトや陰謀論を無くすためにもっとも有効なのは「歪み」に自己責任の四字で蓋をしてしまうのではなく、社会全体が少しずつでも無くしていくような取り組みを続けることではないかということを思わせられました。

また、「推し活」と「カルト」の共通項を描写している点も共通していると思います。『メガチャーチ』は直接的ですが、『子宮カルト』のまさみの活動の様子もアイドルの追っかけとほぼ変わりません(現実にそういうものなのですが)。やや牽強付会ですが、『FACT』に登場する「」というキーワードは、『メガチャーチ』の「推し活」と同じ扱われ方をしています。

『メガチャーチ』では、推し活を「仕掛ける」側に焦点が当てられ、その本質を「現実の中に物語を作ること」であると論じています。健全な方向に用いればコンテンツとして発展し、悪用すればカルトを形成することになるわけです。その健全性を判断するのは、やはり社会の監視による客観的な評価しかないわけです。

一方では、そうしたことを論じているこれらの作品そのものが「物語」であり、虚構の中に現実を描くという手法を採っていることも興味深いと思いました。物語を作るプロだからこそ、陰謀論を取り巻く現実それ自体に「物語性」を感じている部分もあるのかもしれません。

あと、ウォッチャー的には「当事者」からの感想も気になるところです。『FACT』についてはnoteで陰謀論者が肯定的な感想を書いていたのを観測しましたが、『メガチャーチ』はなんと三浦春馬陰謀論者と仲良しの『創』の篠田博之編集長が直々に記事を書いています。『子宮カルト』は当事者が読んだのかどうかはわかりませんが、なぜか黒猫さんのアンチの人たちがよく言及しています。

おわりに

というわけで、今年(『子宮カルト』に関してはギリギリですが)発表された3つの作品を取り上げてみました。皆様よいお正月をお過ごしください。

◇今回のクイズ

Q.この画像はテレビ東京が制作したある作品の一場面です。作品名と、元ネタになっている団体は?

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