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製造現場は人生道場 ④借金取りの対応

製造現場にいて勉強になったことのひとつは、借金取りへの応対が身に着いたことでした。現場にはワケアリの人が多いものですから、借金がらみのトラブルがつきものです。
 
現場事務所に電話が掛かってきます。
「オタクの従業員の○○を出してくれ。そこで働いているのは分かってる。」
「ご用件は?」
「借金の返済期限が切れている。自宅に電話しても出ないから埒が明かない。今すぐ呼び出してくれ。」
「あいにく製造ラインで作業中なので電話に出すことは致しかねます。」
とにかく徹底的にお断りします。あとは変に刺激するもの言いもしない。
あくまで丁寧に断り続ける。感情的なやり取りや台詞を挟むことで変に言質を取られるリスクがあるからです。
 
電話があったことを該当従業員に伝えもしません。借金取りがどのような目的、どのような行動原則で活動しているか、ということを理解する必要があります。
 
借金取りの目的は簡潔に要約すれば、相手を追い詰めることです。
如何に効果的な方法で相手を精神的に追い詰めるか。但しその中で「この言葉を使ったら恐喝」、「この行為をしたら威力業務妨害」といった法的ラインがあるので、それを侵さないギリギリのところで相手が嫌がることをする。
 
債務者本人は生活が立ち行かない不安と日々向き合っています。生計の目処が見えなかったが、何とか安定して働ける職場を見つけることが出来た。ところがその職場にも電話が掛かってきて、職場にまた迷惑をかけてしまう。どこへ行っても先々に迷惑をかけてしまうし、逃げ場がない。
 
借金取りは債務者の自宅は知っているし、押しかけることは簡単です。なぜ情報を割り出す労力を掛けてまで職場に電話するかというと、債務者に嫌な思いをさせたいからです。
 
本人には電話があったことを一切伝えません。伝えると、借金取りの思う壺だからです。
 
現場で学んだ対応方法は、その後に間接技術部門に異動してからも役立ちました。
 
あるとき妙な来客がありました。来客受付からの電話を取るとこんなことを言います。
「何年か前に、御社の○○さんという人にお世話になった。恩返しがしたいと探し回っているのだが連絡先が分からない。昔御社の工場でこんな仕事をしていた、と聞いている。何か分からないだろうか、と思ってお訪ねしました。」
 
何やら怪しいな、と思います。
「いやー、現場の過去の従業員というのはたくさんおりますのでねえ。名前だけ言われても・・・」
ところが、名前だけで全然大丈夫です。
 
現場の係長は人をまとめて管理するのが仕事なので、過去に渡って、在籍したあらゆる従業員の名前や性格、背景を事細かに覚えています。
 
応接室に向かう道すがら、工場の該当しそうな係長に電話を掛けます。
「○○さんって分かる?」
「ああ、3年位前に来なくなったけど、いつも借金取りに追われてたよ。」
 
ここで、応接室にいる来客が、とんでもないウソつきであることが分かります。まず間違いなく、借金取りです。
 
応接室に入ってみると、一見、初老の夫婦(という設定)です。
世の中の探偵というものは、トレンチコートにハンチング帽を被っていません。秘密組織のエージェントは黒スーツ黒ネクタイにサングラスを掛けていないし、同様に、借金取りはラメラメのスーツを着てはいません。

こんなエージェントいないっつーの

さきほどの電話口と同様のストーリーを感情的に訴えられます。
「どうしても恩返しがしたいのですが、連絡先が分からず、心配しています。」
社会のキレイな部分だけを見て育った人は情にほだされて、変な約束をしてしまうかもしれません。
「分かりました、関係者に聞いてみて、分かるだけの情報を集めてみましょう。」
 
徹底的にトボけ倒します。
「いやー、過去の現場の作業員はたくさんおりますので。私のような一介の技術者に言われても分かりませんし、かといって人事部に行っても過去の労務データをはいどうぞ、と差し出すわけはないですから。いかんともし難いですね。申し訳ありません。」
手元にはもう該当本人の情報を押さえています。
 
借金取りは債務者が飛んだ時、探し出すためにあらゆる手段を尽くします。
「現場に聞いてみたら、誰それと仲良かったみたいです。」
なんてことを一言でも口走ろうものなら、それに徹底的に食らいつきます。
 
というわけで四回に分けて綴りました、製造現場の人間模様でした。
印象深かったものを取り上げたので決して日常全てがこうだ、というわけでは無いのですが、人々が集って働く以上、人生の縮図に向き合わざるを得ないのでした。


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