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【雑感】2024/4/28 J1-第10節 浦和vs名古屋

名古屋の今季に向けての編成は、山岸、パトリックといった強さのあるFW、サイドにはスピードのある中山、クロス砲台になれる山中、といった試合の文脈とは関係なくスコアを動かせる選手を補強した印象がありました。長谷川体制では、試合での文脈やチームの中での繋がりというよりは、11人の個人がその瞬間にそれぞれ自分の強みを出すことや目の前の相手に臆せず立ち向かうことの方に力を入れている印象があるので、編成の方向性は現場と合っているなとも思っています。

そんな中で個人で決定的なプレーが出来る可能性の高い選手に負傷者が出ていて、期待された山岸やユンカーだけでなく、直近の試合でも山中が負傷し、CBのハチャンレが出場7試合で早くもイエローカードの累積が4枚になりこの試合は出場停止になりました。


名古屋は予習した試合では、左シャドーの倍井がボールを持ったらドリブルでカットインしたいからかボールを受ける前は外に大きく開く傾向があって、山中は前に人がいる状態からであれば後から内側を上がっていくことがある選手なので、左の2枚のキャラクターの相性は良さそうでした。

そのイメージはこの試合でも継続していて、試合序盤から左WBの和泉は前に出ていく時はハーフレーンからになっていたと思います。ただあくまでも和泉は倍井のポジション次第というところがあったので、右は中山も最初から前にいるけど、左は和泉は少し手前からということで前線は4+1という感じだったかなと思います。


試合序盤は両チームのそれまでの傾向とは逆に名古屋の保持vs浦和の非保持という時間帯が多くなりました。これは名古屋の方がビルドアップ時には3CBに加えてCHの稲垣も米本も相手の守備組織の中ではなく、そこから外に出てきてボールを受けることが多く、浦和は味方基準でポジションを取って守るので、浦和のブロックの外での名古屋の数的優位な局面ではボールの逃げ道が制限し切れないという要素があったと思います。

それだけではなく、5トップ気味に出来る5-2-3という配置と味方基準の4バックのチームが組み合った時には自然と大外レーンの選手は空きやすいので、対角にボールを振ることが出来れば保持の時間自体は増やしやすいという噛み合わせもあるのではないかと思います。


浦和の方はこの試合でもサンタナ、安居、敦樹が早めにボール保持者に寄せてられていました。そこに対して名古屋の選手たちはその矢印の根元を使うよりはボールを失ってもリスクの少ない外や裏へボールを入れることが多かったと思います。

22'10〜は中央の三國にボールが入りますが、ボールを受けるまでにサンタナと前田に距離を詰められており、そこから脱出出来ずにボールを失っています。そして、手前から繋ぐことが不得手というところから浦和の先制点が生まれた訳ですが、長谷川さんはそうした時に「自分たちのミスから失点」ということを多く言われているのがどういう種類のミスを指しているのだろうというのは気になっています。

フットボールでは技術、認知、メンタルの3つの要素のバランスが取れていない時にミスが起きやすくなりますが、長谷川体制では特にメンタルでのミスに敏感な印象があります。なので、試合の入りからガツンと行けるかどうかが彼らの中での試合に対する評価を左右しているのかなと想像します。

個人的に個のゴールの場面では稲垣が上手くボールを蹴れなかったところにフォーカスしたように聞こえるので、それについては違和感というか、やはりこのチームは僕の好みとは違うところでプレーしているんだなということを感じました。


名古屋の保持の時に出来るだけ中に留まっていたのは森島くらいなので、中から崩すとしたら森島、そうでなければ外から、というイメージでしょうか。配置的には27'50~のビルドアップでそれが一番顕著に出ていたかなと思います。

三國は余裕をもって前が向けていれば左右どちらにも低くて速いボールを届けられていたので、ビルドアップでは中ではなく外からという傾向はより強まったように思います。チームとして得意なこととそうでないことの差が大きいので、なるべく出来ることだけをやらせるというか、なるべく認知や判断の幅を狭めることでその部分でのミスは起こらないようにするというマネジメントでしょうか。

そうすると、ボール自体は浦和のゴール周辺に飛んでくるのですが、浦和からすれば自分たちの組織の中にボールが入って来ることが少ないので2CBが動かされることが少なく、クロスに対して待ち構えながら対応できていたように見えました。名古屋がチャンスを作れたのは40'27~のように中山が裏を狙ってそこへボールが供給されてスクランブルを起こす形か、外からクロスを入れてそこで合うかどうかという形だったかなと思います。ただ、その回数自体は多かったので名古屋としてはやることはやったという感覚なのかもしれません。


浦和の方は水曜のルヴァン杯があまりメンバーを代えていなかったこともありますが、そこから代わったのは西川、ショルツ、安居の3人で、ただ、ベンチに武田、堀内、エカニットが入ったのはルヴァン杯で彼らを試すことが出来たからというのもあったと思います。そして、鳥取戦では前半からグスタフソンが大きく動いていましたが、この試合の最初の方は4-1-2-3の配置通りのエリアからそれぞれがスタートしていました。

名古屋はマンツーマンがベースにあるので、そこに対して森島がグスタフソンについて、永井と倍井がショルツとホイブラーテンを見る形で、和泉と中山は石原と渡邊まで出て来ていました。それに対して浦和の方は人を名古屋が捕まえに出て来るのであれば前方は3トップvs3CBになるので前に飛ばすのもOKというスタンスで早めに前へボールを入れる場面も多かったと思います。特に前田は右外に留まらず中にも入りながら西川からボールを受けるなど、スタートポジションがあった上で状況に合わせていた印象です。

また、14分頃からはグスタフソンが中央からどいて、そこに敦樹や安居が降りて来る場面も出てきました。試合の入りは初期配置通りにしておいて、相手の出方や各選手へのマーク担当が把握出来たところから動きをつけていこうということなのかもしれません。

14'50〜はグスタフソンが少し左ズレて敦樹が下りてきましたが、20'20〜はグスタフソンが前に出て敦樹と安居の2枚が下りてくるという動きでした。グスタフソンの動き方だけを切り取ると、鳥取戦のように最後尾に下りるのではなく、前に出て敦樹や安居と入れ替わるというものが多かったと思います。

35'40~はその前に敦樹が右前へ、グスタフソンが石原と前田の間へと動いてチームとしてのバランスは崩れているような感じはするものの、それによって米本と森島が中央からいなくなっているのでピッチ中央にはぽっかりとスペースが空いていました。

安居がボールを持ったショルツに対して「運んで来い!」というジェスチャーをして、自分は下りずにスペースを残していただけでなく、ショルツが運んでくるのに合わせて奥へ入っていく素振りをしてさらに手前にスペースを作るような動きをしていました。さらに36'16~は河面が手前にいる石原に食いついたことで空いたスペースに敦樹が飛び出してチャンスを作っています。


前節の雑感で敦樹は大きめのスペースでボールを受けようとする傾向があるということを書きましたが、名古屋の非保持が相手基準で動いていて、誰かが前に出た後はそこを埋めるというアクションは少ないので、次にどのあたりが空きそうという予測がしやすく、アクションが出やすかったのかもしれません。

後半になると浦和はロングボールを使うことが増えたように見えます。特に石原がボールを持った時に手前のサポートを作ることはあまりなくて、64'08~は石原がボールを持った時に和泉がそこまで矢印を出していて、前田が外に開いているので河面がそこについていっていて、そうすると河面がいた場所が空くのでそこへ敦樹が飛び出すという連鎖がありました。これも敦樹の特徴と噛み合った展開だったかなと思います。

後半で良かったのはアクションを起こしたところへきちんとボールを入れているだけでなく、対応する相手選手の体勢が整わない状態を作れるので浦和の後列の選手がそこへカウンタープレスをかけられるという所だったと思います。

そして、PK獲得の場面もロングボールのこぼれ球を拾ったところからグスタフソンが中央でボールを持っていた状態で米本がそこに食いつくと、ぽっかりと米本の背中が空いていました。敦樹がそこへ入っていってフリーでボールを受けることが出来ました。敦樹がフリーなので河面は前田を捨てることになりそこへ対応していて、稲垣が敦樹を飛び越えて前田まで対応しに行ったことで勢いを制御しきれずに前田の足を突いてしまいました。


2021年や2022年は「いかに適切なポジションを取るか」という静的な局面に焦点を当ててしまいがちだったのでマンツーマンの相手にガンガンはめられてしまうことが多かったです。そこから今季の開幕節の広島戦もそうですが、マンツーマンで相手が自分たちのポジションを基準に立ってくれる、動いてくれるという特性を利用しながら、相手がいない場所を見つけてそこへアクションを起こす回数が増えてきたように思います。

また、開幕節の広島戦では荒木に対してボールキープが出来ずに苦戦しましたが、この試合ではチアゴがロングボールを胸トラップするなどボールキープの成功率が高く、浦和のプレーエリアを押し上げることに大きく貢献していました。ただ、これもチアゴが待っているところにそのままボールを入れるというよりは前田が動いたり、敦樹が動いたりして空いた場所へチアゴが入って来る、そこへボールを届けるという連鎖があったからだと思います。

こうして動いてくれる相手に対してはある程度自信をもってプレーできるようになってきたのかなと思います。この先の川崎、横浜FMも大枠ではそちらに分類されるチームだと思うので、この連戦の中で出来ることに対する成果がついてくると良いなと思います。ただ、名古屋の保持vs浦和の非保持では名古屋が浦和の非保持の弱みというかここまでの試合で起きている課題を突き付けるようなスタンスのチームでは無かったので、それが相手の内側でもボールをきちんと受けられる選手が何人もいる川崎、横浜FMと対峙した時にどうなるのかという不安もありますが。


最後に、この試合だけでなく、この試合に向けての予習の中でも思ったことを書いておきます。

フットボールは人と人が勝負するものなので、相手をいかに気持ち良くプレーさせないかという部分も必要ではあります。物理的、直接的な仕向け方で相手をイライラさせる、恐怖心を持たせる、そうした揺さぶりによって相手が冷静に判断出来ないようにすることでゲームを優位に進められるようにしていくこともやり方の1つです。自分たちのプレー機会が確約されていて自分たちにだけ意識を向ければ良いものではなく、両チームがお互いのプレー機会を奪い合う、相手の存在を意識せざるを得ない形式のゲームである以上、避けることはできません。

どういうやり方であっても、得点をするために必要なボールがピッチ上に1つしか存在せず、それを保持しながら相手のゴールへ向かう、それを阻止しながら相手のボールへ向かう、というゲームの構造上、体をぶつけながらボールを奪い合う局面は発生するので、肉体的な強さも必要になります。


ただ、僕は肉体的な強さよりも、フットボールというゲームに設定された構造の視点から適切なプレーを選び続けて、相手をフットボールというゲームの枠組みの中で殴り続けるやり方が好きです。また、フットボールの文脈の中に於いての「強度」「プレーインテンシティ」という言葉は、僕の中では肉体的な強さだけではなくそういった理性的な強さの連続性も含めて指している認識をしています。

肉体的な強さの方へ傾倒しすぎると、ボールを奪い合う局面で自分の体をコントロールし切れずに、ボールをコントロール出来ないどころか、ボールではなく相手に力を加えてしまうこともあります。そうしたプレーはルール上は反則になるのですが、どこからの強さを反則とするのかは審判やその地域の文化といった主観的なもので左右されるのが難しいところではあります。

ただ、開始2分で稲垣が安居が抜け出すのを手で止めたプレーは、反則となるプレーの強さの程度ではなく、相手のチャンスになるところを故意に手を使って止めたというプレー自体が警告の対象だと思うので、これを注意で流してしまったことが悪い意味でこの試合の反則に対するハードルを下げてしまったように思います。なので、後半開始早々のショルツの倍井に対するプレーも警告の対象のはずなのになと思いますが、稲垣にカードを出していないので一貫性はあるということにしておきます。

自分の嗜好とかなり違う方向のチームとの試合だったからこそ感じた蛇足でした。


今回はこの辺で。お付き合いいただきありがとうございました。

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