noteも病態である


私は躁鬱病で、躁鬱病の躁には多弁の症状がある。
とにもかくにも喋りまくる、誰彼構わず、という感じになる。

しかし、私は対人恐怖でもあり、そこと躁の葛藤がいつもある。

その結果、独り言であるnoteが活性化する。

(ちなみに、コメント来るのはそんなに怖くない。)

私はここのnote以外にも、もっと気を楽に書くところして、スマホのメモ帳に毎日何千字と日記をつけている。
不要と言えば不要なのだけど、このソワソワ感、言葉が溢れて仕方ない感じをなんとかするにはこうするしかない。
そのほかにも執筆もしているし詩も書く。(これはまあ、アイディアがまとまらないと書けないのでいつも捌け口にできるわけではない)

SNS断ちしている所以もあるだろう。
Twitterをやっていた時はタイムラインを荒らしがちでつらくなってやめた。何か言われたわけでもないが何かは思われている気がした。

noteも微妙に荒らしている気がする。なのでなるべく1日一回の投稿で抑えようと試みているのだけど
自分の中の吐口として間に合わずに今のところ書き溜めが2〜3個ある。

躁の時は頭が高速回転している。

あれにもこう思うしこれにもこう思うし、と大変なことになっている。きょうも。

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