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建築と経営のつながり

○2つの本からの気づき

最近、「建築」と「経営」のつながりについて書かれた2つの本を読んだ。少し考えるところがあったので、メモを残しておこう。

①『施設参謀』

川原秀仁 著  / 2015 / ダイヤモンド社

山下設計をもとに発足した山下PMCにて代表をされている川原氏の著書。
副題は「建設リスクを経営資源に変えるコンサルティング」

 建設コンサルティングの中ではトップクラスの企業でもある山下PMCが掲げる「施設参謀」の考え方についての説明や、いくつか山下PMCが実際に取り組んだプロジェクトにおいてどのように立ち回ったか、またそこで考えた事について書かれている。

 「参謀」という少し特徴的な言葉をつかっているが、参謀についてデジタル大辞泉「参謀」の解説を見ると、

さん‐ぼう【参謀】
1 謀議に加わること。また、その人。「選挙参謀」
2 高級指揮官の幕僚として、作戦・用兵などの計画に参与し、補佐する将校。

ということだそうだ。

 その定義通り、まさしく建設プロジェクトの初期段階から重要な意思決定に側近として参与し、意思決定を補佐する役割を担っている状況がわかる本であった。

1-1. 建設PJのコンサルティング

 これまでのNOTEでも建設プロジェクトの初期段階で、建物の建設と運用の実務を知るプレイヤーが、初期設定から参与する重要性については触れてきたので、非常に納得いく内容も多くあった。日本では特に、これまで初期段階は経営陣の突発的な判断に大きく依存して建設内容が決定することも多く、運用サービスにおける細かな要望とのギャップが生まれ、建物が使いにくかったり、建物の物理的な寿命を使いこなせなかった事例が多い。 

 比較的成長の気運が長く続いていた日本では、経営陣の突発的な判断に依存した設計・施工一括発注でも、ゼネコンやお抱え設計者があいまいな要求(性能発注)を経時的に読み解き、なんとか要望をかなえる建物をつくってきた過去もある。しかし、2000年代以降は特に、プロジェクトスキーム自体に注目して品質確保の徹底や、厳しい経済状況におけるコスト管理の徹底要求をしている。上記のような徹底した状況はプロセスの透明性が確保される良い面が多い反面、ゼネコンやお抱え設計者が柔軟に対応する余裕が減ってきているのも事実だ。発注者の中には、結果的に自分の首を絞めているように感じた事例もあるかもしれない。

1-2. 発注者の悩み

 最近発注者が具体的にどのような悩みを持っているかとしては、
・建物が大規模かつ複雑化しており、専門的な知見のニーズが高まっているが、これまでの発注組織だけではついていけない。(暗黙的な意図の伝達や、高度に専門性が必要な資産に関する情報が伝達できない)
・建設投資が適正かどうかの価値判断に自信がない。

の2点が大きい。

 一つ目の専門的な知見については、まさに山下PMCのような、建設プロジェクトをこれまで多くこなしてきた組織や人員によるコンサルティングが手っ取り早いことはすぐに理解できる。発注者側に、建設プロジェクトマネジメントの知見を集約した人材を社内に常時確保しておくことは、現実的には難しい。また、資産が複雑化し内容が多様になればなるほどなおさらである。そのため、プロジェクトの初期段階で、外注コンサルティング会社に支援を要求し、専門的な知見を外部人材として用意することでプロジェクトの方向性を適正化するのは、投資として現実的だろう。

 一方で二つ目の悩み「建設投資が適正かどうかの価値判断に自信がない。」については、その解決策として現状の建設コンサルティング会社が最適なのかについては、少し疑問に思うところもある。多くの建設コンサルティング会社は、経営の具体的な資産運用を事細かに把握しているわけではない。また途中から外注として参与した身として、経営ビジョンに賛同し、財務状況を的確に読み解き、建築プロジェクトマネジメントを行うことは少ないように感じる。

1-3. 建設経営支援をする側の課題

 多くの建設コンサルティング業者は、もともと設計や施工のプロフェッショナルを集めた集団であることが多く、そもそも「建てること」自体があたりまえの前提条件になっていることも多い。一方で、今日の社会状況は多くの場合、現状の資産運用や、建物の運営状況、資産に関する周辺経済やリスクを読み取っていくと、「建てないこと」の肯定の方が容易なこともある。

 しかし、「建てないこと」の肯定だけでは、実際建設コンサルティング会社の経営(利益)自体も難しくなっていき苦しい。こうしたジレンマはかなり多くの産業に影響のある社会課題のひとつだ。建物資産は寿命が長いこともあり、ライフボートジレンマといわれることもある。

 これだけではないが、様々な要因から、「建設投資が適正かどうかの価値判断に自信がない。」という発注者の悩みに対して、確実な第三者に立ってコメントをできるコンサルティング会社はいまだ少ないように感じる。

 こうした状況はどのように打破できるのだろうか。明解な答えを持っているわけではないが、私は、ひとつの方法として、LCCO2やLCC、利用率、ファシリティコストといった既存の価値と負債の関係に加えて、まだ見えぬ価値についても予測・評価していいく新たな参謀が必要だと思う。まだ見えぬ価値とは、既存の評価軸では見えていない価値である。

 イノベーションの重要性が一般化した今の社会では、バズワードとしても”価値創造”という言葉がよくつかわれるが、周囲の悩みや幸福に対して感覚を研ぎ澄まし、標準を定めて評価できるような評価軸を漸進的に提案していくコンサルティング会社がいつ発足してもおかしくないと考えている。

②『建築と経営のあいだ』

高橋寿太郎 著/ 2020 / 学芸出版社

二つ目の本は、創造系不動産を主催されている高橋氏の著書である。高橋氏はこの著書のほかにも『建築と不動産のあいだ』など、分野横断的視点を重要視した取り組みや執筆をされている。

2-1.  建築家兼経営コンサルタント

 この本は、「与条件から始めない、未条件を掘り起こす」から1章がスタートする。一般的な設計では、発注者から要望や敷地が与条件として与えられ、その状況整理から取り掛かる。また、建築基準法などの法規や構造強度・環境負荷などの物理的な外的制約を整理し、設計を徐々に具体的にしていく。

 しかし、『施設参謀』でも同様であったが、そもそも与条件整理は、発注者の意図がすべて網羅されていることなど少なく、その構成も読み取り方次第でどのようにも理解できてしまうことが多い。こうした事例による不具合の多くから、「まずは与条件を疑ってかかり、善意のもとに未条件を掘り起こす」というスタンスはとても共感できる。

 またこの本では、クライアントの経営に対してヒアリングを行うことの重要性も示されている。未条件を可視化するひとつの手段として、建設を意図している発注者の本位を経営ビジョンや財務・会計状況から推測するというのもとても重要な行為であると感じる。

 一方でこの本の中で少し気になった点があった。それは、建築主側の経営の話と、設計事務所の経営の話、そして双方が協働しているプロジェクトを経営(マネジメント)する話が、頻繁に入れ替わりつつ書かれているように思った点だ。

2-2. 自社の経営が依頼主の経営の見方に影響する

 私もそうであるが、著者も恐らく、「建築」について考えてきた期間の方が「経営」について考えた期間よりは長い。山下PMC含め、多くの建設コンサルタントは同じだと思う。学問分野としても、私の周りでは建築の学位取得や実務を行ったあとに、MBA取得に向けて留学した人も多い。この場合、”「建築」から「経営」を考える”というベクトルが強くなってしまうという点を本から感じた。

 「建築」をベースに「経営」について考えることには、
①自社(設計事務所、ゼネコン、など)の経営について考える
②依頼主(建築主等)の経営について考える

がある。
 
 ②は設計者なら誰しも、設計プロセスにおいて様々な側面から考えるものであると思うが、①については経営陣や管理者の立場でない限りは、傍観していることも多いだろう。

 しかし、2つの本やその他最近の事例を見てきて気づいたことは、結局のろころ①が②に大きく影響を与えるということである。具体的には、①の売上がどのような構成比になっているか、や、どのような契約形態で発注者(顧客)との事業を行っているかが、様々な面で、②の依頼主の経営について考える。という目に対し様々なバイアスを与えている。

2-3. 依頼主の経営について考える

実際に設計者としての立場から、依頼主の経営について考えてみる。
一口に依頼主といっても多様で、
・自分の企業のオフィスや工場を作って生産性を上げたい依頼主(製造業等)
・マンションを作って販売し、利益を得たい依頼主(不動産業等)
・商業施設を建設し、集客し、そこを求めてくるテナントへの賃料を得たい依頼主(ディベロッパー等)
などなど、いつも多様で全く異なる経営方針や課題を抱えている。

 こういった多種多様な依頼主だが、建築の「経営」を考えるのに良く使われる指標のひとつがROA(return on assets)だ。

 ROAは、総資産に対する利益の割合という単純な分数で、手持ちの資産(負債)に対する効果(利益)の比率で考える。ROAが向上していれば、持っている資産の範疇で業績が向上していると考えることができるため、考えやすい。

 ROAは割合評価なので、ROAを上げるには、分子(利益)を大きくするか、分母(総資産)を小さくするかとなる。『施設参謀』では、分子を大きくするためのアプローチとして、CSRやCSVに取り組むことや、CVP(顧客提供価値)をより明解にしていくことが述べられ、そのためにはイノベーションとマーケティングが重要であるとされていた。また、もう一方の分母を小さくする方法について、より想像が簡単だがオフバランス化(手持ち資産の縮充)がよく言われている。

 しかし、建設コンサルタントがROAの向上に加担しすぎると良くない点がいくつか想像がつく。建設コンサルタント側のナレッジの偏りを創造すると、ROAにおけるオフバランス化の方向が、利益向上と比較して取り掛かりやすく、評価しやすいためである。

 また利益についても、財務上は具体的な指標としてみることができるが、そもそもの企業が存在している意義にたつと、多様な価値を生み出しており、それに伴う対価であると捉えられる。こうした複雑であいまいな価値を、建設プロジェクトの初期に参入したコンサルタントがどこまで読み取れるかというところに大きな課題がありそうだ。

2-4. 契約形態がプロジェクトをうまく進める重要なカギ

 建設業で最も多い契約は請負契約だろう。様々な不確定要素を含みも、っ完成形を約束し、結果としての成果に対して報酬を払う。また業務委託契約や保険契約も目的に応じてみられる。建設コンサルティングもまた、プロジェクトの初期段階から完了までにおいて、成果物を想定した請負契約であることが多い。

 一方で、実際に経営を支えている他の基盤業務はどうだろう。税理士や弁護士、会計士の多くは、時間をかけて共に何かを成し遂げていく事業の多くは、定期報酬型の顧問・監査契約で常に経営に寄り添うものが多い。お互いの状況をより深く知りながら、新しい困難について対処をしていく。海外では、建設コンサルタントも行うファシリティマネージャーの役割は、こうした税理士や弁護士・会計士のような常時顧問型の立ち位置であることも多いようである。

 どの契約形態が適切かは、ニーズ毎・プロジェクト毎のため一概には決定できないが、「建築」と「経営」のつながりについて考えると、受注者・発注者双方の「建築」と「経営」が密接にかかわっており、とくにそのかかわり方を決める契約方法が、プロジェクトの方向性に大きく影響していると感じた。


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