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滋賀の神社巡り~波爾布神社

3月19日

前回のデートとは打って変わって、やや寒い朝。だからなのか、真っ直ぐ伸ばすと痛みがはしるなど足の調子が少々良くなく今日は長時間歩くのは無理かもしれないと思いました。

おっさんとお昼はカレーを食べました。

そして滋賀県高島市の波爾布はにふ神社に来てみました。御祭神は彌都みつ波乃賣はのめの命・波爾山はにやま比賣命。

創立年代は明らかになっていませんが、平安時代の『延喜式神名帳』に名が残されており、かつては土生大明神と呼ばれていたそうです。

右側に駐車場がありました。

階段を数段おりて神社に向かいます。

猪垣跡の説明看板。

橋からの景色。

森為村落馬石。元亀3年(1572年)3月16日織田信澄の家臣である森半兵衛為村が神社を焼き払おうとした時に、乗っていた馬が突然仁王立ちになり落馬したという逸話が残されているそうです。

手水舎。

社務所送電記念の碑。

置いてあった瓦。

平成30年(2018年)の台風21号で倒れた御神木。

ふと思い出したのですが、以前行った滋賀県の沙沙貴神社や賀茂神社も同じ台風によってケヤキや御神木が倒れるなど被害が甚大だったなと思わぬ所で平成30年の台風の被害の大きさを感じました。

拝殿。

やや違和感を覚え本殿傍の狛犬さんに近寄ってみると、ネットの写真で見ていた狛犬さんよりも遥かに新しく見えるし白い。台座には昭和5年と刻まれていますが、狛犬さんだけ代替わりしたのだろうかと思っていると…。

ん?所々苔の緑色がある。なるほど代替わりでは無く、綺麗にしてもらったのね。

本殿の傍には歴史と構造についての看板と共に写真付きでの説明があって分かりやすい。

これが手狭(たばさみ)

これが蟇股。

他にも本殿周りに解説が貼られており、本殿の礎石は殆ど湖東流紋岩らしい。

流紋岩とか懐かしい中学生の頃に習って以来、久しぶりに間近で見たかもしれない。

八角の支柱。

境内社の邇岐志神社。

熊野神社。

二股杉の跡。

みたらしの池。

平安時代の寛弘5年(1008年)8月5日、後一条天皇が無事に産まれるよう祈願する為に内使紫式部がこの神社に来て長歌一首と神衣一重を奉納したらしいです。

次回に続きます。

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