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物々交換の美学

ほぼ同じ価値のものを交換する

近くに住む友達が、といってもかなりのオジサンが、ホッチキスを借りに来た。近くのコンビニにいけば売ってるよと言いたかったが、オジサンの顔が真剣だったので、そのままホッチキスを渡した。オジサンはホッチキスを返す意思が全くないみたいで、彼なりにほぼホッチキスの価格に見合う、パッケージに入ったままの筆ペンみたいなものを置いて帰った。これは目新しいことではなくて、彼の高校生時代からの癖のようなものだ。貨幣による売買を拒否して私には「物々交換」を要求してくる。
文房具の場合は、まず互いに使う可能性が多いものだからいいのだが、時には台所用品もその物々交換の対象になることがある。この間は、ポン酢が欲しいといって、ギョーザのたれを置いていった。何かとんでもない人のように見えるだろうが結構律儀な人で、必要なものは開封、あるいは開栓状態でも勝手に持っていくが、物々交換でくれるものは基本的に未開封の状態なのだ。

近くに住む友達といったが、実はそんなに近くはなくて、歩いて5分くらいはかかる。また私の家と彼の家との間には、間違いなく一軒のコンビニがあるので、ほとんどのものはそこに売っている。それでも私には物々交換を要求してくる。文字で書くと彼は自由業のように思えるかもしれないが、実際は大手企業の役員で、外で会うことはめったにないが、近所であった時には、結構値が張ってそうなスーツを着ていた。きっとこの服を着ているときは物々交換を要求することはないと思う。
ところでこの人は家庭を持っていて、ちゃんと奥さんと三人の子供もいる。しかも奥さんは大学時代にミスキャンパスだった人らしく、私も結婚式で顔を合わせただけなので詳しくは知らないが、なかなかの美人として知られている。

高校生の時に始まる彼の不思議な習慣

不思議なことに、私と彼は高校時代の同級生で、当時からそれほど親しくないのだが、一時、座席がとなり同士だったことがあり、教室での消しゴムやシャープペンシルの貸し借りがあった。彼との物々交換の習慣は、それがスタートといえばそうかもしれないが、実は彼の物々交換の習慣は私だけが対象者なのだ。彼と私との付き合いは、実は高校の同級生の時だけだから、私と付き合ってないときにはどうしていたのか聞きたいが、同時に恐ろしくもあるのでまだ聞いたことがない。
互いの家が近いのは全くの偶然で、出勤帰りに顔を合わせて、それから彼の物々交換の習慣が再燃したようなことなのかもしれない。普通ならホッチキスやギョーザのたれをどこから調達してきたのか、奥さんや子供たちは不審に思うだろうが、そんな話は聞いたこともない。いや、聞くのがこわいのだ。

私は心底では、彼は完璧な社会人として存在し、またそうした評価を受けているのだろうと思うのだが、きっとただ一点「物々交換」をしなければならないストレスがあるのだと思う。おそらく一度「物々交換」をすれば、三カ月以上経たないと禁断症状のようなものが出ないのではないかと思う。彼が物々交換にやってくるのは大体三カ月に一度だ。この習慣は別に困ることがないので、三カ月に一度くらいならとそのままにしている。しかし、一番の心配はやはり奥さんだ。ポン酢を手に入れるために近くとは言え外出するのだから、いつかその事実が露呈して家庭争議になることを恐れているのだ。


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