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北山の空に一線を描く五月のひこうき雲

美しい青いキャンバス私を切り裂く白い線

私が勤務しているビルのバルコニーから北山の連峰が一望できる。京都のビルは、高層とは言え東京や大阪に比べて中層が多く、本来は東山、西山、北山の峰もすべて見えるはずだが、残念ながらこのビルの西側に大きなビルがあって、比較的大きなビルの少ない北山の峰が美しく見える。もちろんこれは都市の景観に関わるビルの高さ規制によるもので、辛うじて多くの場所から五山の送り火が見えるのもそのおかげだ。仕事に集中していて少し肩が凝ったので、暖かい自然の光を浴びたくてバルコニーに出てみた。その日の北山の空は、東山魁夷が描いたような心に染み入る趣のある深い青一色で、特別に色にこだわることもない私だが、指でキャンバスをなぞるように、空に人差し指を伸ばして、空をなぞろうとした。

その時、この青一色の空に、小さなペインティング・ナイフの擦り傷のような白い線が目に入った。すでに五月の空を眺めて悦に入っていた幻想からはすっかり醒めて、あらためてその傷跡をチェックしようとした。しかしそれは、私がこの空を見る直前に、この空をよぎった飛行機が生み出した一本のひこうき雲だった。美しい空をよぎったひこうき雲の無粋さにがっかりしたものの、このひこうき雲も、よく見るとなかなかの歯切れの良さで、ためらいなく左か右上がりに空に一線を描いていた。

そんな粋狂なことを考えていると、首からぶら下げていたスマホが鳴って私は現実に引き戻された。私はいま友人が主導する新しい事業を応援していて、この五月はその事業の一つの節目を迎えることになっていた。事業自体は、やっとこれからスターという段階だが、結構大きな意味を持つ大切なスタートに当たるもので、このスタートのタイミングによって全体の枠組みが決まるのだ。空の下のバルコニーで、仕事のパートナーと話しながら、今目の前にある青空とひこうき雲が、今の私たちの姿を表しているようにも感じられた。真っ青なキャンバスに、まっすぐ最初の一筆を入れる。そう考えると、にわかに友人が描いたプロジェクトが、そのまま目の前で広がっていくように思えた。

新しい世界を拓くのは、いつも圧倒的なメンタルの力

そして私は、事業に向けてのプランニングという論理的な行為も、そのスタートを支えるエネルギーはいつも私たちの圧倒的な感情の力であることを改めて思い起こした。
かつて画家の岡本太郎が、「芸術は爆発だ!」という名言を残したが、人の発想も技術開発もその原点はやはりある種の爆発だと思う。ただ、「爆発」とい言葉を口にすると、今の社会がよく理解できなくなる。世の中では、壮大なプロジェクトや広大な建築物がどんどん生まれているように喧伝されている。それは確かに数値的な規模では大きいが、私は規模と予算の大きさ以外にこれまでのものと、何が変わったのか全く認識できない。私のパートナーたちは1970年代からMITやNASAの研究員たちとネットワークを構築して、初期のIT技術の開発に関わっていた。そして、今取り組んでいる私たちのプロジェクトもやはりその延長線上にある。そして思うのは、ITの世界もすでに50年は経つが、本質的な成長がなく何も変わったように見えないのはなぜだろう。きっとそれは、単に技術の問題ではなく、取り組んでいる人間の精神の退行があるのではないかと思うことがある。





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