(閲覧注意)空気色の窓を割って

駅前のロータリーに、たった1人車椅子に座ってじっと眠っている老婆。
踏切の前で十字を切る女性。
殺してしまいたい、と呟いたどこかの誰かがエレベーターに乗り込む。
そのまま暖かい家に帰って今日も平凡で幸せな日々を送っているのだろう。

道端ではネズミが死んでいる。誰かにとってはこれは喜ばしい風景なんだろうか。
そういう私も、それを横目に通り過ぎる。きっと明日には忘れてしまうんだ。

ふと気付くと大嫌いな音楽が流れていて、二度とこの場所に来ないと決める。またやり直しだ。
そのまま席を後にする。

公園のベンチに座る大きな犬。みすぼらしい姿をしていて、母親は子ども達に「汚いから近づいちゃだめ」と言う。私は、誰があの子を抱きしめてあげるんだろう、とそんなことを考えた。

神様から見逃して欲しくて、寄り道をしてみる。結局、靴が汚れてしまっていて、そのことも見破られてしまった。全部全部お見通し。
ごめんなさい、許して。
そんな台詞すら聞き入れてもらえずに途方に暮れている。

「ああ、全部下らないな。」
バスに乗り込んで海を眺めていた。
バスは12番目の停留所には停まらなくて、そのことで私は安堵している。

昔の話。海へ行った時のこと。
私は潮の満ち引きで取り残されて、みんなとはぐれてしまう。
進むべき一本道はわかっているのに、一歩も動けないままで。
打ち付ける波がでこぼこの海岸線を強調していて、私はその一部にしかなれない。

「もう少しだけ美しく生きることができればよかったのに。」
「どうしたら幸せになれたのかな」
「無理だよ、君が君であることをやめない時点でそういう運命なんだ」

脚が3つしかない椅子。
投げ出した杖。
埃を被った肖像画。
錆びついた天井。
窓のない部屋。
大きな音だけが流れていて、彼が何を話しているのかよくわからない。

いつの間にか春の生ぬるい風が吹いていて不愉快な気持ちになる。夏の日差しでも、冬の痛みに近い寒さでも、何でもいいから、私を傷つけて欲しかった。そうやって少しずつ許していきたかったのに。
順番が近づいてくる感じがして、すべて投げ出してしまいたくなる。

「みんな退屈な映画に夢中になっている間に、二人で逃げ出そう。」
そう言いかけた私の目には、冒頭の幻想的なシーンに夢中になっている君の横顔が映ってしまう。

振り返ってしまわないための儀式。
あの時、君のことを置いていけばよかったのにな。
私の足はそのまま動かなかった。
そのことで、そのせいで、まだ振り返れずにいる。


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