(閲覧注意)逃げ出して

目の前で、壊れた無数のブラウン管テレビの山の上に下品に座る女。ビールの空缶を大切そうに握っている。

暗い部屋。窓。美しい夜景に背を向け、笑いながら走り回る痩せこけた少年。

空気のひどく汚いこの部屋を出る。扉を開き、数歩進む。
晴れ渡る空の下、何処かの舞台の上にいた。目の前では群衆が大通りを埋め尽くしていた。何をしようとしていたんだっけ。思い出せないまま、スピーカーに繋がっていないマイクをスタンドごと蹴り飛ばすと、今度は拍手喝采が聞こえてくる。

急に降り出す雨。豪雨の中で群衆は融解していった。残ったゴミ、衣服。赤みがかったアスファルトの、あまりにも幅の広い道。その雑多の残像を進む。街路樹が直線状に並ぶ通り。両脇にはレンガ造りの家々。ある窓では老婆が編み物をしていて、ある窓では幼児を抱えた娼婦が目を逸らしカーテンを閉める。

突き当たると、不必要な程に大きい門。既に開いていて、左右にそれぞれ門番がいる。左の方に話しかける。
「ここをくぐってもいい?」
「戻れなくてもいいのなら。」
右の門番は何も気づいていないようだった。彼はただ前だけを堂々と見ていた。

迷わずに門をくぐる。霧。何も見えない。振り返っても何も視認できない。うろうろしていると、ここが草原であることに気がつく。少し前方に小川が見える。シロツメクサがぽつぽつと咲いている。

川の向こう岸を見る。そこには誰かの影がある。手を振ると、その人も手を振りかえしてくれた。この世で最も崇高な幸福の香りを嗅いだ気がした。

瞬きをすると、その人はこちらに背を向けて霧の向こうへと歩いていっていた。追いかけようとすると、小川に足をとられる。足首まで浸かる程の深さだったが、どうやっても足が持ち上がることはない。その人は次第に消えていってしまった。

そのまま小川に倒れ込む。口、鼻、目に水が入って来る。自分という存在の中身が異物で満たされていく感覚がした。そうして、ふと気づくと眠っていた。

目が覚めた。夜の街の真ん中にうつ伏せに横たわっている。立ち上がり、ふと右を見ると、走り回る痩せこけた少年と、その奥の暗い家の窓からこちらを見る女。黒くて四角いものに足を組んで座っている。

私がその場にしゃがみ込んで、顔を地面に向ける。少年は私の右前に立って私を見下ろしてきた。見上げると、暗い家にいたはずの女はいなくなっていた。

私の全てが許されたような気がした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?