見出し画像

『 死にたいから死ぬほど頑張っていました。』

死にたかったから死ぬほど頑張った

最近薬を飲んで元気になっていたせいか、治ったと勘違いしていた。

そのせいで沢山いろんなことを頑張りすぎてしまった。

体重は短期間で6kg減り、睡眠や食事もまともにしていなかった。

私の0か100でしか頑張れない所は悪い所でもあり良い所でもある。

今回本当に死ぬほど生き急いで頑張ってしまったがそれはそれでまた経験になった。

勢いが大事な時もあるそう学んだ。

毎日外にでた

私は1年半ちょっとひきこもっていた。

3日に1回母と外に出る練習をしていた。

1人では歩けず、母にくっついて外に出かけるのが限界だった。

そんな私がやけになり、毎日1人で外にでるようになった。

もう死んでもいいどうにでもなれという気持ちだった。

電車に乗れるようになった

毎日外にでて、毎日人に会った。

そのために電車にも毎日乗った。

前までだったら、1人で電車に乗る時はパニックになってしまい1駅1駅降りてしまった。

毎日乗っているうちに私は電車で音楽を聴いて寝れるようになった。

やけくそで一時的なものかもしれないが、パニックの薬も飲むことはなくなった。

友達ができた

毎日人に会って、交流関係を広げていくうちに友達がたくさんできた。

最初は人と喋る時上手く声が出なかった。

お酒の力を借りないと喋れない。

それは今でも余り変わらない。

でも、人と喋れるようになり、友達ができ遊ぶ人ができた。

まだ、自分を全て出すまでに信頼する事は難しいけどこれから仲良くなれたらいいなと思う。

自分に自信をもてた

私は外が怖かった。

それは、外の人間が怖かったから。

家族以外の人が怖かった。

でも、毎日人に会っていくうちに悪い人ばかりでもないと思えた。

人に悪口を言われている気がしていた。

外を歩くのが怖かった。

でも、イヤホンを外して外をゆっくり眺めてみると誰も私の事を悪口など言っていなかった。

私はなにに怯えて生きていたのだろう。

一緒に頑張ってくれる母が好き

母も最近余裕がなかった。

仕事の事、家の事、私と妹の事。

たくさんストレスが溜まっていたと思う。

母は仕事で大きなミスをした。

珍しく母が落ち込んでいた。

だが、母はそんな時も前向きだった。

「この絶望からどこまで這い上がれるか、そこが楽しみだ。」

そう言っていた。

やっぱ私は母の子供だなと思う。

絶望してる時こそ、わくわくする。

この絶望は普通に生きていたら感じられないだろう。

絶望はこれからなにかはじまるそんな合図だ。

ここから這い上がってやる。

私はそんな気持ちになる。

最近本当に死ぬ事だけを考えていた。

だけど、死にたくはなかった。

死んでもいいと思えたらもっとなんでもできる気がしてきた。

今の私は無敵だと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?