ご免侍 六章 馬に蹴られて(十三話/二十五話)
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あらすじ
ご免侍の一馬は、琴音を助ける。大烏城に連れてゆく約束をした。一馬は、琴音と月華の事が気になる。一馬の朝帰りで、月華は、つい一馬と口づけする。
十三
品川では大勢の旅人が宿に泊まる。馬や人があふれんばかりに往来していた。旅に同行したお仙は、かなりさびれた宿に一馬達を案内する。
「ここだよ」
「泊まれるのかい」
「眠れるでしょうか」
女三人がガヤガヤとしゃべり出すのに一馬はなれない。長屋のおかみさん連中のおしゃべりと同じで延々と話が途切れない、終わりがないのだ。
(女子は、このように騒がしいのが当たり前か……)
「一馬、早く入るよ」
お仙にぐいぐいと引っ張られて宿にあがると人の気配がない。夕刻だから泊まる旅人も多いと思うのにひっそりとしている。その時に奥から一人の老婆が姿をあらわす。
「お仙様、お珍しい」
「宿を頼むよ」
下女がやってきて一馬達の足を洗い、部屋に通されると祖父と雄呂血丸が座っている。
「一馬きたか」
「そろそろ夕飯ですな」
箱膳が運ばれるとみなが食べ始める。食べ終わり茶を飲みながらお仙に聞いてみる。
「ここはどんな旅籠なんだ」
「忍旅籠だよ……」
「そんなものがあるのか」
「素性を知られずに泊まれる特別な旅籠さ」
「公儀も公認していない宿か」
「まぁそんなところだね」
お仙は父親の藤原左衛門の情婦として仕事をしているのは知っていたが、それは単なる使い走りぐらいにしか思っていなかった。
「お仙も親父と仕事をするのか……」
「おい一馬、飲め」
月華が酒臭い息をふきかける。
「お前は飲んでるのか」
「飲んで悪いか!」
「わしの酒を横取りしたんじゃよ」
好好爺のような祖父の左衛門が笑っている。どうやら旅で羽目を外していた。
「お爺々様、お体に大事はないのですか」
「ふん、最後くらいは飲ませろ」
なにやら不吉な事を言いながらぐいぐいと飲み始めた。一馬はせめて自分くらいは用心のために酒を飲まないことにする。
「一馬様……」
琴音が袖を引っ張る。
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