SS 魯鈍な男 【#一陣の風のように】#青ブラ文学部
平三は魯鈍な男だ。下働きとして口入れ屋から仕事をもらうと薪割りや掃除をする。
「平三、これやれ」
「平三、のろまか」
仲間内からは馬鹿にされている、頭がにぶくて人の言っていることを理解できない。軽くあつかわれるとイジメもある。飯のおかずをとられるなんてのは普通だ。そんな時でも、平三は黙っていた。
こんな具合なので、女中からも馬鹿にされていた。でも、お道だけは平三にやさしい。
「なんか弟みたいで」
器量は良いとは言えないが、落ち着いて愛想も良い。そんな彼女が店のどら息子のお手つきになると子供ができた。
「だれの子かわからん」
無情な店の旦那は、息子の反対を押し切って追い出した。彼女は路頭に迷い、大川の橋のたもとで身重の体をもてあましながら川面を見ている。
(いっそ、このまま……)
「お道さん、これを……」
「平三さん、これは……」
魯鈍の筈の平三が、今では普通の男に見える。渡されたのは一分銀や四文銭がずっしり詰まった革袋だ。
「あっしがためました」
「もらえないよ」
「もらってください、もう用なしなんで」
有無をいわせずにお道に手渡すと、一陣の風のように橋を渡って川向こうに去って行く。お道は、そんな姿に手を合わせた。
しばらくして子供も無事に生まれると、あのどら息子が子供と暮らしたいと無一文で長屋に転がりこんできた。どら息子は、天秤棒をかついで働きにでる。そんな時に岡っ引きがお道の家にやってきた。
「平三がどこにいるかわかるか」
「いえ……知りません……」
あの店が盗賊に金を盗まれて家が潰れていた。盗賊が誰なのかは判らないが、店で働いていた奉公人の所在を探している。
「そうか、まぁ魯鈍な男だから、関係が無いと思う」
「はい……」
もらったのは小判ではなくただの銭だ、小判なんて使っていたらばれていたかもしれない。平三は、まるで風のように行方は判らない。
お道はもらった銭は自分が稼いだことにして、どら息子が店を持つ時に使おうとそっと心の中で決める。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?