明日へ続く道について考える

※記事中に東日本大震災の話が出てきます。読む場合はご了承の上でお読みください。


はじめに

お久しぶりです

こんにちは、をりまこです。今年の2月頃に、2022年の12月に書いた記事が突然合唱界隈の間でプチバズをしてビビりちらしておりましたが、皆さんはお元気でしょうか。私はその時期、大学の後輩にすらあの記事が届いたことを知って戦慄しました。アカウント名で気付くんじゃあないよ

さて、このアカウント自体上記のアドベントカレンダーのためだけに作ったものなので、特に運用しようとは思っていなかったのですが、書きたいことが思いついたので1年ちょい前にやったみたいに書き散らしたいと思います。

ゆる音楽学ラジオで合唱特集!

前回はゆる言語学ラジオの非公式アドベントカレンダーとして書いたのですが、ちょうど一ヶ月ほど前に姉妹チャンネルのゆる音楽学ラジオで合唱のことを特集していました。卒業シーズンにフォーカスを合わせた内容ですね。

主に「卒業ソング」や「クラス合唱」と呼ばれるような曲を中心に色々特集されていて、これを見た方の中には懐かしい気持ちになった方も多いのではないでしょうか。中学校の音楽の授業や校内合唱コンクール、卒業式で歌われるような、学校行事でよく登場する曲や、そうした学校行事や教育のために作られた曲が多く出てくる中、突然三善晃の『生きる』が出てくるなど、なかなか幅の広い内容だったんじゃないかと思います。

さて、この動画のコメントを眺めていたら、「昔校内合唱コンクールでやった〇〇って曲懐かしいなあ」というコメントのがあふれる中で、気になるコメントが目につきました。

コピペは避けますが、曰く「震災の後に緊急地震速報の音を取り入れたピアノ伴奏の合唱曲が出たりもした」とのこと。そんな曲あったんだ、聞いたことないなあ、と思いつつも、そういえば一曲だけ思い当たる曲がありました。今回はその曲について考えたいと思います。以下、めちゃくちゃ独自解釈が入っているので、「何言ってんだこいつ」と思っても大目に見ていただけるとありがたいです…。


明日へ続く道

さて、その思い当たる曲とは、星野富弘作詞、千原英喜作曲の『明日へ続く道』という曲です。

この曲は、NHK全国学校音楽コンクール(通称Nコン)という児童生徒向けの合唱の全国大会の2012年の課題曲のために書き下ろされた曲です。

確かに冒頭の2小節目、歌が入った瞬間にそれっぽい音が聞こえますし、中盤と最後にも似た音が聞こえます。でも、ただそれっぽいだけなのかもしれません。

そもそもコメントには何の曲かは書いていませんし、この曲のこの部分が緊急地震速報だという話も寡聞にして聞いたことがありません。合唱団の友人にも話してみましたが、「そう言われればそう聞こえるかも」という感じです。でも、この曲の背景を考えると、その解釈もあり得るし、そうなるとまた感じるものも変わるな、と思ったのです。

Nコンについて

曲について考える前に、この曲が生まれるきっかけとなった「Nコン」について説明します。

Nコンとは、NHKが主催する合唱の全国大会のことです。その歴史は古く、戦前からある大会のようで、2023年には90回を迎えました。

Nコンには小学校の部、中学校の部、高等学校の部の三種類があり、県大会と地方大会を勝ち抜いて全国大会までいくと、東京都の渋谷にあるNHKホールで歌うことができます。また、その様子は大体10月の3連休のあたりにNHKで生放送します。

Nコンでは、課題曲と自由曲を歌い、審査が行われるのですが、この課題曲は近年では使われる歌詞も曲も毎年書き下ろしのものが使われます。特に中学校の部では、合唱の裾野を広げることを目的に、ここ最近ではJPOPの歌手が曲を書き、合唱の作曲家が編曲をするスタイルを取っていて、2023年にはOfficial髭男dismによる作曲でした。アンジェラ・アキさんの『手紙〜拝啓 十五の君へ〜』やいきものがかりの『YELL』もNコンの中学の部の課題曲として書かれました(ゆる音楽学ラジオの動画でも一瞬だけ名前が出てきましたね)。

高等学校の部では、有名な詩人や小説家などに歌詞や詩を書いてもらい、合唱の作曲家が作曲するスタイルが主流のため、中学の部よりも本格的な合唱曲になることが多いです。2022年は小説家の住野よるさんが作詞しましたし、2024年は歌人の俵万智さんが作詞をした曲が課題曲になっています。

星野富弘さんについて

さて、話を戻して2012年の課題曲についてですが、この時は詩人の星野富弘さんが作詞しました。星野さんは群馬県出身の詩人であり画家で、かつては体育教師だったものの、クラブ活動中の事故で頸椎を損傷し、頸より下の自由を奪われてしまいました。星野さんは絶望しますが、その後病床で口に筆をくわえて絵や文を書くようになります。星野さんの書く草花の絵とそこに加えられた小さな詩を見たことがある方も多いかと思います。私の母も星野さんの詩画が好きで、実家には星野さんの詩画が添えられたカレンダーがいつも掛けられていて、私も自然に星野さんの詩画が好きになりました。

2011年

Nコンの課題曲は、毎年全国大会のある10月に次の年の作詞者と作曲者が発表され、年度の始まる4月あたりに曲が発表されます。つまり、2012年の作詞者が発表されたのは2011年の10月ごろ。東日本大震災からはまだ半年と少ししか経っていませんでした。2011年の課題曲は3月11日には既に書かれていたでしょうし、そうなるとつまり、この課題曲は震災後初めて書かれた課題曲と言えます。

当時、他の多くの芸術や、いやむしろ生活のすべての部門においてそうだったように、震災のことを意識しないでの創作は無理だったと思います。この『明日へ続く道』も、明確に東日本大震災のことを意識して作られた歌詞と曲で、歌詞にある「あの日のことが/なかったみたいに 日々は廻り」の「あの日」とは2011年3月11日のことを指していると言われています。

『明日へ続く道』について考える

そんな背景があるため、『明日へ続く道』を解釈するにあたっては、東日本大震災があったことは避けては通れない道となります。

冒頭1分ほど、かなりカオスな場面から始まります。歌もピアノもトーンクラスター(ある音域の音をすべて同時に奏する現代音楽の手法)のような形になります。このカオス部分は主人公の心象風景を描いているのでしょう。様々な苦悩を感じさせます。そこの冒頭に来るのが例のピアノの緊急地震速報のような音。「めぐるめぐるめぐる…」という部分はどこか波のようでもあります。

その後、カオスな場面を抜けると夜明けのような和音とメロディへと進行し、優しげな音楽へと繋がります。そして「鈴蘭の花/真珠のようにゆれている」の部分で冒頭のピアノが再度奏でられます。ここまで来ると歌は最初のような苦悩にまみれた感じではないので、ここにこのピアノが来るのは少し奇妙なように思います。しかし、これがもしも緊急地震速報をイメージしているのであれば、苦悩を乗り越えつつも、しかし「あの日のこと」を忘れられない主人公の様を描いているようにも感じられます。

このシーンを抜けると、その先かなりキャッチーなピアノ伴奏とメロディになります。この部分は応援歌のようでもあります。曲は力強さを増していき、最後のie la la laのところ(最初聞いた時「合唱曲でYeahなの!?」となりましたが、楽譜上はYeahではなく実はieと書いてあります)で、またピアノがあの緊急地震速報のような音を奏でます。しかし、ここまでの2回とは違い、どこか綺麗な音のようにも感じます。苦悩を超克しつつ、しかし「あの日のこと」がなかった訳ではなく、忘れられない自分も肯定しつつ、「明日へ続く道」を歩いていけるように、との願いや祈りに近いのかもしれません。

そんなことを思い浮かべながら、もう一度聴いてみてください。印象が変わるかもしれません。


もう一曲あるよ

ちなみに2012年のNコン高校の部ですが、実はもう一曲あります。ここ最近では珍しいのですが、この年は2曲の中から選べる形式になっていました。『もう一度』という曲です。

歌詞は『明日へ続く道』とほぼ同じで、こちらは無伴奏でdiv.(パート内で2つ以上の音を同時に奏すること)の無い曲となっています。そのため、混声では最低4人いればできることになります。静謐でありながらもエネルギッシュで、『明日へ続く道』とはまた違う良さがありますね。

なぜ2曲あったのかは知らないので、あくまで私の想像となりますが、震災の傷のまだ癒えない時期でもあったので、それでも合唱ができるよう、ミニマムな構成の曲も用意したかったのかもしれません。

東日本大震災で被害の大きかった東北エリアはそもそも合唱の部活動が盛んな地域で、特に福島県は郡山市を中心に「合唱王国」と言われています。Nコンでもここ数年も福島県勢が賞を取りまくってます。そんな訳で、合唱をする子どもたちが広く合唱をまたできるように、という意識があったのかもしれません。

組曲もあるよ

これらの課題曲が出された翌年の2013年、この2曲に更に2曲加えて、混声合唱組曲『明日へ続く道』が作成されました。組曲化にあたって、『明日へ続く道』『もう一度』にもいくつか変更がありました。

変更があったっていうかだいぶ変わりましたね。課題曲版だと無い部分が挿入されてたりもするし、手拍子とか入ってるし。

ピアノもちょっと変わっていたりして、最初の「めぐるめぐる…」の主題がところどころ挿入されていたりもします。

さらに、『もう一度』に関しては、オプショナルでピアノ伴奏がついています。

だいぶテンポがゆっくりになっていますが、アカペラではbpm100のところ、ピアノ伴奏版だとbpm80にするよう指示があるので、ここすら変更点です。

そしてピアノがめちゃくちゃ難しそう…。ただ、これによって作曲者が何をイメージしてこの曲を書いていたのかがよりはっきり見える感じがしますよね。風の感じや光の感じが見えるようです。

ちなみに、ピアノがあまりにも難しいからか、ピアノ伴奏は簡易版も併記されています。なので3種類あり得るわけですね。何じゃそりゃ。


おわりに

星野富弘さんに寄せて

長々とお付き合いいただきありがとうございました。

これを書こうと思ったのには理由があって、先程星野富弘さんの訃報が飛び込んできたことにあります。

今回紹介した混声合唱組曲『明日へ続く道』は大学時代に歌いましたし、星野さんの書いた詩を基にした合唱曲はそれ以外にも数多くあります。しかしそれ以前に、星野さんの描いた詩画が私自身好きだったので、訃報は大変ショックで、寂しく悲しい気持ちです。そのため、星野さんが詞/詩を書き、それが美しい作品として形になった合唱曲を紹介したくなったのです。美しい花の絵と優しい言葉の詩画だけでなく、星野さんが合唱の世界にも大きな影響を与えていたのだということを、皆さんにも広く知っていただきたかったですし、3.11以後という苦悩の時代に、星野さんが言葉を紡いでいた、ということを知ってもらえたらと思います。

もともとこの内容自体は最初に紹介したゆる音楽学ラジオの合唱回を見た時からどこかで言葉にしたかったことなので、星野さんの話よりも合唱にかなり寄っているものとなってしまいました。

日本語の合唱は詩を基に作られることが多いので、必然的に「詩の二次創作」的側面が大きく、詩の世界をどう合唱として表すかが鍵となるところがあります。Nコンの課題曲に関しては、作詞者と作曲者の共作によるところが大きいと思うので、今回紹介した曲は、星野さんが言葉として描きたかった世界がかなり表現されたものなのではないでしょうか。

最後となってしまい申し訳ありませんが、星野富弘さんのご冥福をお祈りいたします。たくさんの素敵な作品をありがとうございました。星野さんの旅立たれた天国が、どうか花と幸いで満ちておりますように。

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