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26年経った「現在(いま)の林家のカタチ」

 死刑囚となった妻を支える夫、母を救おうとする息子の日常はどんなものなのか――。

和歌山市内の桜

 あっさりと寒さを終え、学生の入学式シーズンを迎えた今春。長男氏に取材を申し込み、和歌山県にあるアパートの一室を訪れた。
 取材を申し込んだ経緯についてはこちらをご一読願いたい。

花びらの絨毯が出来ていた

 長男氏が力強くアパートのドアを開けると、部屋から玄関に向かって笑顔を見せ、上がるよう声をかけてくれる高齢男性の姿が見えた。この日の取材相手、林健治さんである。筆者は「はじめまして。お世話になります。宜しくお願いします」と緊張しながら大きめの声をかけ、急いで靴を脱いで部屋へ向かった。
 彼は和歌山カレー事件で確定死刑囚となった林眞須美さんの夫だ。4人の子供のうちの1人、長男氏(本名非公開)が健治さんのそばに寄り添っている。仕事終わりや休日に、定期的に通っているという。

 事件発生から今年で26年。冤罪と闘う2人の家族の在り方を見た。

 ※確定死刑囚として大阪拘置所に収監中だが、一貫して無罪を主張。動機が未解明であること、自白がないこと、直接証拠がないこと、2024年現在も再審請求を行っていることなどからあえて林眞須美さんと表記する。ご理解いただきたい。

南海和歌山市駅

 部屋に入ると、「ボーリング1位」の文字が最初に目に入った。デイサービスでもらったであろう手作りの表彰メダルだ。ピンクの色画用紙にキラキラしたシールでできており、大切そうに壁に飾られていた。周囲を見渡すと、ベッドやテレビ、トースター、電子レンジ、湯沸かしポットなど生活必需品がそろったシンプルなワンルーム。事件後、脳出血を発症し車椅子で過ごすようになった健治さんが生活しやすいよう、長男氏が配置やインテリアを考えたという。
 部屋のいたるところに、かわいらしい人気キャラクターのぬいぐるみやフィギュアがあるのも印象的だ。机には眞須美さんから送られてきたという猫のポストカードが2枚飾られている。

ボーリング1位


 「何でも事件について聞きたいことは聞いてください。いろんな記者に何回も話して、しっかり覚えていますから」
 健治さんはそう言いながら、初対面の筆者の目をじっと見た。

 眞須美さんとのなれそめ、初めて眞須美さんの実家にあいさつへ行った時の思い出、結婚式、最初に住んでいた家から園部地区の一軒家へ引っ越した時のエピソード――。次々と鮮明な記憶を教えてくれる健治さん。健治さんから、筆者の生い立ちや家族について逆質問をしてくれる一面もあった。

 その様子を、斜め後ろのベッドの上に座った長男氏がよそ見することなく見張るようにじっと見守っている。

 「父親という感覚は30%くらい。残りは友達というか、同じ目的を持つ同志という感じですね」と長男氏。
 筆者と健治さんの会話を見守る様子は、父子というより”年齢が大きく離れた相棒”という雰囲気に近い。親子ならではの空気感とは、少し違う。

 健治さんの1日は朝8時、長男氏との電話から始まる。車いす生活のため、訪問介護員(ヘルパー)が毎日1時間、家事や洗濯、買い物を行う。週に2、3回デイサービスへ通っているほかは自宅で過ごすことがほとんどだ。
 時代劇や任侠映画を好んで鑑賞しており、映画・ドラマ配信のサブスクリプションサービスからタブレット端末への作品のダウンロードを長男氏がその都度行っている。

 長男氏は週に1~2回、仕事終わりや休日の日曜に健治さんのもとへおもむき、部屋の片付けや掃除、料理、話し相手、事件の現状や振り返り、前述の映像作品のダウンロードなどの時間を作っている。休日の昼は時々外食に出かけ、夜ご飯は水炊き鍋を作って一緒に食べることが多いそうだ。

休日に長男氏とランチへ出かける健治さん(長男氏提供)
長男氏と水炊き鍋を食べる健治さん(長男氏提供)


 2週間に1度、洗面台で健治さんの散髪も行う。これにプラスしてマスコミの取材やインタビューを日々受けており、プライベートに費やせる時間は全くといってない。「これだけ動いてよく体力が持つな」(長男氏)と笑いながら独り言を漏らすほどだ。突発の取材にも速やかに対応したいという思いから、仕事と取材・発信活動を除いた先々の予定は極力入れないように心がけている。
 長男氏がいる時の健治さんは、写真でも分かるようにずっと笑顔。筆者という第三者が撮影していることによる照れくささも多少あるだろうが、一緒に過ごせる時間を嬉しく感じている。長男氏がどれだけ多忙でしんどくても通い続けられる理由の1つかもしれない。

散髪をしてもらう健治さん。長男氏は慣れた手つきでバリカンをあてていく


 ♢  ♢  ♢

 事件発生後、林家の一軒家を大量の報道陣がカメラを持って取り囲むように居座り続けた。限界を感じた健治さんは、眞須美さんにホースで水を撒くように指示。いつしかお家芸となり、報道陣から水撒きを依頼されるケースも出てくるように。苛立ちを体現した形で、世の人々が知る眞須美さんの写真・映像が発信されることとなった。
 メディアに一矢報いた林夫妻。2024年現在も多くの人の記憶に深く刻まれている。

※一部の撮影の背景についてはこちらをご参照いただきたい。


 事件後、健治さんは保険金詐欺3件の詐欺容疑で逮捕、起訴された。滋賀刑務所で6年(未決拘留日数算入)服役。その間、子供4人は児童養護施設で育った。刑期を務め終え、出所後の現在は和歌山県内で1人暮らしをしている。

 眞須美さんについて、冤罪の可能性、再審開始の必要性、司法の問題点を長年訴え続けていたが、10年以上前に脳出血を発症。後遺症を抱える日々となった。言語障がいや認知力低下を感じ取ったという長男氏。健治さんは身体への影響や高齢などを理由に、70歳を超えてから長男氏へバトンを託した。

 「老後はゆっくりしてほしいという思いもあるし、父親はスマートフォンを持っていないので、インターネットやSNSの情報に疎い。過去に20代の大手新聞社の新人記者が70代後半の父親を取材した際に対峙しているのを見て、特に危惧するようになった。明らかに意見の一致しない部分があったほか、過ごしてきた環境、時代背景から生まれる価値観の違いを目の当たりにした。現代では不適切とされる高齢者ならではの表現がネットニュースになっている状況にも直面し、引き受けなければと思った」

 長男氏は当時についてこう振り返る。長男氏は2019年4月にTwitter(現X)を開設、同年7月には著書『もう逃げない。いままで黙っていた「家族」のこと』(ビジネス社)を出版。各講演会や取材依頼などをメインで担当するようになった。

 「僕の目が黒いうちは、父親が法を犯すことのないように見守り見届けていきたい」(長男氏)

 現在の健治さんは、必要最低限の取材のみ受けている。健治さんの伝えたいメッセージに齟齬そごが生じないよう、長男氏が記者との橋渡しを担う一面も。筆者はその姿を目にし、時間の経過があまりにも長すぎること、時代をまたいだ事件となっていることを痛感した。

 また車いすでの移動には介助が必要。大阪拘置所への面会も、2022年4月に長男氏の介助を受け2人で行って以降、長期間行けていない。
 「車椅子やから1人では行けないし、(長男氏は)働いているから、仕事を休んで介助しながら連れて行ってもらうのは足手まといになって負担をかけるしね」と健治さん。

 連日マスコミで大きく報じられたため、地元では顔をよく知られた存在だ。冤罪を訴えるビラ配りを支援者が毎月行っていることについて、「本来は僕も行かないといけないんやけど……」と複雑な心境の様子。自分も行くべきだが、顔を知られた自身が参加すれば騒ぎになるかもしれない――。行きたくても行くに行けない状況であることを非常に憂慮していた。過去にビラ配りの活動をnoteで記事にした筆者に、「支援者がビラを配っている時に、絡んできたり嫌がらせをしたりしてくる人はいなかったか」としきりに尋ね、支援者の安全を非常に心配しているのが印象に残った。

※ビラ配りについてはこちらをご参照願いたい。


健治さんと長男氏
(長男氏は会社員をしているため、素性や顔写真を非公開としている)


 「(長男氏とは)今は仲良いですよ」
 この日最後に健治さんは、長男氏の方向をチラリと見て笑いながら、そう筆者に教えてくれた。

♢  ♢  ♢

 4月下旬に健治さんのアパートを訪ねると、眞須美さんから1通の手紙が届いていた。
 2人は結婚して今年で41年を迎える。

「お互いに100歳は生きようね!」
「毎日毎日毎日リハビリしてネ!
 口と手(書く 動かす) 筋力をつける
 365日毎日毎日動くこと!!」

 一緒に100歳以上生きよう、と眞須美さんからの力強いメッセージ。今も2人の関係の良さが伺える。

健治さんの健康を気遣う手紙
(林家提供)


 またこの日は、休日を利用して、5月に誕生日を迎える健治さんを一足早くお祝いしにきた長男氏の姿が。リクエストを聞き、2人は健治さんの唯一の楽しみというカラオケへ。長男氏がリモコンを操作し、健治さんが『王将・夫婦駒』『みちづれ』『北へ』『裏通り』といった歌謡曲や演歌を熱唱。『宗右衛門町ブルース』を父子で楽しそうに歌う一面もみられた。

誕生日プレゼントとしてカラオケへ(右は長男氏)
※案内された部屋が偶然にも誕生日祝い仕様だった

〽命二つを一つに燃やす
俺と小春は 夫婦駒

[出典:「王将・夫婦駒」大高ひさを作詞]
長男氏との時間を過ごす健治さん


〽きめた きめた おまえとみちづれに

[出典:『みちづれ』水木かおる作詞]

歌いたい曲を事前にまとめた健治さんのメモ
78歳ならではの選曲がずらっと並ぶ


 どことなく、健治さんと眞須美さん、2人のことを表している曲が多いように思うのは気のせいだろうか。


 事件発生当時は、サングラスをかけコワモテ風で派手派手しい生活を送っていたことから、マスコミがとりあげる犯人像にはぴったりだった。

 保険金詐欺で巨額の大金を手にし豪遊している印象が強い健治さんだが、今ハマっているのは100円均一ショップ「ダイソー」。口コミで聞いた便利グッズをヘルパーさんに買ってきてもらうのが楽しみの1つだとか。

 ポリスチレン製の使い捨てどんぶりや、お菓子を食べる際の紙ナプキン、洗濯物が楽に干せるピンチハンガーなどが最近特にお気に入りのようだ。長男氏によると、保険金詐欺をしていたころの金銭感覚はすでに刑務所で矯正され失われているという。「出所後に2人でスーパーに行ったとき、父親は2個入りパック398円のトマトを見て、『高いなぁ』と。手に取ったものの商品棚に戻していた。以前と違って驚いた」(長男氏)。
 ダイソーの生活用品をうれしそうに使う健治さんの姿に親近感を覚えた。

 ♢  ♢  ♢

 家族の数だけ家族のカタチがある。林家には、林家の在り方がある。約26年の間で目に見えるものは変わってしまったかもしれないが、2人の関係は変化を経て、いいコンビになっていた。

 「夫として」
 「長男として」
 目指すものは同じだ。普段は和気あいあいとしている2人だが、眞須美さんの真実を知りたいという思い、再審開始を望む気持ちは同じだ。
 健治さんの娘たちは皆、社会に出たのち林家と距離を置いた。今では連絡が取れずどこに住んでいるのかも分からない状況だ。
 2024年現在、眞須美さんを支える林家の家族は健治さんと長男氏の2人のみとなった。

 「再審を訴えていくには家族の支えが必要だ」
 事件を支えてきた弁護士の1人、安田好弘弁護士はかつて、支援者や眞須美さんの家族の前でこう話したという。

 男性2人が家族の女性1人を救おうと奮闘し支え続ける――。その姿はこころなしか、テレビやYouTubeなどの画面越しで見る2人よりも本能的で人間味にあふれているように思えた。

 これまでにもさまざまな加害者家族が冤罪を訴えてきた。袴田事件の冤罪被害者、袴田巌さんの姉、ひで子さんは現在90代だ。時間の経過とともに高齢化が重要課題としてのしかかる。和歌山カレー事件もしかり。関係者や支援者、当事者が高齢化する姿を目の当たりにした。そんな中、夫から子へ、世代交代をして活動を続けるケースは珍しい。
 家族内での立場が違っても、代替わりをしても、林家2人による司法との対決は続いている。



【長男氏著書】『もう逃げない。』Kindle版あり


【林眞須美さんの再審を求めるオンライン署名はこちら↓↓↓】

♢サポートは、和歌山などで取材する際の費用に充当させていただきます。

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