小説『ワンダリングノート・ファンタジー』(16)追えば逃げて
Chapter16
トムは公園の広場の奥の、子供たちに人気の「キリンの滑り台」がある遊具エリアに向かって歩き始めた。このスポットは、広場からもキリンの長い首が一際目立ち、誰でもすぐに見つけることができた。
「レナがいそうな所と言えば、そこしかない。逆に、そこにいなかったら⋯⋯」
日頃、些細なことで喧嘩するトムは、レナの行動パターンを熟知していた。彼女を癒す心地よい風と、柔らかな揺らぎの場所を思い浮かべたが、彼を取り巻く危機的な違和感がそれを打ち消した。
「おかしいぞ、ブランコが見当たらない。いや⋯⋯それよりも⋯⋯」
トムは広場からキリンの頭を目印にしていたはずが、一向にそこへ辿り着ける気配がなかった。目指すべき場所を見ながら進んでいるにもかかわらず、何故か距離を縮めることができずにいた。
「何なんだ? 周りの景色はちゃんと、いつも通り変わらないのに⋯⋯道だって、そこに繋がっているのが見えてるのに?」
『追えば逃げて、逃げれば追う⋯⋯か』
突然の声に、トムはハッとして後ろを振り向いた。だがそれよりも不可解な現象に、彼は呆然とした。
「僕はさっきの、この場所から⋯⋯一歩も進んでない!?」
視線の先に、例の漫画雑誌が置かれていたベンチがあり、一人の男性がそこに座っていた。新聞を両手に広げながら足を組むその動作だけで、トムには堂々たる、支配的な印象を強く与えていた。その男性に気づかれないようにしたい一方で、彼が何者なのかを知りたいという気持ちも湧き、その矛盾した感情がトムをさらに緊張させていた。
「君は⋯⋯ここは初めてか?」
「え?」
「この世界は初めてか、と聞いている」
トムは、男性の言葉がまるで直接頭の中に語りかけているかのような、不思議でやや重い感覚を味わった。
「この世界って、どういう事ですか? まさか⋯⋯」
男性の言っている意味が徐々に分かり始めたトムは、パニックにならないよう意識的に呼吸を整えた。
「君は、この公園に来た時間を覚えているか?」
「え⋯⋯僕は、朝からここにいて、その⋯⋯」
「正確な時間を覚えているか? 何時何分だった?」
立て続けに質問してくる男性の言葉は、威圧的だったがどこか安心感があるもので、トムは落ち着いて記憶を辿ることに集中できた。
「えと⋯⋯確か、ラッキーな番号、そうだ! エンジェルナンバー「1111」だったんだ! だから⋯⋯11時11分、そのくらいだった⋯⋯です」
広げていた新聞を畳み、ゆっくりと立ち上がるその男性の姿をトムはじっと見た。彼のよく整えられたオールバックの髪型と、目の鋭い冷酷な表情が黒いスーツと相まって、ただ者ではないことを暗示していた。
「そうか。では、あそこの時計台の針は何時を指している?」
「え? 今はもう夕方の──」
トムは目を疑った。彼が見た時計盤には、幸運を思わせる番号が刻まれていた。
──11:11──
信じられないことに、いつの間にか日は高く昇っていた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?