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小説『ワンダリングノート・ファンタジー』(13)昔に戻って

Chapter 13


 売店でツナサンドを買ったトムは、いつもの公園のベンチに向かった。袋に入れた牛乳瓶とストローを見ると、突然レナの泣き顔が浮かび上がり、胸が締め付けられるような感覚に襲われた。

「優先順位⋯⋯何から解決するべきだろう。レナの手がかり? それとも昨日の⋯⋯」

 広場の脇のベンチでは、小学生くらいの男の子たちが楽しそうに笑っていた。その中の一人が、仲間を振り返りながらこちらに元気よく走ってきた。

「みんな〜!! 今度はあっちに行って、缶蹴りしようぜ!!」

 トムは、自分が小学生だった頃に同じような遊びをし、それがついこの間の事のように感じていた。ここは彼の成長をずっと見守ってきた、聖域とも呼べる場所だった。

「僕は、これ読んでから行くよ〜! もう少しで終わるから!」

 一人の男の子がベンチに残り、雑誌を読みふけっていた。トムはその一つ隣のベンチに座り、袋からツナサンドを取り出して一口かじった。広場にある時計の針は午前11時11分を指していた。

「おっ、エンジェルナンバー『1111』だ! 何だか、いい事がありそうだぞ」

 些細な偶然に、トムは少し救われた気がした。今の彼には、ポジティブに感じられる出来事が必要だった。

「よし!  あと1ページで読み終わるぞ!!  一番大事なシーンだ!!」

 同じ数字を耳にして、トムはますます気分が良くなってきた。彼の気持ちは明るい方向へシフトしていた。

「読み終えた! 『ダン・キュービック』第1部完!!」

 トムの目線はツナサンドを越えて、男の子が読んでいた雑誌にたどり着いた。それは当時、彼も夢中になって読んでいた小学生に大人気の月刊漫画雑誌で、500ページ以上の厚さがあった。

「さあ、缶蹴りに行くぞ〜!!」

 その男の子は持っていた雑誌をベンチに放り投げ、猛スピードで仲間のもとへ走っていった。トムは大好きな牛乳も飲まず、ツナサンドを口に押し込んだ。懐かしさに駆られた彼はそのベンチまで歩いて行き、開きっぱなしの雑誌を手に取った。

「へえ〜、もう全然知らない漫画ばかりだ⋯⋯当たり前だけど。何だっけ、ダン・キュービック? どれどれ、面白いのかな?」

 トムは目次から、その漫画のタイトルを探し始めた。

「ん〜? どこにもそんな漫画は見当たらないな。僕の聞き間違いか?」

 トムは一旦雑誌を閉じ、改めて表紙を確認した。

「あれ? この雑誌のタイトルは、前に僕が読んでいたものと違う名前だ。うっ、英語のタイトルだけど⋯⋯これは⋯⋯」

『 DAN KUBRICK 』

「ダン・キューブリック⋯⋯人の名前みたいだな? こんなタイトルの雑誌で、小学生が読むのかな? もう一度開いて、探してみよう」

 雑誌を開き直したトムは、そのざらざらとした砂紙のような手触りと、鉄のような冷たさに違和感を覚えた。

「⋯⋯あれっ? これは、絵本??」



──トムは、禁断のページをめくった──



『 NEDD I BROF 』

「──って、え?」

 英語嫌いで、アルファベットを受け付けなかったトムの脳内に直接入り込んできたその文字は、瞬く間に彼の意識を支配した。

 「ううっ⋯⋯!! 手が勝手に、ページをめくっていく⋯⋯!?」

 雑誌はいつの間にか姿を変え、トムが恐れる忌まわしき装丁の絵本となった。冷たい汗が、彼の額から流れ落ちた。


Something good seems to be happening.


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