小説『ワンダリングノート・ファンタジー』(1)いつもの公園で
〜『note #創作大賞2024 CREATIVE AWARD』応募作品〜
Chapter 1
「ふう⋯⋯今日のテストは散々だったな」
学校の帰り道、トムはひどく落ち込んだ様子で、いつになく足取りも重かった。疲れ切った彼の肩は垂れ、頬は痩けていた。
「大丈夫よ、たかがテストじゃない? また次に頑張ればいいのよ!」
隣を歩くレナが励ます。彼女の声は明るく、彼の沈んだ気持ちを少しでも晴らそうとするかのようだった。心配性のトムとは正反対の性格が、二人の関係にとって心地良いバランスを保っていた。
「小説家を目指している僕にとって、国語であの点数は⋯⋯あり得ないだろ。まずい、これはまずいぞ」
「でも、美術の作品はすごいじゃない。あの独創的な⋯⋯プッ⋯⋯牛のお面の⋯⋯」
「あれはただの思い付きさ。漫画に出てくるキャラクターが、あんな姿だったら面白いんじゃないかなって」
「その発想力は私には真似できないから、少し尊敬しちゃう。少しだけ、ね?」
トムは、さらに深いため息をついた。彼の心には不安と迷いが渦巻いていた。
「はあ、なんでこう上手くいかないんだ世の中は。君が羨ましいよ」
「羨ましいって、何が?」
レナが食いつく。
「君の物言いは、時々ビックリするくらい核心を突いてくる。洞察力や表現力も⋯⋯君の方が、小説家に向いてるのかもな」
思い切り首を振りながら、レナは言う。
「私はファッションデザイナーになりたいの! 前から言ってるでしょ? 私の方こそ、あなたのユニークなセンスを分けてもらいたいわ」
「はあ⋯⋯上手くいかないもんだ」
「ねえ⋯⋯今日も寄ってく? あの公園」
レナの歩幅が少し遅れ、俯き加減で囁く。
「ん〜、今日はやめておくよ。そんな気分じゃないんだ」
「そんな気分じゃないからこそ、行くべきよ。人生は楽しまなくっちゃ。『楽しいは正義』だー!!」
「君のそういうところ、人生とか⋯⋯スケールがデカいというか、なんというか」
レナの元気溢れる励ましに、トムの表情は和らいだ。彼女の明るさが少しずつ、彼の心に特別な灯をともし始めていた。
***
いつもの公園、いつものベンチ。トムは学校帰りの寄り道として、ここで小説のアイデアを練るのが日課だった。とても広い公園で、巨大な噴水やメリーゴーランドのような、他にはない遊具まで揃っていた。ただ彼は、そういったモノには興味がなく、ただただひたすらに脳内物質がすり減るまで「構想のページ」をめくるのだった。
「お待たせ。トムはツナサンドよね? いつも同じで、よく飽きないわね」
近くの売店から戻ってきたレナが、トムの隣に座る。
「君だって、いつもおにぎりを食べてるじゃないか。まあ、中の具は違うけど」
やれやれといった表情で、トムがツナサンドをかじる。
「そうよ。全57種類を制覇するんだから」
「ふうん⋯⋯シークレットは何があるのかな?」
「シークレット?」
「いや、その、よくオマケなんかであるじゃないか。スペシャルなヤツ、そうだな、たとえば板ガムが入ってるとか? いや、それじゃ面白くないか」
「あはは。トムって、いつもそんなことばっかり考えてるんだね。納得納得。私も見習わなくちゃ」
やさしい風が、レナの髪を撫でる。美しいブロンドの輝きが、ツナサンドを越えてトムの目を奪う。いつもの公園のベンチは一変し、トムは何かに心を乱されているようだった。
「⋯⋯僕はそろそろ帰るよ。今日は疲れちゃったんだ。君は、もうちょっとここにいるかい?」
「え? 今来たばかりじゃない。トムだって、まだ牛乳も飲んでないし⋯⋯」
「き⋯⋯今日はその、お腹の調子が悪いんだ。それに、小説のアイデアも練らなきゃならないし⋯⋯」
レナは俯いて、静かに、そしてトムに聞こえないように呟く。
"How important is it? As important as I am to you?"
「え? 今なんて言ったの?」
「冗談よ。それよりその牛乳、私が買ったんだから、私のものよ?」
「え? 君がおごってくれるって言ったんじゃないか。僕がお風呂上がりに、牛乳瓶に細いストローを入れてゆっくり飲むのが日課なくらい、大好きなのを知ってるくせに!」
トムの言葉には、テストの疲労から来る苛立ちが滲み出ていた。
「気が変わったの! それに、私が英語で送ったメールだって⋯⋯まだ読んでくれてないじゃない」
「君が英語を好きなのはわかるけど、僕には興味がないんだ。いちいち翻訳してまで読んでられないよ!」
「何それ!? あーそう⋯⋯。もういい、わかりました」
レナは立ち上がり、トムから牛乳瓶を奪って言い放つ。
「ばかトム!!」
レナが顔を隠し、トムの側を走り抜ける際に、彼は苦い「にわか雨」を頬に浴びた。
「にわか雨⋯⋯か。クソっ、こんな表現⋯⋯」
空を眺め、トムは小さく呟いた。去り際のレナの涙が、稚拙な小説家の心を深く痛め、言葉にできないほどの切なさを感じていた。
第2話:https://note.com/wondall_eng/n/nad6e0827d554
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