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小説『ワンダリングノート・ファンタジー』(1)いつもの公園で

〜あらすじ〜

近所の公園で不思議な絵本を見つけた学生トムは、禁断のページをめくり、突如「絵本の世界」に紛れ込んでしまう。そこで彼は、行方不明だった同級生であり幼馴染のレナと再会する。二人は偶然にもその世界の秘密に触れ、謎の男に追われることになる。記憶を奪われた二人は、舞台が一転し「鏡の世界」へと足を踏み入れる。並行世界で自身の記憶を取り戻す過程で、トムは時空を超えた恐るべき事実を知ることになる。

*この物語はnoteで連載中の英語教材と連動する、パラレル異世界ファンタジーです。

〜『note #創作大賞2024 CREATIVE AWARD』応募作品〜


Chapter 1


「ふう⋯⋯今日のテストは散々だったな」

 学校の帰り道、トムはひどく落ち込んだ様子で、いつになく足取りも重かった。疲れ切った彼の肩は垂れ、頬は痩けていた。

「大丈夫よ、たかがテストじゃない? また次に頑張ればいいのよ!」

 隣を歩くレナが励ます。彼女の声は明るく、彼の沈んだ気持ちを少しでも晴らそうとするかのようだった。心配性のトムとは正反対の性格が、二人の関係にとって心地良いバランスを保っていた。

「小説家を目指している僕にとって、国語であの点数は⋯⋯あり得ないだろ。まずい、これはまずいぞ」

「でも、美術の作品はすごいじゃない。あの独創的な⋯⋯プッ⋯⋯牛のお面の⋯⋯」

「あれはただの思い付きさ。漫画に出てくるキャラクターが、あんな姿だったら面白いんじゃないかなって」

「その発想力は私には真似できないから、少し尊敬しちゃう。少しだけ、ね?」

 トムは、さらに深いため息をついた。彼の心には不安と迷いが渦巻いていた。

「はあ、なんでこう上手くいかないんだ世の中は。君が羨ましいよ」

「羨ましいって、何が?」

 レナが食いつく。

「君の物言いは、時々ビックリするくらい核心を突いてくる。洞察力や表現力も⋯⋯君の方が、小説家に向いてるのかもな」

 思い切り首を振りながら、レナは言う。

「私はファッションデザイナーになりたいの! 前から言ってるでしょ? 私の方こそ、あなたのユニークなセンスを分けてもらいたいわ」

「はあ⋯⋯上手くいかないもんだ」

「ねえ⋯⋯今日も寄ってく? あの公園」

 レナの歩幅が少し遅れ、俯き加減で囁く。

「ん〜、今日はやめておくよ。そんな気分じゃないんだ」

「そんな気分じゃないからこそ、行くべきよ。人生は楽しまなくっちゃ。『楽しいは正義』だー!!」

「君のそういうところ、人生とか⋯⋯スケールがデカいというか、なんというか」

 レナの元気溢れる励ましに、トムの表情は和らいだ。彼女の明るさが少しずつ、彼の心に特別な灯をともし始めていた。


***


 いつもの公園、いつものベンチ。トムは学校帰りの寄り道として、ここで小説のアイデアを練るのが日課だった。とても広い公園で、巨大な噴水やメリーゴーランドのような、他にはない遊具まで揃っていた。ただ彼は、そういったモノには興味がなく、ただただひたすらに脳内物質がすり減るまで「構想のページ」をめくるのだった。

「お待たせ。トムはツナサンドよね? いつも同じで、よく飽きないわね」

 近くの売店から戻ってきたレナが、トムの隣に座る。

「君だって、いつもおにぎりを食べてるじゃないか。まあ、中の具は違うけど」

 やれやれといった表情で、トムがツナサンドをかじる。

「そうよ。全57種類を制覇するんだから」

「ふうん⋯⋯シークレットは何があるのかな?」

「シークレット?」

「いや、その、よくオマケなんかであるじゃないか。スペシャルなヤツ、そうだな、たとえば板ガムが入ってるとか? いや、それじゃ面白くないか」

「あはは。トムって、いつもそんなことばっかり考えてるんだね。納得納得。私も見習わなくちゃ」

 やさしい風が、レナの髪を撫でる。美しいブロンドの輝きが、ツナサンドを越えてトムの目を奪う。いつもの公園のベンチは一変し、トムは何かに心を乱されているようだった。

「⋯⋯僕はそろそろ帰るよ。今日は疲れちゃったんだ。君は、もうちょっとここにいるかい?」

「え? 今来たばかりじゃない。トムだって、まだ牛乳も飲んでないし⋯⋯」

「き⋯⋯今日はその、お腹の調子が悪いんだ。それに、小説のアイデアも練らなきゃならないし⋯⋯」

 レナは俯いて、静かに、そしてトムに聞こえないように呟く。

"How important is it? As important as I am to you?"

「え? 今なんて言ったの?」

「冗談よ。それよりその牛乳、私が買ったんだから、私のものよ?」

「え? 君がおごってくれるって言ったんじゃないか。僕がお風呂上がりに、牛乳瓶に細いストローを入れてゆっくり飲むのが日課なくらい、大好きなのを知ってるくせに!」

 トムの言葉には、テストの疲労から来る苛立ちが滲み出ていた。

「気が変わったの! それに、私が英語で送ったメールだって⋯⋯まだ読んでくれてないじゃない」

「君が英語を好きなのはわかるけど、僕には興味がないんだ。いちいち翻訳してまで読んでられないよ!」

「何それ!? あーそう⋯⋯。もういい、わかりました」

 レナは立ち上がり、トムから牛乳瓶を奪って言い放つ。

「ばかトム!!」

 レナが顔を隠し、トムの側を走り抜ける際に、彼は苦い「にわか雨」を頬に浴びた。

「にわか雨⋯⋯か。クソっ、こんな表現⋯⋯」

 空を眺め、トムは小さく呟いた。去り際のレナの涙が、稚拙な小説家の心を深く痛め、言葉にできないほどの切なさを感じていた。


それはどれくらい大切なの? 私と同じくらい?


第2話:https://note.com/wondall_eng/n/nad6e0827d554

第3話:https://note.com/wondall_eng/n/n0096096e5ae5

第4話:https://note.com/wondall_eng/n/n2c138db99f47

第5話:https://note.com/wondall_eng/n/nea54398052ed

第6話:https://note.com/wondall_eng/n/n94c3eded294b

第7話:https://note.com/wondall_eng/n/nb4e2578abb03

第8話:https://note.com/wondall_eng/n/n678bc7e62019

第9話:https://note.com/wondall_eng/n/n0cbb62cfdcd3

第10話:https://note.com/wondall_eng/n/nc62f978b9daa

第11話:https://note.com/wondall_eng/n/n425c8bf3a61c

第12話:https://note.com/wondall_eng/n/n0f99130ca12d

第13話:https://note.com/wondall_eng/n/ncdbdc804f0e8

第14話:https://note.com/wondall_eng/n/n58774d456f89

第15話:https://note.com/wondall_eng/n/nbd6af6e66755


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