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キラキラ✨ひかる 082_20240514

引きこもった友だち

不登校支援について考えている今日このごろ。

私には35年ぐらい家に引きこもっている知り合いがいる。
小学生の時に時々遊んでいた友だち。
3つぐらい年が下だから今はもう40代後半だ。

小学校は別で親同士が職場の同僚だったから時々お互いの家に遊びに行った。

当時、小学生の私は「この子は何でも買ってもらっていて恵まれているなぁ~」と羨ましく思っていた。

中学生になった頃だっただろうか「〇〇ちゃんずっと学校に行ってないみたいだよ」と母から聞かされた。

「学校に行かない」ということがどういう状態なのか分からなかった私は、ただ「ふーん」と聞き流した。

学校行ってなくても時々うちに遊びにきていたとは思う。
友だちいないのかな。いじめられたりしたのかな。
なんとなくそんな気持ちにはなったけれど、年下だし学校違うし、そこまで仲良しじゃあなかったから寄り添ってあげることができなかった。

結局、彼女はそのまま35年間を家の中だけで過ごしている。
うちの母にはとても優しく、時々プレゼントを買ってきてくれる。
私にも普通に話しかけてくれる。小学生の頃のまま、同じ状態だ。

でも違うのは、彼女は仕事もしたことがないし、お母さんと一緒でないと外出はできない。
彼女のお母さんは、うちの母と同じ歳だからもう75歳。
およそ35年間、ずっと彼女に寄り添って生きてきた。

こういう生き方もあるかもしれない。
他人の私がどうこう言える立場ではない。
でもおばちゃん明らかに年とっていってる。おばちゃんが介護が必要な状況になったら〇〇ちゃんはどうなるんだろう?どうするんだろう?
やっぱり気になる。

今さらながら、どこかのタイミングで社会と関わる方法はなかったのかなぁ?と思ったりする。

「不登校」にもいろいろあると思う。
学校に行かなくちゃならないよ、とは思わない。
でも、いつかみんな大人になる。
いつかみんなの親は高齢者になる。
いつまでも面倒みてくれるわけではない。
どっかのタイミングで一人になる。

一人になった時、大丈夫、一人でも大丈夫、と言ってあげられるようなことになっていればいいなぁと思う。

少しでも親以外の理解者がいてくれるといいなと思う。
この人となら話せる、と信頼できる仲間がいてくれるといいなと思う。

「愛情をかける」というのは本当に難しい。
今、私が支援している子どもたちもいつか大人になる。
今だけ、今だけだよ、と思いながら甘やかしまくっている私の目指しているところは彼らが大人になったときのこと。
「現実の厳しさ」を伝えることもきっと私の役目なのだろうと思い、苦しくなる。
彼らを支えるのは大人の私じゃない。結局、彼らと同じ時代を生きる仲間なのだ。
そういう意味ではやっぱり学校というのは(よくも悪くも)仲間を知るいい場所なんだと思う。友だちはできなくてもいい。でも周り(社会)を知ることは必要なんだと思う。
自分の生きる道を探すために。

<1年前の”ほのぼの日記”> 
花のある生活はこころが潤うよね~

<2年前の”ほのぼの日記”> 
一生懸命語っている自分が愛おしい。noteと向き合い、表現していますね~


タイトル画像は、はそやmさんの作品です。「キラキラ✨ひかる」シリーズのために、ボルダリングをするうぉんのすけ、子ども支援をするうぉんのすけをイメージして、オリジナルのものを提供してくださいました。はそやmさん、本当にありがとうございます💗


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