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<スペシャル対談>「すべての人に移動の自由を」トヨタ自動車が取り組むモビリティ×ヘルスケアとは?

今回の対談は、WizWeが出場した「ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト2023」でご縁がつながった、トヨタ自動車株式会社の鴻巣(こうのす)仁司氏をお迎えしました。

トヨタ自動車様がヘルスケアに取り組んでいることは、一般的なイメージからは想像しにくいかもしれませんが、鴻巣氏は、新規事業企画部 ヘルスケア事業室でリハビリ支援ロボットの開発に携わっています。

同社は、「Mobility for All(すべての人に移動の自由を)」という理念を掲げ、自動車会社からモビリティ・カンパニーへの変革を進めていますが、歩くことに困難を抱えている方々にヘルスケアを通じて「移動」を提供しています。

対談では、トヨタ自動車様のヘルスケアのお取り組みや「移動」の重要性、そして関心を寄せていただいた「習慣化」についてお話を伺いました。

・トヨタ自動車株式会社
    新事業企画部 ヘルスケア事業室 主査 鴻巣 仁司 氏
・株式会社WizWe 代表取締役CEO 森谷 幸平

「歩くことに苦労されている方に移動の機会を届けたい」トヨタ自動車がヘルスケアに取り組む理由

森谷:トヨタ自動車様はどのような背景でヘルスケアに取り組むことになったのでしょうか?
 
鴻巣氏(以下、鴻巣):どの段階から話すかによって若干違いますが、もともと私はエンジニアとしてロボット開発を担当してきました。ロボットにもいろんな種類がありますが、人の力をサポートするロボットが世の中において役立つだろうと考え、その方向での開発に注力していました。そして、工場で車を組み立てる作業者の体の動きや手の力を助けるロボットを実用化し、大変喜んでもらえた経験が大きな転機になりました。

このような技術が他の分野でも活用できるのではないかと考え、特に動きに不自由を感じている方に役立つのではないかと思い至りました。具体的には、脳卒中などで不自由になられた方の動きをサポートする製品の開発を始めたのですが、当初はヘルスケアに取り組むという意識でスタートしたものではなかったです。人の動きをサポートするロボットの中でも、トヨタ自動車が手がけるなら「移動」、足に関わる部分のサポートが会社の位置づけに合致するだろうと考え、「歩く」に特化してプロジェクトをスタートさせました。

結果的に、ヘルスケアの分野に相応しい製品が開発され、世の中に受け入れてもらえるようになったということですね。リハビリテーション支援ロボット「ウェルウォーク」を開発しました。

森谷:大きな成果ですね。

鴻巣:「どうしてトヨタ自動車がリハビリに取り組んでいるのか?」とよく聞かれます。私たちは、歩くことに苦労されている方に移動の機会を届けたいと思っていました。それが、世の中的にはリハビリと呼ばれています。ヘルスケアに取り組んでいるという観点とも、リハビリや医療ロボット開発に取り組んでいるという観点とも少し異なります。あくまでも、ロボット技術が移動に苦労している方をサポートできないかという観点で進めてきたプロジェクトでした。

森谷:昔はトヨタ自動車様といえば、自動車メーカーというイメージでしたが、最近は「移動」や「モビリティ」という大きな視点になっていると感じます。移動には様々な価値があり、例えば、自動車による時間の短縮や多くのものを運べる利便性などがあります。また、長距離移動もあれば、短距離の移動にも大きな価値があると思ったときに、お取り組みのお話を伺って理解が深まりました。移動の中でも定義があり、小さな生活圏内での移動がもたらす価値の大きさを改めて感じました。

鴻巣:そのように受け止めていただけることは非常にありがたいです。「なぜトヨタがこの取り組みを?」と質問されたとき、こういった視点を理解してもらえるといいなと思います。まだまだ、我々が自動車会社からモビリティや移動を提供する企業に変わろうとしていることを周知しきれていませんので、様々な機会でそういった情報をしっかりと発信していきたいと思っています。

森谷:最近、当社にはスマートシティのような話もよく寄せられるようになったのですが、そこともつながる部分があります。地域の形成については、元々は居住地というか、『土地』に生活が根ざしていて、その後、モータリゼーションにより自動車を持つことで、人がより多くの場所に移動するようになりました。しかし、21世紀になり、特に日本では、人口の減少により、『土地に根ざした地域』という軸で考えると、各コミュニティで構成員が減少し、生活インフラについても、ある特定の場所に集中してサービスを提供するという時代になってくるように思います。

そうなると『移動』が重要になりますよね。田舎で言えば、自分で自動車が運転できなくなった場合も、代替の移動手段があるような社会。人生100年時代においてモビリティや移動は重要な要素になってくるので、ヘルスケアの課題にも直結するのではないかと考えました。鴻巣さんのお話を聞いて、自分の中でつながった感じがしています。

鴻巣:当然、私たちの生活環境は変化していきますし、街の様相も変わっていくでしょう。物流など社会的な課題を抱えたなかで、移動の概念やあり方も変わっていくのだろうと思っています。それでも、人間にとって根源の移動手段はこの二本足であり、これだけは絶対に変わらないと思います。もちろん、その自由が利かず、他の技術や手を借りながら移動される方もいますので、そうした方々に移動という場を提供していくことも、トヨタ自動車が果たすべき役割であると考えています。

難しい「歩く」リハビリの動機付け

森谷:鴻巣さんとの出会いは、「ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト2023」でのピッチがきっかけでした。WizWeのサポート団体賞に手を挙げていただきましたが、どのような印象でしたか?

鴻巣:習慣化にビジネスチャンスを見いだしているという視点が、純粋に素晴らしいという印象を持ちました。私はリハビリに関連する事業を手がけており、リハビリの効果を向上させるための技術的なアプローチに関心を持っていました。リハビリの効果は、患者さんのやる気や動機に直結していると理解しています。

しかし、医療が進んでも、患者さんのやる気を高める手段はまだ確立されていません。動機づけと習慣化は厳密には異なりますが、根本的な部分で共通するものがあるのではないかと考えていました。私の関心は主に動機づけの側面にありましたが、習慣化という視点から、それをビジネスに結びつけるきっかけの部分をしっかりとつかんでいることを、非常に興味深く思いました。

森谷:オープンイノベーションについてはどのようにお考えでしょうか?

鴻巣:我々だけでも何かしらの点は打てるかもしれませんが、それを広げていこうと思うと、単独でできることは限られます。人の移動を病院や限られた環境だけでなく、もっと社会で活発にしていくためには、志を共にして協力していけるパートナーさんと一緒に取り組んでいくことが、絶対的な必要条件だと思います。WizWeさんともお近づきになれましたし。

森谷:ありがとうございます。習慣というところで言うと、病院の器具である程度のリハビリを行った後、退院してからも継続的なリハビリが必要になってくるのでしょうか。

鴻巣:病院にいる間は先生方のサポートもありますし、決められた時間リハビリをすることが求められるので、大きな回復が見られます。退院するとその環境が一変するため、本来なら継続していくことで機能や能力を維持できる、あるいは向上する可能性がある方々でも、徐々に低下してしまうことが現実に起こっています。

ですから、病院にサポート技術を入れるだけでは不十分で、退院後の生活の中でも効果が上がるようにしていく必要があります。動機やモチベーションが高い人は自発的に継続することができますが、そうでない方々にとっては、気持ちよく続けるための習慣化のプログラムやサービスの提供が極めて重要になってくるでしょう。

森谷: リハビリの動機付けにはどのような要素が考えられるでしょうか。

鴻巣:リハビリには内発的動機付けと外発的動機付けという考え方があります。嚥下の障害を抱え、食べるリハビリが必要な方にとっては内発的動機付けが非常に有効です。誰でも自分の口で味わって食べたいという思いがあるため、それを活かして飲み込みのトレーニングリハビリが行われています。しかし、歩くことに関する動機付けは難しく、食べることのように誰もが歩きたくて仕方がないという欲求を持っているわけではありません。歩くことに関するリハビリにおいては、どのように自発的に歩く動機をつくりだしていくのかが重要なポイントとなります。

歩くことに関する動機付けを醸成するために、私もさまざまな研究を行っています。その中で私が個人的に注目しているのが「フロー」という概念です。フロー状態は、人がポジティブであり、気持ちよく、積極的になることにつながっていくと言われています。フローと言われる状態に達するための条件として、チャレンジがぎりぎりの難易度であることが挙げられますので、自らチャレンジする中でフロー状態が生まれ、それが動機づけに繋がる可能性があると考えています。退院した後、歩くことを継続してもらうためにも1つのヒントになるのではないかと思っています。

森谷:習慣化はスタートが大変重要なのですが、実はスタート前の燃料の詰め込み(つまりは、続けるための、マインドセットの整え)が最も大事なところです。

例えば、フィットネスクラブなどは、自発的にお金を払って行くという時点で一定のやる気のセットアップが済んでいますので、習慣化がしやすくなります。しかし、そこがない領域からスタートする際は、私たちのミニマム1名1ヶ月200円といったライトなサポートだけでは難しい部分があります。ですから、様々な企業と連携して、起点のところで手厚く人に入っていただいて最初の起点をつくったり、ワクワクするような企画を複数事業者で企画してそこを起点としたりしていく取り組みが重要と考えています。まさに行動変容の起点のところですね。

鴻巣:確かにそのスタート地点があるかどうかが非常に重要ですね。自発的にリハビリをするのと、先生の指示に従って受動的にするのとで、最終的な結果が大きく変わると言われています。人の積極的な気持ちが最終的なパフォーマンスにどれほど影響を及ぼすかは、まだよく分かっていない部分もあり、非常に大事で興味深いところです。

ヘルスケア習慣化のポイントは「楽しさ」と「コミュニティ」

森谷:私たちのサービスは、ヘルスケアにおいては、運動、未病予防から始まりました。最近では重症化予防という文脈で治療領域のお話が来るようになっています。同時に手術後の予防やリハビリ後のお話も来ていまして、そこの部分での継続サポートにはニーズがあるだろうと思っています。

しかし、保険もつかない、介護でもないとなると、できるだけ負担が少ない中での継続利用が重要です。リハビリ型の介護事業者様からも、卒業後の継続的なサポートが求められていて、歩行習慣の継続は大きな価値をもたらすものだと感じています。

鴻巣:習慣化が自分にとって良いものだと感じれば、それを維持することは難しくないかもしれません。歩いてみて気持ちよかった、何かひらめいたなど良い経験ができれば、次も自分で歩こうと思うでしょう。しかし、その状態に達するまではWizWeさんが持つノウハウが活きる部分が多いと思います。

森谷:やはり、楽しさがないと続かないことが分かってきました。そして、他者からの承認も重要です。行動が他者からしっかりと承認されると、それを周りに語りだすようになるのですが、そうなってくると続きますね。また、家の中で完結させるだけではなく、外で仲間とわいわいしながら活動して家でも続けるといった、楽しさを組み込むことが重要だと感じています。

鴻巣:非常に大事なポイントですね。それがないと続かないだろうと思います。WizWeさんが上手に応援する手段をいくつも持っていることは認識していますが、最終的には自分で楽しさや内部報酬を見つけて継続する形を作り出せると、本当の意味での目標を達成したということになるのでしょうね。

森谷:私たちが一番得意としているのは、初期に動いていただくことによって一定の期間続くというところなのですが、その間に、他の仲間やコミュニティにうまく接続し、週に1回や月に2回などの頻度で通うことを習慣化できたらと考えています。フィットネスや面白いところではeスポーツのお話もいただきましたが、楽しみながらフレイルを予防していけるような、エンターテインメント要素のある集いを実施できるよう、他の企業と連携することが増えてきています。

また、ご本人がもともと好きだったことを組み込むことが継続の肝なのではと思っています。例えば、お化粧や美しい歩き方など、きれいでいたい、魅力的でありたい、人気者でありたいなどといった気持ちを満たせるよう、そのような場をプロデュースすることが重要だと感じています。

シニアマーケットにおいても、シニアの方々が力強い消費者として本当に好きなものや楽しい場を見つけられるような環境を提供することが大切だと思います。

鴻巣:面白いですね。女性はそういう場にすんなり行けそうなイメージを持っていますが、自分も含めて、特にリタイア後の男性はこもりがちになり、社会との接点が減ると老化が進むと聞くことがあります。自分もそういうタイミングが近づいてきている中で、どうやってそういう場に積極的に出て行けるのか考えてしまいますね。

森谷:そうですね。弊社のパートナー企業様のリサーチによると、特に50歳から75歳くらいまでの間の、仕事以外の交友関係が重要だと言われています。50歳くらいから趣味を複数持って、コミュニティなどに所属することで、介護が必要になる率が格段に下がるというデータもあります。ただ、自分のやりたいことを見つけたり、無理なく参加できるような場を見つけたりすることはハードルが高いと感じるかもしれません。今からそういう準備をしておくことが大切ですね。

また、ご両親の介護となった時に、同じような状況の方々とのコミュニティに入ることも、お互いに情報や経験を共有できるのでよいというお話も聞いています。

鴻巣:準備を始めたいと思います。

森谷:私はずっと仕事人間できているのですが、気になるのは実家のことですね。両親が2人で生活していますが、10年後、20年後を考えると、今から地域コミュニティとのつながりを築いておくことが大切だと感じています。最近、地元の友人たちとも年に何回かは会うようにしています。

鴻巣:私もすでに50代後半ですが、この年齢になると友人からの連絡が増えることに驚いています。卒業してからほとんど会っていなかった友人から、今度会おうという連絡が届くようになりました。みんな少しずつ余裕ができ、昔の友人たちに会おうかなと思う年代があるのかもしれないと思いました。そうしたきっかけも大切にしていくべきですね。

森谷:実はヘルスケアにおいても、若い頃の友人ネットワークを持つことが重要ではないかという仮説を立てています。それだけでも、健康にいい影響があるように思います。あとは、出にくいという問題がありますよね。例えばリハビリが終わってある程度、出歩けるようになった後に、どのようにコミュニティに顔を出していただくか。

鴻巣:そういうときにも移動が障壁になってほしくないと思います。気持ちは行きたいと思っても、動けなくて他者の手を借りないといけない状況になると、移動を諦めてしまうことがあるかもしれません。ですから、私たちが取り組んでいる技術や様々なサービスなどを、気兼ねなく移動を実現できる手段として提案でき、その方の活動的な生活を維持しサポートすることにつながるようになればいいなと考えています。

パーソナルモビリティを使うと、歩かなくなるから健康に悪いといった論調もありますが、その手段がないと移動が難しく動けない人にとっては、無理して歩こうとして結果的に思うようにいかなくて諦めてしまうよりも、絶対に使った方が良い場合もあると思います。たくさんの手段やサービスがあって、その人の状態や環境に応じて効果的に移動できるものを選べるくらいになってくるといいですよね。

森谷:外に出ているほうが心理的にも身体的にもフレイルになりづらいとなると、寿命はいつか尽きるものですが、元気な活動時間の総量が増えると思っています。

鴻巣:その通りですね。移動の敷居が低くなるとトータルの活動が増えることが明確にデータで出ています。楽しているように見えることであったとしても、その結果として総合的な活動が増え、健康に良い影響を与えるということは、すごく大事なポイントだと思います。

森谷:そういう社会が実現すると良いですね。移動ができ、楽しく生活ができる未来があると考えると、夢が広がります。移動は本当に素晴らしいことですね。

鴻巣:最近の社内議論を経て、トヨタ自動車のヘルスケアは、さまざまな移動の機会を提供することであり、移動そのものが人の健康につながり、健康だからこそ移動が活発になるという好循環を生み出していくこと、これこそが私たちにとって大きなミッションであると明確に捉えるようになりました。