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無惨やな揚げの下の煮出し汁

 10月6日から9日まで、夫は息子のジムニーに乗って四国「剣山」「次郎笈」登山、「祖谷かづら橋」「大歩危」「小歩危」の観光に出かけた。観光には夫の学生時代に友人で愛媛在住のO氏と合流。昼食には、さぬき手打ちうどんを食べ、そのあと皆で名店「H製麺所」まで私の土産を買いに行った。
 実は私、この「H製麺所」のうどんと油揚げの煮たのが大好物なのだ。きっかけは、O氏が何気なく送ってくださったことだった。ちょうど、いろいろと嫌なことが続き気持ちが落ち込んでいるときだった。そのとき届いた「さぬき手打ちうどん」の素朴で優しい味が心と体に沁みた。O氏にそれを素直に伝えた。
「そう、よかった」 O氏のゆっくりした伊予弁がますます私の心を穏やかにした。
 それから、年に二度ほどO氏から優しさの定期便が届くようになった。そこには、学生時代から夫のことをよく知っているが故の、私へのいたわりもあるように感じた。
 特にここのところ、贈答用セットの揚げの煮たのに私並々ならぬ執着を持ち、揚げを食べたあと残った煮汁も例えば高野豆腐を煮たりして堪能しつくしていた。ただし、揚げと煮汁は密封された状態。
 ところが夫はしでかしてしまった。元来負けず嫌いの性格。友人のO氏に負けまいとしたか、旅先で浮かれていたか、愛妻家気取りのしくじりか、お調子に乗ったか、もしかしたら本物の私への愛か(これは非常に疑わしい)、私に褒められようとしたか、で、「H製麺所」で売り物ではない揚げを無理矢理お願いして求め、おまけに大きなビニール袋いっぱいの煮汁を買い求めた。
 どうしてそこで、この悪夢を夫は予見できないのだろう。もし私がその場にいたら絶対にそんなミスはしない。それでもO氏がクーラーボックスを貸して下さったのでまだ被害は少しは抑えられたのだが、夜の12時近くに帰宅したとき、悲劇が訪れた。クーラーボックスのなかで、煮汁が入ったビニール袋が大破し煮汁が全部零れだしたのだ。それだけなら、まだいい。
 零れ流れ出した煮汁は息子の新車ジムニーの車内と登山道具をびしゃびしゃにしてしまった。
 息子はもうカンカン。私は何とか息子をなだめて二人で雑巾であっちこっち拭きまわったのだが、油じみた砂糖と醬油の匂いがプンプンしてどうにもならない。そうこうしているうちに、10日の零時になり私は慌ててパソコンの前に座り「太陽の塔&タツノオトシゴ」の投稿をした。毎週火曜日、私はnoteに投稿するのを楽しみにしている。特に、この回はまるちゃんの大傑作をご披露できるとあって私は朝からはしゃいでいた。
 それでも何とか息子は帰り支度ができたらしい。ジムニーのエンジンがかかったので、私は玄関のたたきにまるちゃんを膝に乗せバイバイの手を振らせた。だけど、お兄ちゃん機嫌が悪くてまるちゃんのほうを振り向きもせず、帰っちゃった。
 キョトンと淋しそうな、まるちゃん。だってさ、ボク、事情なんてわかんないもん。
 家の中ではおじちゃんが、怒り心頭に発する私の刃をどう躱そうかとおどおどきょときょとしていた。
 ちょっとここで、なぜ君が失敗ばかりするのか考えてみよう。
理由は簡単明瞭です。そう、甘えだ。
じゃあ、また、考えて、いいえ、想像してみよう。もしも、私が君のそばにいなくなったらどうだろう。そのときのことも、私は考えなくてはならない。
 私は笑っているときも、怒っているときも、泣いているときでさえ(私はほとんど泣かないが)私の体内温度はいつも一定している。そういう自分になるように自身を鍛え上げた気もするし、無意識のうちにこうなった気もする。
 画像の撮影をしていて思った。
「H製麺所」の方々、ほんとうに申し訳ございません。せっかく、大切な揚げの煮汁を譲っていただきましたのにごめんなさい。
 撮影が終わって、揚げをいただくと口の中いっぱいにじゅわっと美味しさが広がった。
 そう、幸せの味。
幸せって、甘えの上には成立しない。どんなに苦しくても、逃げないで、自分の精いっぱいで戦って、そしたら、ふっと「幸せ」は訪れる。幸せって、そういうものだ。


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