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モスカト産ワインを貴方に

「お客様、当店はドレスコードが御座います。ジャケットはお持ちじゃないですか?」

そうだ。ここはカリブの海上の高級レストラン。ドレスコードがあるのは当然だ。

しまった。ジャケットは持ってきていない。
生来の準備不足のせいで、彼女に恥をかかせてしまった。

そう、隣には結婚したばかりの奥さん。
見れば不安そうにこちらを見ている。

「すいません、持って、、」

言い終わらないうちにジャケットを差し出し、

「こちらをどうぞ」

にこやかに着せてくれる。

欧米サイズのジャケットを着た私はさながら大人のスーツを着た小学生のようだが仕方がない。

隣の妻も店内に入れると分かって安心したようだ。

とりあえずここは堂々と振る舞うしかない。
予約がなかなか取れない人気店。新婚旅行ということで奮発に奮発を重ねてやってきたのだ。

何が何でも楽しむしかない。

その日は特別なイベントがあり、ワインを好きなだけ飲み比べできるという。

私はビール派。妻は日本酒派。ワインとは縁遠い2人だが、ジャケットでやらかした私に後はない。ソツなくワインを嗜むのだ。

極力自然に香りや色を楽しむフリをする。
慣れない手つきでワイングラスを回してみたりもする。
どれがいいワインなのか皆目見当もつかないが、恐らくこの店で出てくるものは皆いいワインに違いない。
だって全部美味しいもの。

ほら、横で妻も喜んでいる。
良かった。ああ、今日は素晴らしい日だ。


酔いも回ってきたし、気分もいい。店員と少しコミュニケーションを取ってみようか。

「こちらのワインが気に入りました。とても爽やかで飲みやすい。これはどこのワインですか?」

「お客様、こちらはモスカトでございマス」


「モスカト!」(聞いたことねえ)

「教えてくれてありがとう。フランスですか?」

「ええ、フランスのモスカトでございマス」

「日本でも買えるかな。この旅でモスカトに出会えて良かったです。ありがとう」(ボルドーみたいな地名かな?)

妻もモスカトの味が気に入ったようで、忘れちゃいけない、とことあるごとにモスカトを口に出しながら、店を後にして部屋に戻った2人。


「いやー、美味しかったね。料理も最高だったけど、あのワイン、なんだっけ。あ、そう、モスカト。もう忘れるところだったよ。モスカトはマジで美味かった」

いい感じに酔っ払い、ジャケット以外は特に恥を晒すことなく店を出られたという安心感で饒舌な私。

日本に帰ったら友達に教えてあげよう。
カリブ海で飲むモスカトは最高だぞ!って。
そもそもモスカトってどこにあるんだろ。

きっとあれだけ美味しいのだ。有名なワインの産地なのだろう。

忘れないうちにモスカトを検索してみよう。







モスカトはマスカットの別名です。








モスカトまさかマスカットゥゥゥーーーー!!!!





ブカブカのジャケットを着て目をキラキラさせながら、「マスカットが美味い。マスカットに出会えて良かった。」と連呼するアジア人を見て 顔色一つ変えずにこやかでいてくれた店員さんはマジでプロフェッショナルでした。

(毎日投稿21日目)

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