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世代を超えた文学体験を

普段あまり読書をしない、中でも古典的な文学作品など手にとるようなこともない人でも、中島敦の『山月記』は読んだことがあり、そして好きだという人も多い。

それは、『山月記』が高校の教科書によく採録されてきたことで、現代国語の授業で半ば強制的であれ世代を超え読み継がれてきたことによるのだろう。

短編でも充分に伝わる文学ならではの仕掛けと誰しもが抱える「臆病な自尊心」という普遍的なテーマ。

私はこれまで『山月記』が好きだという数人の知人の誕生日に世代を問わずその英訳本をプレゼントしてきた。

日本語版の文庫本とはまた違う趣きを持つ装丁の洋書は、書棚のインテリアとしても素敵なアクセントになると思う。

数年前、ある『山月記』好きという友人のプレゼント用にも購入しておいたのだが、残念ながらとある理由でその方とは疎遠となり渡しそびれることになった。

このようなものがメルカリで売れるのかなと半信半疑ながらそれなりの価格で出品してみたところ、意外とすぐに買い手がついた。

今もどなたかの書棚で虎は月に向かって吠えているだろうか。

昨今の高校国語の学習指導要領の変化(「論理国語」と「文学国語」の選択)により文学作品に触れる授業機会が年々減っていくと仄聞する。世代を超えた共通の文学体験が失われていくとしたらそれはとても寂しい話だと個人的には思う。

#メルカリで見つけたもの

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